10 実現してしまった夢
「ほんとうにがけ崩れが……」
それを発見したのは、商人だったらしい。
前日の町への到着が遅くなり、雨も降っているけどと、小雨になったので午後から出発したようだ。
身を潜められない崖だからなのか、このあたりは山賊が出ることがなく、夜になる頃に次の村に到着できればいいと判断したようだ。
そして街道を進んでいたら、まさに谷になっている場所でがけ崩れで街道がふさがっているのを発見したそうだ。
慌てて商人が町へ引き返したのが夕刻すぎ。
そのため各宿には、朝になってから連絡が回って来たらしい。
状況を聞き取って報告してくれたのは、リュシアンの連れていた騎士だ。
肩幅も身幅も広い、壁のような騎士は淡々と報告を終えた。
「いかがなさいますか? がけ崩れから道の復旧事態は、本日中にどうにかなりそうですが」
迂回して進むのか、復旧を待つのか。
「リュシアンにお任せします」
護衛されている側は、護衛をしている人物の意見を聞くものだ。
そのあたりの知見が少ないからこそ、任せているのだから。
リュシアンはすでにどうするか考えていたのか、即答する。
「迂回しよう。南回りなら、二日余分にかかるけど、橋はしっかりとした物だし安全に進める」
「承知いたしました」
決定に従い、騎士や使用人達が出発の準備にかかる。
それを見ながら、私はため息をつく。
「なんで正夢が起きたのかしら? 心当たりがないのよね」
急に謎の能力がついたとは思えない。
何か変な物を手に入れたわけでもない……いやちょっと待って。
一個すごいものがあった。
「もしかして、魔術師石?」
直近で手に入れた珍しい品といえばあれだ。
人の心臓が石化したとか、明らかに怪しい品だし。
研究に提供してもらった物なので、丁重に扱わなくてはと考えていたせいか、完全に除外していた。
「リュシアン、あの魔術師石を持ってて、何か変なことはなかった?」
「私は特に問題はなかったけど……あ、でも一回盗まれたことがあるらしくて」
「盗んだ!?」
人の心臓を盗むとか、とんでもないことをする人がいるものだ。
私だったら怖くて、研究するって目的がなかったら持つのも怖いんだけど?
「でも返してきたって。悪夢ばかり見るから、きっと呪いの石だとか言ってたらしいよ。盗んだ相手は、これが魔術師石だと思わずに、大きな魔石だろうぐらいに考えて持って行ったようだから」
「悪夢ばかり……って、まさか」
「そういうことなのかな」
リュシアンも思案顔になる。
その盗人も、未来の夢を見て気味が悪くなったのだろう。
おそらく盗みをしなければならない状態で、しかも常習だったとしたら……捕まりそうになるとか、盗もうとしたら見つかるとか、そういったことではないだろうか。
自業自得ではあるけど、心臓に悪い夢だとは思う。
「一応、実験してみようか」
リュシアンが言い出し、私は首をかしげた。
「実験?」
「一日、私が持つことにするよ。それでおかしな夢を見たりしたら、その時は魔術師石のせいだろうから、君に持ってもらうにしても保管方法について検討したらいいと思うんだ」
「そうね。絶対に魔術師石のせいって決まったわけでもないものね。盗人は捕まる不安から悪夢ばかり見たのかもしれないし」
そんな経緯で、リュシアンが魔術師石を持つことになった。
私にくれる前は、たまたまそういうことが起こらなかっただけかもしれないし。異常が発生した直後の方が、同じことが起きやすいだろう。
そして私達は旅に出発した。
がけ崩れがあった場所を教えてもらったが、あまりにも夢で見た場所と同じすぎて、気持ち悪さが増す。
「大丈夫ですか?」
セレナに気遣われ、私は崖を見ないようにした。
リュシアンはこの日、自分の馬に乗っていて、崖の様子をあちこち見て回ったようだった。
そうして馬車は、つつがなく次の町に到着する。
揺れない地面にほっとして、私は早々に休むことにした。
(まさか本当に、正夢だなんて……)
色々と夢を見た理由を他にも考えたけど、実際に崖を見たら疑いようもなくて身震いしてしまったほどだ。
その前までは、雨が近づいて湿度が上がったから、不安感が混ざり合ってみた夢がたまたま……本当に偶然当たってしまったのだという考えがあった。
でも崖の様子、川向うの景色、すべてがあまりに一致しすぎていた。
「リュシアン、大丈夫かな……」
魔術師石を預かったリュシアンは、何か夢を見てしまうだろうか?
心配になりつつも、一晩経った。
翌朝になって聞いてみたけれど、リュシアンは変な夢を見なかったらしい。
リュシアンが気持ち悪い思いをせずに済んだのは良かったんだけど……。
やっぱりタイトルに錬金術を入れたくなったので、ちょい変更してみました




