101 開戦は少し離れた場所で
「街道の封鎖はなさらないのですか?」
聞いていたセレナが不思議そうに言う。
封鎖と言っても、石造りの扉を作っておいたので、それを閉じておいて、ベルナード軍が間近になったらさらに固めるつもりだった。
でもそれはほんとうにぎりぎりになってからすることだ。
「たぶん、避難民が来るから……」
完全に閉じてしまうと、逃げて来た人達を見殺しにすることになる。
いつかは、出入りを封鎖するために見捨てる人も出るかもしれない。
私がすべきことは、領地の人と領地を守ることだから。
でも、できるだけ逃がしてやりたいと思う。
(私が、いつだって逃げたいと思いながら生きてたから)
家から逃げたい。
結婚から逃げたい。
結婚相手から逃げたい。
……今は、この戦いからも逃げてしまいたい。
でも今はそれをしたら、私はどうしようもない人間になってしまうと思うのだ。
背負っているのは自分の人生だけじゃないから。
(それに今までは、抗って来なかった。流されるしかなかった。でも今回は、領地を捨てて逃げてもいいはずだった。抗おうと思ったのは初めて)
だから自分の反抗を、成功させたい。
失敗する未来を変えて、どうしようもない流れに押し流されてきた自分の人生を、ちゃんと変えたんだと思えるようになりたいとそう思う。
「避難民は全員受け入れるおつもりなのですか?」
セレナに聞かれて、私は首を横に振った。
「うちで面倒を見るのは無理。何か月も籠城する可能性もあるのに、食料が足りないわ」
飢えて死ぬのだけはごめんこうむりたい。
そりゃ、ぎりぎりまでは頑張るけど。
「でも、ここで匿ってほしい人はどうなさるんです?」
「普通に、ベルナード軍が次はここに来ると言えば、逃げるのではないかしら?」
今の所、ハルスタットはそんなに安全な場所じゃないのだから。
テオドールにもそう指示していたのだけど、実際に私が予想した通りになった。
間をおいて、避難民が続々と移動してきた。
馬車を仕立てられるような人は、広い街道のある南や北へ向かったみたいで、ハルスタットが近いか、馬やロバに乗って一人で逃げたり、徒歩で来る人は近場の町を目指し、ハルスタットにやって来る。
そしてベルナード軍の情報と引き換えに、食事と屋根と壁のある空き家を提供されて、一時休んだ後は、そそくさと逃げて行った。
みんなハルスタットが寂しい田舎町だとわかると、兵士達が「ここの町も、ダメかもしれない」という言葉に飛び上がりそうなほど怯えて、町を去るのだ。
「でもさー、どうせ来るなら徴兵するって手もあるんじゃないのー?」
ロージーにはそう言われたけど、私とルジェは同時に首を横に振った。
「怯えてる人に戦わせても……逃げるだけだわ」
「足並みをそろえなくちゃいけないところで、へっぴり腰になる。味方の被害が増える」
「まぁそっか」
ロージーはそれで納得したようだった。
そんな流れは三日で変わる。
逃げてくる人の数が激減した。
怪我をした人が、少数たどり着いて、叫んだ。
「悪魔だ。悪魔にとりつかれた国だ、ベルナードは!」
おそらく、魔物を使って人を襲わせているからだろう。
もしくは魔物に変化する人を見たのかもしれない。
でも命からがらやって来た人は、怯えきっていて会話もままならない。
そして時間をかけている暇はなかった。
「街道を封鎖。明日には来るかもしれない」
私の一言で、二つの道に作られた壁が封鎖された。
「一応、逃げて来た人は山側を越えるよう誘導して。そんなに来ないと思うけど……」
「来ないでしょうか?」
首をかしげるミカに、私はうなずく。
「ルース王国への進軍速度のことを考えると、もう、逃げられる人はわずかだと思う」
一気に制圧されるから、死ぬか逃げられなくなるか、どちらかになるはず。
実際、ルース王国が占領された時、こちらの国にあまり避難民が来なかったのもそのせいだと予想していた。
「領主様がそう予想されるなら、そうなのでしょう。本当に、領主様は賢い方ですもの」
そう微笑みながら言うミカだったが、わずかに腕が震えている。
辺境とは少し距離がある田舎町だから、こんな状況になるなんて想像もしなかったせいだろう。
戦争は未知のもので、だけど逃げるあてもないから、ただ私を信じて踏みとどまっているだけ。
私はミカの手を握る。
「領主様?」
暖かい季節なのに冷たく冷え切っているのは、恐怖と緊張のせいだろう。
私の手もそう暖かいわけじゃない。
けれど、わずかにでも先を見ることができて、成功するかわからなくても抗う方法をいくつか持っているから、震えていないだけで。
かといって、絶対に大丈夫だとは言えない。
「もし壁を突破されたら、みんなで地価の避難通路を使って逃げるのよ。いつでも貴重品は身に着けておいて。そうすれば、助かるから」
間違いなく命を守れる方法を口にすると、ミカはきゅっと口を引き結んでうなずいた。
「でも、もっと私、錬金術のお手伝いができたらいいなって思うんです。だから、がんばってください」
精一杯のミカの言葉に、私は笑みがこぼれた。
「うん、がんばるわ」
そして私は、成功するかわからない戦いに挑んだ。




