105 炎の洗礼
まず機動力の低い、騎馬を持たない兵士の半数を遠くに離れさせた。
私はそちらに行くようにテオドールに頼まれ、大人しく従った。
戦闘能力もないのに、間近にいるとただの足手まといになるから。
それで負けたら泣くに泣けないし。
アダン達三人は、先に城へ戻らせた。
「俺達もまだ戦えます」
メリーとマティアスはうなずいてくれたけど、アダンはまだ戦う気満々で抗議されてしまった。
やる気にあふれた表情に、どうしようかと思っていたら。
どうやら三人についてくれていたルジェが止めてくれる。
「やめとく方がいい。死兵として突撃するつもりならそれでいいけど、生き残りたいなら、勧めない」
「でも、領主様だって俺とそう年齢が違わない」
「ん、だって私はもう19歳だし」
「俺とは5つしか違わない、俺ほんとは14歳だから」
そう言われて、思わず考えてしまう。
(そうね、私まだ、19歳だったわ)
でもここで簡単に言い負けるぐらいなら、そもそも戦争から逃げずにいるなんて選択はしていないのだ。
「私はもう成人しているから。保護者になれる立場よ」
するとルジェがうんうんと同意した。
「年上の言うことは聞くべき。あと、僕は23歳だし」
「え、私より上」
むしろ私が驚いた。
するとルジェがやや胸をはる。
「僕の方がお兄さん。でも雇用主で、お金をくれるからシエラに従う」
「う、うん、ありがとう」
明解な答えに、なんとなくお礼を言う。
「アダン達も雇用主に従う。よって帰る」
そう言われては仕方ないと、アダンもなんとなく丸め込まれてしまったみたいだ。
大人しく小型の荷馬車に三人を乗せたルジェは、私に言った。
「そういえば領主様、僕より小さい子だった。よくがんばってる。気を付けて」
「う、うん」
衝撃を残したまま、ルジェはアダン達を連れて出発した。
遠ざかる馬車は、暗闇の中にすぐ見えなくなってしまう。
「……ルジェさん、僕より年上だったんですね。すっかりまだ16歳とかそんな感じかと思ってて」
ニルスもびっくりしたらしい。
「だとすると、ロージーはもっと年上だったりするのかしら?」
「傭兵隊の人、顔が若すぎじゃないですか? あの二人だけでしょうか?」
「不思議よねぇ」
とにもかくにも、子供たちは避難させた。
街道側の兵士の残りは、馬車を用意した状態で待機。
全員を移動させないのは、異変を悟られないようにするため。
多少の移動なら、兵士を安全な場所で休めたいのだろうとか、壁は破られないと安心したのだろうとか勘違いさせられるけど、全員で離れたら「何かありますよー」と宣伝してることになるからだ。
私は離れた場所で「その時」を待ちながら、近くに生えていた雨キノコを一個取る。
待機場所は、街道側に増やすべきだと思い、アダンやメリー達に、合間を縫って育ててもらった雨キノコが群生を作っていた。
木立の木の根元には雨キノコ。
倒木の上は全部雨キノコ。
どうやって蔦をたどっていったものか、木の上の枯れかけた蔦に薄青の雨キノコが育っていて、ほぼ雑草のごとくキノコだらけになっている。
青いキノコのせいで、当たり一面が青でいっぱいだ。
「採取するんですか?」
ニルスが聞いたが、私は「いいえ」と答えた。
「思った以上に沢山育てられたから、一個ぐらいなら道草の花みたいに摘んでもいいかなというのと、熱気を避けられないかなって思ったの」
「熱気……そうですね。それを予定してここで待機していますが、他の者にも持たせましょうか」
沢山あるので、とニルスがキノコを兵士全員に拾わせた。
兵士みんなで一抱えあるキノコを持つ、ややおかしな兵隊さん一味が出来上がった時だった。
「あ、街道が」
街道の壁が明るく照らされている。
ベルナード軍側から火矢が撃ち込まれているのだ。
飛んできた火矢が、こちら側に置いている樽や、箱の上に落ち、燃え上がる。
いや、炎の勢いがすごい。
中身が油だったり、薪だったりするせいなんだけど。
「うーん、何も知らないって怖い」
「でも、本当にうまくいきますかね?」
ニルスは不安そうだ。
「大丈夫。怒らせる方法になるのは間違いないし」
言った瞬間、山の方から轟音が鳴った。
あまりの地響きと揺れに、思わずその場にしゃがみ込んだ。
私以外の全員もそうして、転ぶのを避けようとする。
地響きが収まらないうちに、遠雷のような音が聞こえた。
それはやがて、叫び声のように変化した。
「よし来た」
そして空が、火事が起きたように雲が赤くなる。
吹き出す炎が遠くから見えた。
一瞬明るくなったそこに浮かびあがったのは……火竜だ。
私は、火竜を誘い出してベルナード兵にぶつけようとしていたのだ。
テオドールも、人を魔物に変える薬に警戒をしていて、全面的にその計画を肯定してくれた。
そしてベルナード軍が来る前から、火竜がいた洞窟入口から外の森まで、爆発物を設置。
近くに人を配置してもらい、合図と同時に爆破してもらったのだ。
爆発物は、森を燃やさないように、閃光と音を立てて誘導する物だ。
でもあの音からすると、洞窟の入り口が少しは崩れたかもしれない。
なにより、火竜の子供達は相当驚いたはずだ。
さらに爆発は、街道の壁の近くまで連なって続いていくようにしてある。
それをたどるように火竜に移動してもらうためだ。
――街道へ。
燃え上がる壁まで。
そして火矢を射る、ベルナード軍の方へ。
火に敏感なはずの火竜は、それを見逃さないだろうと考えて、ベルナード軍の攻撃で炎がより多く上がるように油や薪を積み上げたりもしていたのだ。
テオドールが速やかに撤退してくるのが見える。
あんな化け物と、普通の兵士を戦わせていいことなんて何もない。
離れる一択だ。
そのうちにも火竜に対して、ベルナード軍の方は勇敢にも矢を射たりしていた。
魔物も作れるから、対抗できると思ったんだろうけど。
「うわ……」
火竜が上空から炎を吹きかける。
まるで竜巻みたいな炎が地上に降り注いで、遠くまで悲鳴や叫びが聞こえてきて恐ろしい。
絶対阿鼻叫喚になっている。
そうでもしないと敵を倒せないし、生き残れば自分達が殺される側になるんだけど。
離れている私達のところまで、熱気が来てる。
近くに生えていた雨キノコから蒸気が上がって、少し周囲が白い。
雨キノコがなかったら、もっと熱いと感じたかもしれない。
ぞっとしていると、テオドールが近くへ来た。
「領主様、成功ですね」
テオドールは、爽快そうな表情をしている。
敵を倒せて嬉しいのだろう。
部下達を死なせずに敵を倒せるのだから、喜んで当然だ。
「あちらはたぶん、火竜とすったもんだした後、生き残った人達はここに近づくのは危険だと思って引くと思うのだけど」
「同意いたします。火竜を倒そうなどと思う者はいないでしょうし、目的が火竜退治ではありませんから。むしろ裏道の方へ回ってくるかもしれません」
良かった。テオドールでも同じように思うらしい。
「それなら、このまま裏道の壁に移動するってことでいいかしら?」
「承知いたしました」
テオドールの返事を聞き、私達は移動を始める。
問題はあちらだ。
火竜は沢山いるわけじゃない。
そして火竜を裏道の方まで誘導したら、危険なのだ。
あっちの方が、城や町に近いから。
ということは……。自分達であちら側の敵を倒さなくてはならない。




