番外編『祝福されるはずだった子』
番外編『祝福されるはずだった子』
山の頂上から先は魔王領だ。
とある人間の女は、山に薬草取りに来ていた。
そして、同じ山で狩りをしていた魔族の男と出会う。
不可侵条約。
人間領に魔族は足を踏み入れてはいけない。
魔族の男は慌てた。
「すまない。狩りに夢中で国境を越えてしまったようだ」
「仕方ないわ。この山は国境が曖昧だもの」
女は朗らかに笑った。
「俺が怖くないのかい?」
魔族が尋ねると、
「角が生えてるだけで、ほとんど人間じゃない。それに、優しい目をしているわ」
それから、二人は山で会うようになった。
そして恋に落ちる。
「魔王領で暮らさないか?魔族はそちらにはいけないけれど、人間がこちらに来るのは誰も拒まない」
二人は愛し合っていたが、女は静かに首を振る。
「ごめんなさい。年老いた母が心配なの」
そうは言ったが、とある事で女は不安だった。
自分の腹をさすりながらはにかむ。
「私、この子の予定日にはあなたの元に行くわ」
「年老いた母親が心配なんだろう?」
肩を抱き合い、魔族も女の腹に触れる。
「母は心配だけど、産まれるこの子の方が心配だし…。人間領で産んだら、この子は不幸になってしまうわ…」
魔族は『闇の民』と呼ばれて、人間から差別されている事に心が傷んだ。
「人間が全て、君のようならいいのに」
甘えるように女の肩に頭を預ける。
「あら、そうしたら、あなた全ての人間に魅了をかけるでしょ?私以外とは許さないわよ?」
「そんな事しないよ。いくら魅了をかけても、上辺だけだからね。魅了がなくても愛し合える君が一番だ」
女は魔族の頭を優しく撫でながら言った。
「ねぇ、名前はどうする?男の子ならカイン、女の子ならカルラがいいと思っているのよ。あなたみたいに強い子に育って欲しくて」
「夢魔の混血だぞ。分かっているのか?」
魔族は魔族でも、色々な種族がいる。
この男は夢魔だった。
「夢魔は性別が曖昧だから、混血のこの子にも影響が出るかもしれない」
「それじゃあ」
両手をパチンと鳴らす。
「カイルにしましょう。カインとカルラの間を取って!これなら、中性的な名前で性別なんて気にならないわ」
男は愛おしそうに女の頬を撫でる。
優しい瞳が幸せを物語っていた。
しかし、異変は突如として現れる。
予定日より早く陣痛が来たのだ。
女は人間領で必死に産んだが、母体はもたなかった。
混血の赤子だけ残される。
赤子の額には小さい角。
明らかに『闇の民』。
大人たちは忌み子として、孤児院へ預けた。
そんな事を知らない男は、毎日山で彼女を待っていた。
毎日、毎日…。
夢魔は、他の生き物の精力を摂取して栄養源にしている。
しかし、魔族は基本義理堅い。
いくら夢魔であろうと、この人と決めたら生涯同じ人から精力を食す。
男が決めた女は、もうこの世にはいない。
もちろん、誰も彼女の死を彼に伝える者はいない。
男は待ち続けた。
栄養失調で動けなくなるその日まで。
女と幸せに過ごした場所で、眠るように力尽きた。
静かに、風が吹く。
赤子の安否を占うように、ヒッソリと山の木々は囁き合うのであった。




