106 突破後の交戦 1
テオドール達と一緒に、裏道側の壁へと急ぐ。
近づいていくと、どうやらベルナード軍側が矢を射かけたりしているのが見えた。
(まだ、事件は起きてない)
少しほっとしかけたその時だった。
矢を盾で防いでいた兵士達のうち、一部で騒ぎが起きる。
それは悲鳴混じりだとすぐにわかった。
「テオドール止まって」
「はい?」
戸惑うテオドールだったが、一応私の言う通りにはしてくれた。
だってこの先はだめだ。
もう、始まってしまったかもしれない。
やがて壁の近くでの騒ぎに、人が集まっていく。
そんな中、人だかりの合間から、長く伸びた蔓のような物が見える。
「テオドール、逃げてくる兵士を背後に。矢の用意と、近接戦闘をする部隊には爆弾を投げる準備を。魔物がいるわ」
「承知いたしました。おい、弓を構え!」
テオドールは急いで兵士を整列させて弓を構えさせる。
その間に部下に命じて、爆弾の用意もさせているようだ。
こんな指示で、十分だとは思わない。
けれど、街道の方を気にしなくていいだけマシなはず。
それに今回は、突然襲撃されるわけじゃない。
裏道の壁から、人が走ってくる。
先に到着しそうなのは、ハルスタットの兵士と傭兵達だ。
傭兵は後方について、兵士達を逃がしているみたいだ。
魔剣の炎が躍るのが見え、それに魔物の蔦が引っ込むのが見えた。
「ロージーかな……」
頑張ってくれているんだ。
彼らを、どうにか無事に逃がしつつ、敵を減らさなくては。
「準備完了です。後は私が引き受けますので、ニルス、領主様を連れて行け」
テオドールの指示に、ニルスが馬を動かそうとする。
そのニルスの手を握りしめて止めた。
「だめ、やることがあるから」
「しかし領主様、あなたが怪我でもしたら!」
テオドールが初めて、私を怖い表情で見つめた。
わがままを言っていると思われたかもしれない。
そして心配と、安全のために指示したことを止められた苛立ち。
「わかってる、あなたが心配してることは。でも、城までの道にもう敵兵が潜んでる可能性だってある。その時、それなりの服装をしている私は必ず狙われるから。後方に置いて」
私の話に、テオドールは迷う表情になった。
一理あると思ったんだろう。
あと、時間がないのであきらめたのかもしれない。
「では、後方にお回りください」
私はうなずき、ニルスに移動してもらう。
その時、近くにちらっと火が見えた気がした。
「ん?」
目をこらして探すと、明るくなってきた周囲の林の中に、ちらちらと小さな火が見える。
林が燃えているわけではない。
火がちょろちょろと動いているから……。
「火ネズミ?」
「こんなところにですか?」
ニルスも私の声で気づいて林の方を見る。
「本当ですね。……こっちにも、胞子が飛んだのか雨キノコがいくつか生えてるみたいです。それを探しに来たのか……あ、こっち向いた」
火ネズミ達が、ひょこひょこと顔だけ茂みから出して、じーっとこちらを見ていた。
その視線の意味を考えて……気づく。
「雨キノコがほしいのかしら」
「火竜が暴れてるから、雨キノコが必要だと勘違いしたのかしら? ……あ」
ちょっとだけ思いついた。
そして私はニルスに頼んで、火ネズミ達のいる場所へ踏み込んだ。
ちょうど彼らがいる場所の背後に、雨キノコが生えやすい木があったようだ。
でも取り尽くされて、もう無い。
火ネズミは、私達が近づいたので少し遠ざかったり、雨キノコを手に入れた個体はその場から立ち去った。
私は木の側まで行くと、斜め掛けにしていた鞄の中から、一本の瓶を取り出す。
木に持っていた雨キノコの傘の内側をこすりつけるようにしてから、瓶の中身をばらまいた。
もこもこもこ、と生えてくるのは、新しい雨キノコだ。
さっそく恐れげもなく駆け寄った数匹の火ネズミが持ち去るけど、まだある。
「これ、運びましょう」
私はニルスと一緒に雨キノコを採取し、弓兵の前に並べておく。
「これは……?」
テオドールは意味が分からず困惑している。
「多少は、壁になったりしてくれると思うので」
「???」
首をかしげるテオドールに説明しようとしたところで、壁から逃げて来た兵士達が続々とこちらに到着した。
全員、テオドールが掲げさせた旗が見えたらしく、迷いなくこちらへやって来る。
全力で走って来た兵士達は、鎧の重さも相まって息を切らしていた。
とりあえず彼らを後方へ並べ、息をととのえさせながら爆弾の用意をさせた。
味方がいることにほっとしつつ、兵士達は嬉しそうに持たされていた爆弾を手にする。
そして敵の様子を聞いていたテオドールが、兵士達に言う。
「これより交戦に入る。街道の内側に魔物が現れ、壁を壊してベルナード軍が侵入してきているそうだ」
(侵入は防げなかった……)
やや苦い思いを噛みしめつつ、テオドールの話の続きを聞く。
「敵は魔物の数の方が多い。なので、弓で敵兵を。爆弾で近づいた魔物を攻撃。弱ったところで、前列から直接交戦へ入る! 備えよ!」
兵士達がテオドールに応じ、姿勢を整える。
弓兵は矢を手に、弓を引くタイミングを見極めようとしていた。
そこへ、しんがりにいた傭兵達が追い付いてきた。
馬を使ったので、傭兵達はかなり敵を引き離して余裕で到着する。
「やー、街道の方も派手な音してたけど、大丈夫だったのかよー?」
こんな時にも能天気な口調で、ロージーがテオドールに言う。
「あちらは火竜の相手で手いっぱいのはずだ。壁も壊れていない。なのでこちらに注力するよう、領主様から指示があった」
「固い返事だなぁ、テオちゃん」
(テオちゃん!?)
いつの間にかロージーは、テオドールのことも愛称で呼び始めていたらしい。
「とにかく領主様が、魔物への警戒を優先するようにと、遠距離攻撃をまず主とするようおっしゃられた」
テオドールに私の意図はちゃんと伝わったようだ。
彼も、そうした方がいいと感じていたんだろう。
「領主ちゃんはもう、城に?」
その返事として、テオドールがこちらを指さした。
ひらひらと手を振ってみせたら、さすがのロージーもあんぐりと口を開けて驚愕していた。




