第21章
第21章
辺境に越してきた、軋む古屋に店を構えた錬金術士、ヒューイは熱心にアルヴィスの要望を聞いていた。
「すいやせん。共通語で話していただけやしませんかねぇ?」
「我の言葉は深淵より深く…、心で感じるものなのだ…」
「はぁ…。では、アルヴィス辞典作りやすんで、翻訳の準備が整い次第、発注ってことで…」
それを聞いたアルヴィスは素っ頓狂な声を出す。
「待て!それでは今すぐお揃いにできないではないか!」
ヒューイは困ったように頭を掻き、ずり落ちそうになった分厚い眼鏡を指先で直す。
「…では、具体的に聞きやす。どういう『お揃い』で?」
「我と我が剣の、双影の運命を刻む盟約衣だ!」
「きざむんすか?ぼろ布をベースに付与を足す?」
アルヴィスは顔を赤くしながら、語尾を消しかける。
「そう言うことではない…。お互いの時間を…今までとこれからの時間を…その…思い出がたくさん作れるような…」
その場がしばし沈黙する。
「………」
アルヴィスはまるで乙女のようにもじもじと髪の先をいじっている。
ヒューイはポケットから小さなメモ帳を取り出した。
「アルヴィス辞典、第一項目。刻む(きざむ)=①これまで起こったできごと②これから起こるであろうできごと③思い出」
「やめろおおおおおお!!」
アルヴィスの叫びが、古びた屋敷に響き渡った。
「そんなことよりっ!禁忌を犯してまで先延ばしにした『ワケあり』とはなんだ!?」
「すいやせん。今のあっしのキョーミは、中二言語を操るアルヴィス辞典を完成させることでやして…」
「我の言葉は今はいいっ!聞かせろ!」
恥ずかしくて死にそうなアルヴィスの必死の形相に、ヒューイはやれやれと首を振る。
「仕方ありやせんね。実はあっし、闇の民なんですわ」
「………ん?」
サラリと放たれたヒューイの言葉に、幻聴ではないかと疑う。
闇の民は口ごもるハズだが。
「この町は闇の民に寛容だと聞きやした。あっしは、『暗魔族と人間の混血』でさぁ。王都から逃げて来たんすよぉ」
ヒューイが分厚い眼鏡を外すと、白目部分が黒く変色している。
「暗魔族…?」
聞き慣れない種族の名に、アルヴィスは聞き返した。
「へぇ。悪魔族の仲間ですわ。夢魔族も、大きく分類すると悪魔族ですぜ」
なるほど、とアルヴィスは頷く。
「暗魔族の能力は?」
「暗魔族は擬態するのがうまいんでごぜぇますが、あっしは混血だからかできませんで。眼鏡で目を隠すくらいでさぁ」
妙に分厚い眼鏡は、そのためなのかと、アルヴィスは納得する。
「本物の暗魔族は羽も生えてて、擬態でそれを上手く隠せるらしいって聞きやした。あと、好奇心旺盛すぎるってのも。ま、あっしは錬金術にしかキョーミがないんで、好奇心旺盛は除外っすわ」
「いや…十分、好奇心旺盛に見えるが…」
アルヴィスは呆れ顔でぼやくが、ヒューイは涼しい顔で受け流す。
「ところで…こっちに越してきたばっかなんで、冒険者ギルドの人間とは、まだ顔合わせてねぇんですわ」
「ふむ、ならすぐにでも挨拶に行くがよい。あそこには我が剣もいるしな!」
「へぇへぇ、いずれ顔出しやすよ。職人ギルドから挨拶しとけってキツく言われてんで」
ヒューイは帳面にメモを取りながら言った。
「いずれではなく、今行くぞ!」
「へ?あっしはまだ辞書作りが…」
そんなヒューイを物ともせず、アルヴィスは笑いながらヒューイを引きずって行った。
冒険者ギルドでは、タルタルがミナのスケッチブックを強奪し、眉ひとつ動かさずに一ページ一ページ、丁寧に読んでいた。
「ほう…なるほど。少し強引のように感じますが…、ダンジョンのトラップでカイルが夢魔能力を発動しアルヴィスの性欲を刺激し、いきなり絡む…と。ダンジョンには魔物がいるのですよ?こんなに無防備なのは危険です」
「えー、そこはご都合主義でいいじゃん。嫌な編集者ついた感じでテンション下がるぅ」
タルタルの指摘にミナは口を尖らせている。
「え…ミナ、俺とアルでそんなの描いてるの…?」
「おいおい、フィクションとは言え、俺の息子たちをなんだと思ってんだ…」
『プリ剣』の実態に、カイルとレオが顔をしかめる。
と、その時、盛大な音を立ててギルドの扉が開いた。
「皆の者!我が剣の愛が詰まった漆黒のマントを錬成した職人ギルドの錬金術士、ヒューイを連れてきたぞ!」
アルヴィスの誇らしげな宣言が響き、ギルド内がざわめく。
「あの人が愛の結晶を作った…!」
「カイルの涙と鼻水を受け止めた、あのマントの製作者…!」
冒険者たちの熱い視線が、テカテカ栄誉のマント、そしてヒューイへと集中する。
「や、やめてくだせぇ…あっし、目立つのはちょっと…」
ヒューイはアルヴィスのマントに隠れるように身体を潜り込ませる。
「入るな!そこは我が剣の特等席だぞ!」
「いや、俺そんなとこ入ったことないけど」
即座に冷静なツッコミを入れるカイル。
「カイルの愛のツッコミ…!」
「公式…!尊すぎる…」
冒険者たちは勝手に盛り上がる。
「同志がたくさぁん…♡」
ミナは恍惚の表情で、両手でスケッチブックを抱きしめる。
そんな中、タルタルの眼鏡が冷たく光った。
「暗魔族の混血ですか…錬金術士…なるほど、興味深い」
今度は瞬時に混血だと見抜いたタルタルに、注目が集まる。
「私は純血の魔族ですので、混血と人間の区別くらいつきますよ」
眼鏡をクイッと直しながら、とんでもない事をタルタルはサラリと言う。
「え!副ギルドマスターって闇の民だったのか!?しかも純血!??」
カイルは驚いてタルタルを見た。
と言うことは、自分も最初からバレていたワケだ。
必死で隠そうとしていた事が恥ずかしくなってくる。
タルタルはそんなカイルを冷たく見下ろす。
本人はそんなつもりはないのだが、表情筋があまり動かないので冷たく見えてしまう。
「はい。純血ですが、なにか?」
隠す気がないような態度に更に驚いて、カイルはレオを見た。
「あー…不可侵条約があるが、別に悪いことしてる訳じゃないから見逃せ」
「はい、私は暗魔族で、人間観察するためにレオに頼み込んで働かせて貰っています」
タルタルは一陣の風に包まれ、風が止むと白目が黒く染まり、コウモリのような翼を広げた。口は裂け、歯がサメのようにギザギザしている。
「言葉をお借りするなら、人間は私の推しです。危害は加えませんのでご安心を」
その異形の姿に、アルヴィスが手を叩いて感動している。
「す、素晴らしくカッコイイ!なんて深淵に近き姿!錬金術士、あの翼を我にも作るのだ!」
突然の無茶振りに、ヒューイはあんぐりと口を開ける。
「そ、そんなもん錬金術で作れたら、あっしはとっくに空飛んでまさぁ!」
「それもそうか…」
しょんぼりするアルヴィスの隣で、カイルは青ざめた顔のままタルタルに詰め寄った。
「副ギルドマスター…さっき、推しって…まさか…」
タルタルは表情を変えず、まるで学術研究の一環かのように頷く。
「はい。アルヴィスとカイルの生態は非常に面白いので、今後もプリ剣観察と記録を続けさせていただきます」
「……やっぱりミナのか?」
レオが口を挟む。
まさかあの薄い本が絡んでいるのでは?と不安になったからだ。
「そうですね。彼女からの情報が基盤です。現実からどのようにしてあの妄想が成り立つのか、非常に興味深いもので」
タルタルは翼をしまい、人間の姿に擬態しながら小さく言う。
「私にとって人間の文化、愛情、執着心は未知の領域…。そこを知るための研究…それが、推し活です」
「おお、同志!プリ剣の魅力を広めるぞー!」
ミナがスケッチブックをタルタルに渡そうとすると、丁寧に断られた。
「完成品を買い求めたく存じます。魔王領にいる家族も皆、興味津々なもので」
「それって!プリ剣が国境をも越える!?うわぁ、プリ剣は正義じゃーー!!」
ミナは喜び余って、薄い本を次々とタルタルの手の上に重ねながら取り出す。
「え…あんなにあるの…?」
青ざめるカイルに、
「我が剣との盟約に国境など無価値…」
と、満足そうに頷くアルヴィス。
「タルたん!布教してね♡全部あげるから!」
「いえ、代金をお支払いします。あくまでお土産ですので」
タルタルは頑なに断り、財布を取り出す。
「なんか…この町、ヤベェすね」
「今ごろ気付いたのか…」
ヒューイが呟くと、カイルは心底疲れた顔で頭を抱えた。
そんな時、新聞売りの少年が駆け込んでくる。
「号外!号外ー!」
新聞を受け取った冒険者たちは、一斉に広げ内容を確認する。
『闇の民に支配されるな!光の勇者は闇をも呑み込む』
そんなタイトルが目に飛び込んでくる。
「光の勇者…王族の正当性を謳うか…」
アルヴィスは苦虫を噛むように新聞を眺めた。
「おかしいですね」
タルタルはポツリと呟く。
「ここにも白き勇者の末裔がいますが、あなたは闇を悪だと思いますか?」
その問いはアルヴィスへ向かっていた。
「闇が悪だと?虫唾が走る…」
アルヴィスの心には静かに炎が灯った。
《かつてこの地を黒々と
禍々しい血で染め上げた闇の民
闇の王、人類を滅ぼさんと矛を振り上げた時
聖なる光に包まれし
加護の勇者現れん
白き聖なるその加護は
闇の魔王を討ち果たす
闇の民はたちまち大人しく
白き勇者に打ち滅ぼされたし》
~国家誕生神話より抜擢~




