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11 優しい人

 あの正夢は、たまたまだった、ということになった。

 もう一度、私が持って行動してみたけど、今度はあんな夢は見なかったのだ。


「たまたまなら、良かったね。でも何かあったら教えてくれるといいな」


 検証結果を話すと、リュシアンはそう言ってくれる。


「ええ。一応悪夢を見るぐらいのものだから、何かあったら箱に鍵をかけてどこかへ埋めておくわ」


 側にいなければ、影響もあるまい。

 するとリュシアンが笑う。


「埋めるまでしなくても」


「いやその、埋葬してないのがアレなのかなぁと思って」


 この世の中、魔術で呪いを作り出せることは確かなのだ。

 死者の魂のせいで、という現象は立証されていないけど、一応物が魔術師の心臓だったわけで。


「死の瀬戸際に、みんな悪夢を見ろとか思ったかもしれないじゃない? そんなこと思う人、たぶん一万人に一人ぐらいはいるかもしれないし」


「その低い確率に、上手く入るかな?」


「人生、偶然なんて思った以上にあるもの」


 適当にそう言うと、リュシアンはうなずく。


「そうだね。君という逸材を見つけたのも偶然だったし。それが錬金術にやる気いっぱいな人だったというのも偶然だったんだからね」


「私は離婚後のことを心配して踏み切れずにいたら、一人で黙々とできる職業が飛び込んで来た感じ。師匠はすぐに引退していなくなったけど、道具も本も自分で集めなくてもいいし、助言をくれる魔術師までついてきてとてもお得だったわ」


「私は錬金術セットの一つだったってことかい?」


「近いかも」


 そう言うと、リュシアンが笑い止まなくなってしまった。

 こんなに笑うほど受けるとは思わなかった。


(にしても、いつも空かした表情ばかりして肩こりそうだったから、リュシアンはたまに大笑いした方がいいかも)


 リュシアンには幸せでいてほしいと思う。

 幸運を運んでくれた、幸せの鳥みたいな人だから。

 だからこそ私は彼の肩こりや健康のことを心配していた。

 笑うのは健康にいいと聞いたことがあるし、そのタネになるならまぁいいだろう。

 そして末永く私に助言をしてほしい。


(でも戦争が始まったら……リュシアンの寿命も減ってしまう)


 魔術を使ったのだから、私よりは寿命が短くなっているはずだ。

 なにせ彼が魔術師になったのは、南の国境線を越えられた戦争の時のこと。

 当時十三歳だった彼は、父や兄達が倒れたり負傷して動けなくなる中、領地を防衛し続けるために初めて魔術を使った。


 それまで、魔術の勉強をしたこともない子供が、だ。


 しかもリュシアンの魔術を契機に、万の敵を押し返すことができたのだから、

 かなり大きな魔術だったはずで……。


(五十歳ぐらいまでは生きられるのかな。長寿の家系だからって言ってたし、調べたら、南のジークリード辺境伯家は、先代も先々代も七十歳まで生きてるけど。……それくらいの年齢に、よぼよぼしながら昔の活躍を語れるぐらいまで生きられるようにしてあげたい)


 なにせリュシアンのおかげで、私は救われている。

 錬金術のこともそう。

 でも、ローランドによる浮気勘違い襲撃事件の後だったからでもある。


(ものすごく、男性不信になりかけたのよね)


 全世界の男性が、ローランドみたいに豹変するとは思わない。

 理性ではそう理解してる。

 でも、家令も従僕、庭師にでさえ、手に持ったハサミやフォークで突き刺してくるんじゃないかと、しばらく怯えていたのだ。


 表に出すと、伝わった時にローランドが過剰反応しそうで。それも怖くてできず。

 そんな時に会ったリュシアンは、終始穏やかな人だった。

 錬金術の継承という目的について長く話をしたけれど、リュシアンはローランドみたいに曲解しないし、過激な思い込みもないし、なにもかも知らない私に辛抱強く対応してくれた。


 老齢の師匠にも優しかったので、安心できる人だと思えたのだ。

 おかげで、ローランド以外の男性も恐ろしいわけではないと思えるようになった。


 いつか、そのことについて話して、感謝を伝えたいと思う。


(でも今はね……『あなたは信用できる唯一の男性だったんです』なんて話したら、告白みたいだって勘違いされそうだもの。リュシアンの方も、恋愛ごとになりそうな若いご令嬢を遠ざけてるみたいなのよね)


 恋愛を避けている人に勘違いされて、せっかく築いた友情を失いたくない。


 だから少し落ち着いたところで、感謝を伝える言葉を吟味してから……と思っている。

 私の方も、曲解や勘違いが怖いのだ。


(私はもう、結婚なんてしないつもりだし、そのつもりで領地をもらった。だから私の跡は、錬金術師らしくなった後で弟子をとって、その人を養子にして……と思っているのよね)


 そこに必要なのは、信頼できる友人や知人だ。

 領地の運営に助言をくれたり、錬金術の道具や薬を売買できる相手。

 結婚相手ではない。


 やがて馬車の振動が変わる。

 街中の石畳の道を通っていたが、ちょっとした段差を越えたのだと思う。

 窓の外を見ていたリュシアンが言った。


「なるほど、城の中に館があるんだ」


 先ほどの振動は、城内に入った時のものだろう。

 鉄の物々しい門がある石の城だから、そんな風になるのかもしれない。

 馬車は城の城壁の中に入っても、まだ先へ進んでいる。


「そうなの。実験してもその方が、近くの家に影響が少ないと思って。ローランドも強くそれを勧めていたわ。外に垂れ流さない方がいいって」


 よほどローランドは失敗時の悪臭がトラウマになったと思える。

 申し訳ないが、思い出すと笑ってしまう。

ローランドは人生始まって以来、初めてあんな悪臭にさらされたと言っており……

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