第29章
第29章
その日、ティントルテン邸に花が咲いた。
魔王がやって来たのだ。
彼女はふわりと軽やかなドレスに、透き通るようなシフォンのケープを羽織り、ペガサスがひく馬車に乗って地上へ降り立ったのだ。
彼女がティントルテン邸の庭園へ降り立つと、庭の花が一斉に花開いた。
文字通り、ティントルテン邸に花が咲いたのだ。
その光景に、ティントルテンはもちろん、同席するレオとタルタル、そして、なぜか魔王の希望でやって来たカイル、アルヴィス、ミナはあんぐりと口を開けてその美しさに見惚れる。
「更にお美しくなられました。これで魅了を使っていないとは、末恐ろしい」
この中で唯一魔王を知っているタルタルは呟く。
美女の到来に、ティントルテンは張り切って談話室へエスコートする。
レオやカイル、アルヴィスまでも、鼻の下を伸ばしてデレデレしている。
その光景に、ミナは文句を言いつつ、こっそり魔王をスケッチしていた。
屋敷の使用人も魔王に見とれ、獣人の使用人たちは普段よりも張り切って仕事をしている。
「魔王陛下は魔族のアイドルですから」
タルタルは眼鏡を拭き、その目に彼女の姿を焼き付けようと必死だ。
談話室に辿り着くと、エリオスとミリアがせっせとティーセットを出していた。
ミリアは長い耳をクルクルアンテナのように動かし、ティーカップに紅茶を注いでいる。
エリオスは魔王の美しさに震えながらクッキーを用意していると、思わず皿を落として割ってしまう。
「!!も、申し訳ありません!」
優秀なエリオスまでもが緊張しているようだ。
人間は浮世離れした美しさに免疫がないためであろう。
魔王はふわりとエリオスに近付くと、
「怪我はないかしら?診せてちょうだい?」
と、優しく声をかける。
「いえ、お気遣いなく…」
エリオスは真っ赤になって顔を背けるが、割ってしまった皿を片付ける時に指を切ってしまっていた。
「あら…大変」
魔王がエリオスの手に軽く触れると、温かい光がふわっと傷口を包み込んだ。
「………光属性魔法…だと…?」
アルヴィスが目を見開くが、魔王は気にもとめずに素早く治癒を施す。
「執事が申し訳ない…」
ティントルテンが頭を下げる。
その後ろで、エリオスが申し訳なさそうに新しいクッキーを用意している。
「あら?なんの事かしら?」
と、魔王はにこりと笑って席に戻り、改めて自己紹介した。
「この度は、お招きいただきありがとうございます。わたくし、魔王を務めております、エルフ族のイリューシアと申しますわ」
イリューシアが笑うと、花瓶の蕾が一斉に花開いた。
「これはご丁寧に。私は領主のティントルテン。爵位は伯爵にございます」
ティントルテンも挨拶し、メンバーを紹介する。
「こちらは町の防衛など、私によく仕えてくれている冒険者ギルドのマスター、レオに、副ギルドマスターのタルタル。そして…」
ティントルテンが言い終わらないうちに、イリューシアはその可愛らしい唇を動かした。
「プリ剣の作者様のミナ様、そして、作中のモデルのアルヴィス様にカイル様でございますわね?」
「わぁー!魔王様もプリ剣知ってんのー?」
ミナは悲鳴のような甲高い声をあげた。
そんなミナを見て、イリューシアは驚きの声を上げる。
「まぁ…。まさか、こんな所に…。探しても見付からないはずですわ」
「へ?あたし?」
混乱するミナに、イリューシアは安心させるようにこう言った。
「ふふっ。わたくしの姉に仕草がそっくりなんですの。ルビーのような瞳がキラキラ輝いて、愛らしいですわ」
「ひゃんっ」
まさか容姿が褒められるとは思ってもいなかったミナは、照れてアルヴィスのマントに隠れようとする。
「やめろ!そこは我が剣の特等席だぞ」
「まぁまぁ…我が剣だなんて…。作品と同じく、カイル様を大切にしていらっしゃいますのね」
イリューシアの優しい視線に、アルヴィスは思わず顔を背ける。
耳が真っ赤だ。
隣のカイルは、アルヴィスの珍しい反応にアルヴィスを凝視している。
と、更にアルヴィスは赤くなった。
「わ、我が剣よ…。そんなに見られたら…」
「あ、悪い。アルが女の人に照れるのなんて新鮮だったから」
「違う!我が剣以外に心乱すなど、闇のプリンスたる我がそんな…黒炎の如き焔に誓って…!」
必死に弁明するアルヴィスに対し、カイルはひと言で済ませた。
「そっか。わかんねぇけど」
アルヴィスは魂が抜けたようにガックリと肩を落とす。
イリューシアは微笑んだまま、くすりと喉を鳴らす。
「ふふ、本当に可愛らしいお二人ですこと」
そう言って、手元のカップに目を落とすと、場の空気が一変した。
先ほどまでの柔らかな雰囲気はそのままだが、どこかに張り詰めた気配が漂う。
「さて…本題に入りましょうか」
イリューシアの紅水晶を思わせる瞳が細くなり、魔王の顔になる。
「お手紙にてお知らせしておりましたが、改めて説明させて頂きますね」
イリューシアは魔王領に人間の王室の使節団が来て、魔族狩りに協力するよう求めてきた旨を説明した。
「使節団の公文書では、罪人などと表記しておりましたが、わたくしは直ぐにそれが罪のない魔族のことだと分かりましたわ。エルフは森の民ですもの。遠い国の噂話も、風に乗って木々が囁き合いますの」
相変わらずニコニコと笑顔なイリューシアだったが、長年魔王を務めているだけはある。
多くを語らずとも、魔王には独特のネットワークがあり、情勢が筒抜けであることに背筋がゾクリとした。
「魔王領も辺境の町に協力致しますわ。この町は魔族のよい友ですもの」
イリューシアの申し出に、正式な文書にて同盟国として認定された。
それは、アルゼンが読んだ通りに、王室の破滅への道を辿ることになる。
☆ミナの推し観察日記☆
魔王様にプリンス様も剣士くんもデレデレ…。
浮気です!浮気案件勃発しましたー!
でも、プリンス様にツッコむ剣士くんは普通だったー。
愛だったー♡
愛の試練だったんだね…?
そう言えば魔王様がルビーとかって…
そうか!
プリ剣の結婚指輪はルビーがいいかなー?
きゃっ♡




