100 その日
翌日から一週間、私はカールさんの回復をしつつ、調合をして過ごす。
その間に、違う町に伝手がある人の何家族かが、ハルスタットを離れた。
私は逃げやすいように『侵攻時に逃げていても、戻って来た時には家や畑はそのままその人が使えるよう保証する』と決めていた。
なので、誰の畑で誰の家だったのか記録をギベルに残してもらう。
その際、逃げるのに時間がかかるギベルにも、改めて進退を尋ねた。
するとギベルは笑って言った。
「ある程度、作業が落ち着きましたら移動いたします。このような老いぼれが生きようと生きまいと、さして違いはないのですが……、いればいたで、死なせるのは不憫に思う優しい者達がおるでしょう。間際になってからでは、心優しい者達らが逃げ遅れる原因にもなりかねませんからな」
感情だけで残ることを決めないギベルの視野の広さに、私は感服した。
普通ならば、事前に逃げることを周囲はよく思わなかったりするだろうし、それを気にするからこそ踏みとどまってしまう。
でも極限の時、ここを死地にすると決めていても、周囲は生かそうとしてしまう。
――見捨てるのは、情がないと思われてしまうから。
そんな風に、誰かの命を奪う方をギベルは嫌がったのだ。
ギベルが責められないよう、私が勧めたという話を使用人達にもしておいた。
そしてギベルは馬車に載せられ、相棒のヤギと生活の面倒を見ていた使用人とともに町を出た。
ギベルとは違い、町には離れない決断をした人が多かった。
ここまで手をかけた畑を、家畜を捨てられないし、行く場所もないからだ。
テオドールとオルターは、打ち合わせて生き残った兵の訓練を始めた。
「対人を想定していましたが、魔物の方が多いかもしれません。そのつもりで組み合わせなども決めていくので……。普通の用兵とは違う状況になるかもしれません」
テオドールの報告にうなずく。
※※※
それからは、ひたすら準備にあけくれた。
いつ来るかわからない段階に入ったこと、魔物が出現した騒ぎの結果、町の人にいたるまでが張り詰めたような雰囲気で、想像以上に準備に協力してくれた。
外郭や内郭の壁の補強。
剣の手入れ。
私もできるかぎりのことをした。
錬金術で思いつく限りの物を作った。
そして恥を忍んで、ローランドと彼の養子にも手紙を出し、万が一の場合には領民を受け入れてほしいとお願いしたのだ。
「四角四面の人だからこそ、依頼した通りに行動してくれるかもしれないわ」
いつ何時、予想外のことで起こるかわからなくて怖い人だけど。
でも私は領主で、妻として従う必要もない。
さらに守ってくれる武器も手にあるから、落ち着いて対処できるはずだ。
……万が一の時には眠らせて、養子に任せればいいし。
食料は三か月分ぐらいは貯めることができた。
周辺でも、私やジークリード辺境伯家での動きを見て、戦争の匂いに準備を始めた領地もあるらしい。
いいことだ。
そして武力がうちよりもあるところで、ベルナード軍を止めてくれたらいいのだけど……。
そんな動きの一つ一つが、未来を変えられると願うしかない。
カールさんは、まだ未来の夢を見られないそうだし。
必要物が集まったところで、私は街道の封鎖を命じた。
馬車が一台通れる道を作って、それ以外は壁にしてしまう。
作業は、鉄の木と成長する石のおかげで早かったみたいだ。
兵士達総出で、一週間ぐらいで形になった。
一方、街道にそんな物を作ったため、旅人や薬を求める行商人を困惑させたようだ。
旅人は不思議そうに壁を見て、その後通行税を取られなかったことにほっとしながら立ち去る。
行商人も、なんとか馬車が通れるものの、不審に思って対応したセレナに尋ねたそうだ。
「領地同士のいさかいでもあったんですか?」と。
セレナは私から『もう言ってもいいでしょう』と言っていたので、何のためかを話したらしい。
「ベルナード軍がやってくるという話を耳にしましたので、壁を造ったのです。小さな領地を守るにはこれぐらいしなくては」
それを伝え聞いて、周辺の領地がざわついたとかいないとか。
逃げ出す農夫や商人が出たことを、ぽつりぽつりと行き過ぎる旅人が話していたらしい。
そんな中、町の人達の内郭への引っ越しも済ませた。
まずは人命を助けるため、守りやすい場所にいてもらうことになったのだ。
おかげで城内に人が沢山入って来た。
セレナが取り仕切って、子供たちの面倒を見る人と城内の手伝いをする人にふりわけて動いてもらっている。
手伝いをする人には、怪我の手当ての講習が行われたようだ。
講師は、怪我慣れしている傭兵隊。
「色々と役立っているようですね」
レンデル傭兵隊をそう評したのはニルスだ。
彼は最近、私の護衛としてはりつくようになった。
フレッドと交代で。
ハルスタットはおだやかな気質の人が多い土地なのでめったなことはないが、他所から兵士を雇い、その数も100人になっている。
軍としては少ない人数だけど、今のハルスタットの財力で雇えるのはこれが限界だ。
なんにせよ、付け焼刃の訓練をしている100人と気性の荒い傭兵隊、それにジークリード辺境伯家の兵士が千人という混成部隊を、テオドール達はよくまぁまとめているなと思う。
普通、ここまで雑多な来歴の人達が集まれば、言うことをきかせるのも大変だろうに。
テオドールの方はけろっとして言っていた。
「辺境伯閣下がよこしてくれたのが、生家の兵が多い部隊だったもので。兵士に関してはもともと問題がありません。傭兵隊に関しては一度打ち合えば、多少は意思の疎通もできるようになりました」
人脈と筋力で解決したらしい。
外から雇った兵士にしても、平民なので元々が貴族や騎士には従うよう育ってきたため、下手に暴れることもなかったようだ。
それでも反抗的な兵士は追い出したそうだ。
テオドールの手腕に、私は思わず拍手してしまった。
そうしている間にも、時間は過ぎていく。
今か今かと緊張は高まる。
山のように調合品を作っても、まだ足りない、足りないと私はあがくように工房にこもったりもした。
まぁ、ギベルに遠くへ離れてもらった分、彼にお願いしてた作業をする必要があるので、執務室にいることも多くなっていったけれど。
そうしてさらに二週間ほど経った。
今の所、動きはないことにほっとしていた私は、執務室でお茶をしていた時だった。
扉を急ぎ叩く音。
招き入れれば、走って来たフレッドが報告してくれた。
「西の……西の辺境伯領に、ベルナード軍が攻撃を開始したという報告がありました!」
「情報元はどちらですか?」
「西の辺境伯様から、各領地へと早馬が出されたと。その連絡を持った伝令は、王都へ走っていきました」
単騎で駆け抜けるのなら、ハルスタットを通った方が王都へ到着するのは早いだろう。
なら、かなり早い段階でここに報告が来たのだと思う。
私は立ち上がった。
「兵を待機させるようテオドール卿へ指示して。同時に近隣の町への伝達を」




