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第27章

第27章

時は数日遡る。

エドワードの側近、アルゼンは、子爵家の三男で家督権がないことに焦っていた。

だが、幼い頃にエドワードの侍従に抜擢され、同じ学園に通い、そのままエドワードの補佐をするようになり、出世街道まっしぐらのハズだった。

しかし…


「闇の民に協力申請だと?愚かにも程があるだろう」


アルゼンは魔王との交渉決裂時には逃げ出してしまおうと、魔王領の詳しい地図を取り寄せルートを確認する。


アルゼンも使節団に加わると公言している。

魔王領の地図を入手するには、うってつけの理由だった。


「魔王が交渉にのらなければ、王室に勝ち目はない」


地図を睨んで、ある作戦を閃く。


「ここから抜ければ、おじ上…ティントルテン辺境伯の屋敷がある。おじ上は政治には興味のないお方だからな。今の情勢にも無頓着だろう。それに、勢力が集まっている辺境の町はおじ上の管轄…。いくら無骨者の集まりの町でも、領主をないがしろにはしないだろう。暫くはおじ上の屋敷に潜伏して、全てが過ぎ去るのを待とう」


そうして、アルゼン一行は魔王領へ。


アルゼンは魔王領に入り驚いた。

多種多様の様々な容姿の魔族たち。

人間の姿もちらほら見える。


「いや、見た目が人間にそっくりなだけかもしれない…」


しかし、それ以上に驚いたのは、平らに整備された道に、美しい街並み。

緑が街と調和して澄んだ空気を醸し出している。

それに、新鮮な野菜に果物。

肉や魚まで新鮮だ。


「う…あんなものも食べるのか…?」


市場の中には丸々太ったコオロギや芋虫もあった。


騎士の一人が観光気分で串焼きを買ってくる。


「すごいですよ!ムカデの姿焼き!グロテスク極まりないです!」


アルゼンは丁重に断ると、騎士は残念そうに一人でかぶりついていた。


「香ばしくて意外とイケますよ」


他の騎士も顔をしかめている。

魔王領の宿に泊まると、不思議なやり取りがあった。


必ず種族の確認をするのだ。

食事をその種族に合わせて出すらしい。

虫やらゲテモノを食わせられるかとヒヤヒヤしたが、いらない心配だったようだ。


部屋でも驚いた。

魔力を込めると照明がついたり、部屋の鍵をかけたりする事ができる。

受付で魔力を登録させられたのだが、部屋の鍵のためらしい。

客が帰ったあとは登録は消去されるらしいが…

魔力で個人を特定できるなんて初めて知った。


そして、一番驚いたのが魔王との謁見だった。


魔王城は水晶のように輝き、外から中は見えなかったが、一度城の中に入ると城下町がぐるりと見渡せる。


階段はなく、光る柱に足を踏み入れると上階へ出る。

かなり高度な魔法だ。

最上階からは人間領まで見渡せる部屋に玉座があり、玉座の両脇を毛で覆われた獅子が鎧をつけて二本足で立ち、もう一方は曲がりくねった大きい角に、トカゲのような尾を持った大男が控えていた。


玉座に座る魔王は、優雅に肌を露出した柔らかそうなドレスを着ており、細身でありながら女性らしく豊満なスタイルが艶かしい。

顔は白いベールで覆われていて見えないが、それがむしろ期待感を抱かせる。


男性ばかりの使節団は息を飲んだ。


(……!!この魔王、まさか夢魔か!?これが魅了…)


アルゼンの思考を読んだかのように、魔王は鈴が転がるような可愛らしい声でクスクス笑った。


「そう固くならずに、お食事を用意させたので、ゆっくりと話を聞かせてくださいな」


使用人たちによって大きいカーペットが敷かれる。

客人が寛げるようにふわふわなクッションを並べ、料理や飲み物が運ばれてくる。


使用人たちも多種多様な容姿であり、やはり人間らしき種族も混じっていた。


促されるままに、使節団はクッションへ。

テーブルはなく、カーペットに直に皿が置かれている。

魔王はリラックスするようにクッションに身を預け、食事のため、そっとベールを上げた。


「!!!」


使節団は魔王に釘付けになる。

透けるようなきめ細やかな肌に、白銀に揺れる髪。

光に当たるとピンクに輝き、長いまつ毛は朝露を抱いた花のよう…。

艶やかな唇は濡れた果実のように熟れていて、人間と違うところは耳が長いだけだった。


「美しい…」


騎士の一人がうっとりと見つめる。

魔王が笑いかけると、その騎士は幸せそうな顔で気絶してしまった。


「あらあら…」


魔王は悪気なくクスクス笑う。


「あの…あなたは夢魔ですか…?」


アルゼンは恐る恐る尋ねた。

すると一瞬魔王は目を見開き、またクスクス笑う。


「いいえ。わたくしは夢魔ではありませんわ」


……夢魔ではない?

では、この美貌はなんなのか?

魅了でなければ、素でこんなに美しいのか…。

アルゼンが身構えると、魔王は言った。


「わたくしはエルフ族ですわ」


「エルフ…?」


エルフと言えば、精霊の類だ。

なぜ魔王なんかをやっているのか?


「ターリィ、神器を持ってきてくださる?」


ターリィと呼ばれた耳の尖ったコウモリのような翼のこどもが、神器を台に乗せて持ってきた。

細い尻尾がゆらゆら揺れている。


魔王は神器に手をかざすと、無色だった神器がゆっくりと黒く染まっていった。


「ほら、黒い魔力ですわ。魔族でしょう?」


使節団は戸惑いながらも、使命を全うしようと試みる。

アルゼンは震える指先で、公文書を取り出す。


(見た目に騙されるな…!エルフと言えど、魔族には違いない…!)


公文書を声に出し読み上げる。


内容は謀反人の討伐協力、王都に罪を成した罪人の討伐協力など書き連ねてあった。


魔王は静かに聞き入り、その愛らしい口を開いた。


「あなたの国の問題でしょう?わたくしには何の関わりもありませんわ」


アルゼンはもう一つの文書を取り出す。


(私財を明け渡すことになるが、味方にできれば倍以上褒賞が貰える…!)


「ご協力頂いた際には、金貨五百枚…。いかがです?」


引きつった顔で必死に笑うアルゼンに、魔王は目を細めて華が咲いたように笑った。


「金貨?わたくし、興味ありませんわ」


魔王はそう微笑むと、細い指を唇に当て、ふと遠い目をした。


「そうですね……」


一瞬だけ、場に沈黙が落ちる。

まるで時が止まったかのような、儚く静かな間。

魔王は伏せた睫毛をゆっくりと上げ、再び華やかに笑みを浮かべた。


「姉の形見の、燃えるような赤いルビーを見つけてくださるなら、ご協力いたしますわ。五十年ほど前に盗まれてしまいましたの」


「……は?」


唐突な条件に、アルゼンは間抜けな声を漏らしてしまった。


(はぁ!? 形見のルビーを探せだと? しかも五十年前に盗まれた!? 見つかりっこないだろ…!)


アルゼンの焦りをよそに、魔王はまた楽しげに微笑み、まるで「話は終わり」とでも言うようにワインを口にした。


それは明確な交渉決裂を意味していた。


使節団は沈む空気の中、帰路に立つ。


「殿下にどう説明すれば…」


騎士たちが不安を口にする中、アルゼンはひっそりと後方に静かに下がって行った。

魔王領から人間領へ入る国境で、アルゼンは密かに列を離れ森に入ると、森の出口で馬を下りる。

そうしてそのまま、小高い丘を必死に登り…


「見えた…!おじ上の屋敷だ…」


息を切らせながら、時々振り返りアルゼンのおじのティントルテン伯爵邸へ向かっていった。


「魔王に拒否されたらもう王家は終わりだ…。なんなんだ、あの高い技術はっ!」


何はともあれ…、この嵐が過ぎるのを待とう…。

おじ上の屋敷ならば、静かに過ぎるはずだ…。


そうしてアルゼンは、ティントルテンの屋敷に逃げ込んだのであった。

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