107 突破後の交戦 2
「なんでこんなとこいんの……?」
ロージーは慌てたように馬を寄せてきた。
「え、ニルスの馬に乗ってるんだから、急いで城に帰ったら!?」
「裏道が破られるぐらいだから、もう誰かが城の周囲に潜んでいてもおかしくないなって思ったので」
それから私はみんなに聞こえるように言う。
「ここである程度敵をへらしたら、歩兵は避難通路で城の中へ。そちらの避難を見届けて、馬がある者は私と一緒に城へ向かいましょう」
その方が、双方ともに多くの人が生き残れるはずだ。
ロージーも反対はしなかった。
けれど、目に見えて困惑している。
「それじゃ、領主ちゃんが怪我する確率が上がる……。でも確かに、他に入り込んでるやつがいるなら、集団で城へ向かった方がいいか? 潜んでるぐらいだから多数じゃないだろうし」
うーんとうなった後、ロージーはテオドールを振り向いた。
「わかんないから任せる! 指示してくれ!」
実にあっさりと決定した。
ロージーについてきていた傭兵達も、近くで笑っている。
「まぁた『任せる』が出たぞ」
「いつもは副長にぶん投げてるが、今回は騎士様に投げたのかよ隊長様」
「うっせ! やることが決まれば、集団行動については頭のいい奴に任せた方がいいんだよ。お前ら、矢と爆弾であいつらにダメージが入ってから、もう一回突入だ。わかったか?」
「あいよ」
どんなにいかつい傭兵も、ロージーの指示にその一言で返す。
信頼し合っているんだろうな、と私は思った。
その指示がもし間違っていたとしても、それでも悔いないと決めているぐらいには。
皆で、敵が近づくまで待つ。
その時間は、ほんのわずかだった。
すぐに魔物の全容が私にも見えるようになった。
蔦が無数に絡んだ、小さな小屋ほどの植物が這いずる音を立てながら迫ってくる。
蔦の先に花があっても、何一つ美しく見えない。
その魔物を盾にするように、ふらふらとした歩き方をする、人の顔を頭に張り付けたような熊に似た魔物。
四本足の、伸びすぎた毛に火花をまとった狼。
その狼の顔も、人の物だ。
目から血を流し、何かを探すように視線をさまよわせる、顔。
男だったり女だったり、十数匹いる魔物達はみな、様々な人の顔をしている。
「ああ、これが……魔物にされた人達」
醜悪さに、私は歯を食いしばる。
派遣されてきた兵士は、まだ綺麗な方だったのだ、と思った。
こんな風に、半端に人の姿を残したまま魔物になってしまうなんて。
その姿を見たら、兵士達の戦意はかなり落ちるはずだ。
「あれはもう、死んだ者達だ。そのままにしたところで苦しみが続く。すみやかに介錯するつもりでやれ。あと、その背後にいる敵兵こそが卑劣な奴らだということを忘れるな」
さすがにテオドールは冷静だった。
淡々と、そう『魔物を倒す心づもり』を語る。
確かに、少し後方から進んでくる敵兵達は、魔物達を盾にするつもりでそうしているんだと思う。
そのために、人を魔物に変えて……。
聞いた弓兵達が、弦を引いた。
その後ろの兵士達も、投擲の準備に入る。
ややあって、確実に攻撃範囲に入った。
「射ろ!」
テオドールの号令で、矢が魔物を越えて敵兵の上に降り注ぐ。
一方爆弾は魔物達に襲い掛かった。
放物線を描いて降る爆弾を、魔物達は避けようとしたり、叩き落そうとしたりする。
が、触れればそこで爆発し、魔物の蔦をちぎれさせた。
避けたはずの魔物の横で爆発が起き、吹き飛ばされる。
しかし魔物化しているせいなのか、痛みよりも暴れる方に意識が向くようだ。
ちぎれた腕のまま、えぐられた痕から血を流したまま、むちゃくちゃに動き始めたり、こちらに襲い掛かってこようとする。
「少しずつ後退!」
テオドールの指示通り、弓兵は後退しつつ、さらに敵兵を攻撃する。
魔物が接近すると、近接戦闘を行う部隊が前に出て押しとどめ、さらに後ろにいる兵士が爆弾を投げることで、後方の敵兵達を前に進めないようにした。
それでも合間を縫って、後退ばかりする私達の方へ、敵兵も向かってくる。
多少なりと動けなくなる魔物が増えたので、自分達が進んでも大丈夫だと思ったのだろう。
しかし足元には、先ほど置いた雨キノコが沢山ある。
そこへ駆け込んで来たのは、火ネズミだ。
敵兵が、突然やって来た魔物に剣を振り回す。
もちろんキノコだけが目的だった火ネズミも応戦。
前線側がそんなことになっているので、敵兵も新たな魔物を作り出し、左右に分かれて詰まった場所を避けようとしてくる。
「退け!」
回り込まれないよう、テオドールが兵士を動かす。
距離を取っているのと、火ネズミ達のおかげで時間が稼げているから、そこはどうにかなると思うけど……。
するとテオドールが移動してきて言った。
「城へ撤退させます」
私はうなずいた。
先々を予想して、このままでは危ないとテオドールも感じたんだろう。
なにせこちらの倍の数がいる。
街道の兵をそっくり持ってきたので、ぎりぎり1対3ぐらいの状態だけど、普通はそれでも十分『負けるに決まってる』と思うような差だ。
ただ、細工だけは大量にしておく。
「テオドール、この辺りに馬車に乗せてる樽の中の油をばらまいて、撤退の最後の人に火をつけさせてほしいの。そしたら、火に向かってこれを投げ入れるように言って。眠り薬だから」
少しでも多く足止めするのだ。
「わかりました」
テオドールは私の提案を受け入れてくれて、すぐさま撤退の準備に入る。
しんがりはロージー達に任せるようだ。
ロージー達数人に馬を貸し、眠り薬を託す。
その近くで、馬車に乗せたまま来ていた余った油を、兵士達が横倒しにしてばらまいた。
同時に兵士達はじわじわと撤退。
まもなく火が放たれて、燃える草から立ち上る煙で風向きがわかる。
幸い、城へ向かって吹いていない。
ロージー達傭兵は、二手に分かれて歩兵を避難路へ誘導し始めた。
騎乗している兵士とロージー達は、炎を越えてくる魔物達と戦い始める。
私は後方で、馬にしがみつくしかない。
逃げるタイミングは、ニルスに任せた方がいいからだ。
そのニルスも、私が単体で走り出せば目立つので、ぎりぎりまでロージー達と行動を共にすることにしたようだ。
歩兵が、それなりの距離を稼ぐ。
左右から敵兵が押し寄せようとしてきた。
「今だ!」
ロージーの号令で、一気にその場から走り出した。
背後でボワっという音が聞こえたので、ロージーが一気に眠り薬を火に投げ入れたんだろう。
全速力で走る馬から落とされないようにするのが手一杯で、私は背後を確認できない。
上下に激しく揺れるので、後ろからニルスがしっかりと抱えてくれていても、振り落とされそうで怖いのだ。
「あともう少しです!」
ニルスが声をかけてくれる。
頼りになるのはニルスの腕と背中に感じるその質量だけ。
必死に耐え続けた末に、気づけばもう城への坂道を駆け上り始めていた。
その頃にはすでに、ニルスも馬足を緩めていたからほっとする。
振り向けば、数騎の兵士だけが側にいて、残りは後ろから追ってきている。
やや遅れて走ってくる人は、登り始めた朝日の中で輝く白い髪のロージーだ。
「みんな、無事?」
思わず聞いてしまい、ニルスが答えてくれる。
「おおよそは大丈夫かと。私も詳しく確認できませんでしたが、眠り薬に敵兵がまともに巻き込まれていましたし、そのおかげで歩兵全員が避難路に入って姿が見えなくなったのは確認しました」
無事に避難路に入れたのなら良かった。
入ったらすぐに、用意していた土嚢で入口近くを塞いでおくように話しておいたし、その後も大丈夫だろう。
城まで誰かが避難路で戻ったら、爆弾で通路を壊して通れないようにするよう、城に残ったセレナにもお願いしていたので。
「では、城へ」
私達は急いで城の中に入った。




