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第9章

第9章

「う…あっ…、いやだ、やめてくれっ!」


幻と対峙し、カイルは悲痛な声を上げていた。

見えるのは顔も知らない両親。

父親には、大きくて立派な角が生えている。

カイルは無意識に自分の小さい角に触れる。


-かわいそうに、あんな子を産んだから、あの子は亡くなってしまった。

お前のせいだ、お前とお前の父親が殺したんだ!

やめて、来ないで!『闇の民』なんて気持ち悪い!-


何処からともなく聞こえてくる幻聴。


-あの子と遊ぶと、人間じゃなくなるよ。

やだ、こわーい。

あっち行こうぜ-


自分から離れていく孤児院の子供たち。


「待って!俺も人間だっ!」


カイルは目に涙を溜めながら手を伸ばす。

そんな彼から守るように、院長や孤児院の大人たちは子供たちを抱きしめ、鋭い目つきでカイルを睨む。


「そんな目をしないでくれっ…」


カイルの腕は震え、幻を掴むように空を切る。

そのまま冷んやりとした、苔むした石の床に膝をつき、両腕をつく。


「違う!これは違う!今は違う!」


過去の光景を否定しながらも、肩で息をしながら大粒の涙が床を濡らす。


-夢魔の子ですって。

なんて穢らわしい…。

あれほど人間の領土から出るなと言ったのに…。

無理やり魔族に孕まされたんだろう?


流産させればよかった-


なおも幻聴がカイルに襲いかかる。


「やめてくれ…俺にはどうしようもできない…やめて…」


頭を抱えて小さくうずくまる。

すると、影が自分の上に覆いかぶさった気がした。

震える瞳で恐る恐る見上げると、そこには品のいい服を着た男が、整った口元をゆるく歪めて笑みを浮かべていた。

まるで仮面を貼り付けたかのようなその笑みに温かさはない。


カイルの隅々を値踏みするように視線を這わせ、顔を近付けてくる。


-これが『闇の民』か。

見た目は人間と同じだな。

夢魔だと聞いているが…、

確かに可愛い顔をしている。


夢魔なら、さぞかし………イイんだろう?-


背筋にゾワッと悪寒が走る。

身体中の肌が粟立つ。

血の気が引いて、奥歯がカタカタ鳴った。


「いやだっ!来るなっ…!」


カイルは幻から逃げるように後退るが、恐怖で体が思うように動かない。


と、その時…


「カイル!カイル!我が剣よ!」


「……!!」


アルヴィスの声が聞こえた気がした。



その頃、現実の空間では、アルヴィスが小さく震えるカイルの肩を抱きながら、声をかけ続けていた。


「カイル!聞こえるか!?」


「剣士くん!プリンス様の愛を受け取ってー!」


二人の声に反応するように、カイルの肩がピクリと揺れた。


「ダメだ…俺は闇の民だから…酷いことをされても仕方ないんだ…。俺が闇の民だから、母さんも死んだんだ…。俺が闇の民だから…」


うわ言のように繰り返すカイルを、アルヴィスはぎゅっと抱き締める。

力強く、それでも、ガラス細工を扱うかのように優しく、優しく…。


「カイル、何を言うんだ。忘れたか?お前は闇なんかじゃない。むしろ、光だ」


優しいアルヴィスの声。

遠い記憶にある、同じ台詞…。


カイルは目を見開いてアルヴィスを見た。


「アル…?」


涙で頬が濡れている。

そんなカイルの涙を手の甲で拭うと、そっと微笑んでこう言った。


「カイル、おかえり」


カイルは再び顔を歪ませると、アルヴィスの胸に縋って子供のように声を上げて泣いた。


その様子を見ていたミナの涙腺は完全に崩壊し、


「よがっだぁ。よがっだよぉぉ……」


と言いながら、しゃくりあげるように泣き出した。


そのあともしばらくの間、ミナはカイルが泣き止むまで、二人を見守り続けていた。

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