第33章
第33章
その時、賢者の間の扉が静かに開き、コウモリのような翼を持つ少年に手を引かれ、ミナが姿を現した。
「ターリィくん、ありがと!」
ミナが嬉しそうに手を振ると、イリューシアは微笑み、少年の頭をそっと撫でる。
「ええ、助かりましたわ」
「はい、ではこれで失礼します!」
少年、ターリィは、細い尻尾をふわふわと揺らしながら、嬉しそうに部屋を後にした。
「見て見て!描けたよ!」
ミナはスケッチブックを高く掲げ、みんなに見せびらかすようにパタパタと振った。
そこには、大樹でできた魔王城と、森と一体になった城下町が色鮮やかに描かれている。
「よく描けてますわね」
イリューシアがその絵に目を細め、うっとりと見惚れる。
「ミナって、風景画も描けたんだな」
いつもは「萌える〜」「尊い〜」と言いながら人物ばかり描いているミナを思い出し、カイルは素直に感心した。
「……ん?」
アルヴィスとティントルテンは同時に首をかしげる。
それに気づいたイリューシアが、やわらかく微笑みながら口を開く。
「わたくしも、この絵と同じように見えておりますのよ」
イリューシアのその言葉に、カイルは驚いたように目を見開く。
「アルと伯爵は違うふうに見えてるのか?」
「我が剣よ…。価値観の違いは、お互いの深淵を覗くに相応しき試練!」
アルヴィスが神妙に言おうとしたその瞬間、ティントルテンが軽く遮るように続けた。
「試練かどうかはさておき…少なくとも、君たちのようには見えなかったよ。私の目からは、魔王城はまさしく『水晶宮』というにふさわしい、煌びやかで上品な輝きを放ち、城下町は整備された美しい街並みに映った」
その言葉を受け、イリューシアは空中にそっと指先で円を描く。
すると、光の球体がふわりと現れ、外の風景が映し出された。
それはまさに、ティントルテンの語った通り、整然とした美しい街並みが広がっていた。
「世界樹に選ばれた者以外には、こう見えておりますの」
その映像を見て、カイルは思い出したように声を上げた。
「そうだ…そういえば、俺が『世界樹に選ばれた』って言ってましたよね? それなら…ミナも?」
突然話を振られ、ミナはきょとんと目をぱちくりさせた。
「ミナ様は、少し事情が異なりますわ」
イリューシアは静かに微笑むと、しずしずと姉の肖像画の前へと歩み寄る。
そして、何気ない口調でさらりと告げた。
「ミナ様の本当のお名前は“ルビー”。姉と世界樹のお子ですの」
「はいーーーーーー!?!?」
予想外すぎる言葉に、四人とも目を丸くし、見事なハモりで絶叫した。
その頃、ティントルテン邸の別宅では、アルゼンがプリ剣本を読み漁っていた。
「全年齢版は…普通の恋愛物語だな。だが、エドワード殿下を悪役に見立てているとは…やはり発禁処分は正解だったか…?」
部屋の中をウロウロ歩き回りながら、真剣な顔で考え込む。
そこへ、執事のクロックが控えめに声をかけた。
「坊ちゃん、ティータイムなどいかがっすか?」
この別宅の使用人は、ティントルテンの意向で人間のみを雇っていることになっている。
だが、実はたった一人だけ獣人が紛れ込んでいた。
それが、このクロック。
金髪の毛先だけが茶色に染まる、珍しい髪色の男だ。
もちろん、見た目は完璧に人間に擬態している。だがその正体は、金色の毛並みに茶色の耳先を持つ、キツネの獣人。
獣人は、耳と髪の色が同じになる。
そして、わざわざ本邸にはいないキツネの獣人を別宅に置いたのは、ティントルテンの茶目っ気たっぷりの悪ノリとも言える「キツネにはキツネを」という洒落心だった。
もちろん、アルゼンはその事実をまだ知らない。
クロックは机に山積みにされたプリ剣本を見て、にやにやと口元を歪める。
笑いを堪えているのを諭されないように、爽やかな笑顔でアルゼンに向き直った。
「もしかして、坊ちゃん…プリ剣にハマっちゃいました?」
「えっ…!?ま、まぁ…そうかも…?」
この邸宅に居候として転がり込んでいる以上、完全否定はできなかった。
なにせ、この領地そのものが、プリ剣推し最前線なのだから。
きっと使用人たちもプリ剣推しに違いない。
それがキッカケで刺されでもしたら、王室から逃げてきた意味がない。
「それなら、こちらも…いかがっすか?」
クロックはおもむろに、R指定の薄い本をそっと提示する。
「うっ…そ、それは……まだ早いような……」
だが、アルゼンは目を泳がせつつ、チラチラとそのいかがわしい表紙に視線を送る。
(な、なんだこの表紙…いかがわしさ満点じゃないか!?)
そんなアルゼンの様子を面白がるように、クロックは声を潜めて囁いた。
「濡れ場とか、気になるでしょう?」
「な、何を言ってるんだキミは!」
アルゼンは顔を真っ赤にして声を上げるが、クロックは肩をすくめて、あえて机にR指定本を置いたまま立ち上がる。
「それは残念っすねぇ。あ、じゃあティータイムの準備してきまーす」
わざとらしく本を忘れたふりをして、クロックは部屋を後にする。
取り残されたアルゼンは、赤い顔のまま机の上の問題作を見つめていた。
「ちょっとだけ…」
アルゼンはそっと手を伸ばし、震える指先でページをめくった。
……その瞬間。
「坊ちゃん、ダージリンとアールグレイ、どっちがいっすか?」
「うひゃあぁぁっ!」
いきなり顔を覗かせたクロックに、アルゼンは情けない声を上げる。
慌てて本を机の引き出しに押し込むと、クロックはそれを見て見ぬふりをし、涼しい顔で続けた。
「おいしいオレンジピールのスコーン、入ったんすよ。で、ダージリンとアールグレイ、どっちにします?」
「ど、どっちでもいい!任せる!」
「あい〜っす」
軽快な返事と共に、クロックは部屋を後にする。
アルゼンは緊張の糸が切れたように、机に盛大に突っ伏した。
そして、ティータイムを終えたあと…、結局、彼はその『問題作』をこっそりベッドに持ち込み、最後まで読みふけってしまったのは言うまでもない。
☆アルゼンのプリ剣感想☆
………………。
危険だ…。
これは危険だ…。
しかし、ちゃんと年齢制限がしてあるから問題ないのか?
とにかく危険だ…。
あ、もうヤバい……。
語彙力失われる……。




