第32章
第32章
ミナを外に残し、魔王城へと足を踏み入れると、その神秘的な光景に思わず息を呑んだ。
ティントルテンとアルヴィスの目には、外からはマジックミラーのように中が見えなかった水晶の壁が、内側からは街並みをぐるりと見渡せる透明な空間として映る。
だが、カイルには違うものが見えていた。
何本もの木々が密集して壁を成し、ツタが美しく絡み合い、葉の間からやわらかな光が差し込む。
まるで城そのものが、生きた森の中に存在しているかのようだった。
「ついてらっしゃい」
イリューシアに促されるまま、一行は光の柱へと足を踏み入れる。
階段が見当たらず、どうやって上階へ行くのかと不思議に思っていたが、柱の中に入った途端、ふわりと体が浮かび、次の階層へと移動していた。
「すごい魔法技術だ…」
感心して周囲を見渡したアルヴィスだったが、全面ガラス張りのように外が丸見えになっていることに気づき、顔色を変える。
「まさか…もっと上に行くのか…?」
青ざめるアルヴィスを察したのか、イリューシアは静かに壁に手を添えた。
すると、何もなかったはずの透明な壁に、ゆっくりと扉が浮かび上がる。
「こちらのお部屋で、署名を致しましょうか」
外の景色しかなかった場所から扉が現れ、ティントルテンとアルヴィスは呆然と立ち尽くす。
だがカイルの目には、違うものが映っていた。
びっしりと絡みついていたツタが、まるでイリューシアの手を避けるようにうごめき、隠されていた扉を顕にしたように見えたのだ。
部屋に入ると、先ほどのような水晶の壁ではなく、一面に木々が連なり、ツタが優しい光をたたえるように淡く発光していた。
ティントルテンとアルヴィスにも、木々が確かに見えているようだ。
壁には多くの肖像画が並んでおり、イリューシアはふと憂いを帯びた紅水晶の瞳を細めた。
「みなさま、ただいま戻りましたわ」
イリューシアの視線は肖像画をひとつずつ、慈しむように辿っていく。
やがて、その視線がとある一枚で止まった。
その人物はイリューシアにもよく似ていたが、それ以上に、三人の目を釘付けにしたものがあった。
「……ミナ……?」
カイルが小さく呟く。
「いや、そんなはずは……」
アルヴィスも眉をひそめ、肖像画を凝視する。
「いや、司祭たちが『奇跡の子』と謳う少女だ。有り得なくはないかもしれん」
ティントルテンの言葉に、さらに場の空気が張りつめる。
肖像画の中の彼女は、ミナをそのまま大人にしたように、燃えるような真紅の髪をなびかせ、ルビー色の瞳をきらめかせていた。
ただ、決定的に違うのは、長く尖った耳……エルフ族の特徴がよく出ていることだった。
「ここは『賢者の間』。この方たちは、歴代の賢者…つまり、歴代の魔王ですわ」
イリューシアはそう言って、迷いなくミナにそっくりな女性の肖像画の前に立つ。
「この方は、わたくしの姉ですの」
さらりと告げたその言葉に、カイルたちは一瞬、言葉を失った。
そんなカイルたちには微笑みを返すだけで、イリューシアはそれ以上なにも言わなかった。
イリューシアが手の平を上に向け、優しく息を吹きかけると、一枚の紙片が光に包まれながら現れる。
それと同時に、部屋の中央ではツタがにょきにょきと生え出し、滑らかなテーブルを形作った。
ふわりと浮かぶようにインクとペンも現れ、イリューシアは文書をテーブルにそっと置く。
それは、この場で同盟を締結するための、正式な書類だった。
イリューシアが署名し、続いてティントルテンが署名する。
「それにしても、素晴らしい技術力ですな。街の雰囲気もとてもいい」
そう言うティントルテンに対し、イリューシアは謙遜してこう言った。
「基礎を作ったのは他の賢者たちですわ。わたくしは補助をしていただけですわ」
「そんな、ご謙遜ならずに」
「ありがとうございます。魔王になって五百年…わたくし一人になってからはまだ五十年ほどですの」
それを聞いたティントルテンたちは吹き出した。
「ま、魔王になって五百年!?」
「ええ。まだまだ未熟物ですわ」
イリューシアの頬が桜色に染まる。
「待て。一人になってからと言ったが…魔王は複数いたのか?」
アルヴィスがズバリ指摘する。
「ええ。世界樹に選ばれた者が魔王の座に着きますの。そして、カイル様はその資質がおありですわ!」
「……へ?」
いきなり名指しされ、カイルは間の抜けた声を上げた。




