親友の結婚式に行ったら、職場の先輩が新婦の友人代表で出席していた
『今度の結婚式で、受付をしてくれないか?』
高校来の親友から俺・白河建吾にそんなメッセージが届いたのは、とある昼休みのことだった。
高校時代は勉強ばかりで、彼女どころか女友達すらいなかったあいつが、結婚か。送られたメッセージを見ながら、俺はほくそ笑む。
先を越されたことに若干の悔しさはあるものの、それでもやっぱり親友のおめでたい報告を素直に「嬉しい」と思う自分がいた。
返信を打とうとすると、ふと隣で昼食を取っていた同じ部署の先輩・桜井茉尋が話しかけてきた。
「ニヤニヤしてどうしたの? 気持ち悪い」
「別にニヤニヤなんてして……って、気持ち悪いは酷いですよ……」
言いながらも、薄気味悪い笑みを浮かべていた自覚があった為、俺は自分の頬をつねって無理矢理表情を元に戻す。……気持ち悪くはなかったはずだ。多分。
「毒舌は先輩らしさの一つですけど、気を付けてくださいよ。俺じゃなかったら、泣くか会社辞めるかしてますから」
「大丈夫よ。白河くん以外に、こんな対応しないから。あなたは特別なのよ」
世界で一番嫌な特別扱いだなぁ。それはそれで、問題な気がする。
「それで、どうしてニヤニヤしていたの? 彼女でも出来た?」
「だったらどうします?」
「あなたへの対応が、一層冷たくなります。私より先に恋人を作るなんて、許せない。もちろん私より後に作っても許さない」
その場合、俺は一体いつ恋人を作れば良いのだろうか? 先輩が彼氏を作ったタイミングでしか告れないとか、チャンスなさすぎだろ。
「冗談はさておき。で?」
桜井先輩が催促してきたので、俺は余計なことを考えるのをやめ、会話の軌道を修正することにした。
「実はですね、今度親友が結婚することになったんですよ」
「あら、そうなの。それはおめでたいわね」
「はい、本当に。しかも嬉しいことに、新郎側の受付をお願いされまして」
「人生で一二を争うくらい大切なイベントで、重要な受付という役目を頼まれるなんて、白河くんは余程信頼されているのね。……私も今度友人の結婚式で受付をやることになったんだけど、誰かに信頼されるって、いくつになっても嬉しいものよね」
全く、そうに違いない。
与えられた役割云々ではなく、親友に信頼されていることが、俺は何より嬉しかったのだ。
「願わくば受付をするだけじゃなく、誰かに頼みたいものだけどね」
「結婚したいってことですか? 先輩なら、男なんて選り取り見取りでしょう?」
「……選んではいるのよ。選ばれてないだけで」
桜井先輩は、ボソッと何やら意味深なセリフを呟く。真意を確かめようにも、彼女の「ごちそうさまでした」によってタイミングを逃してしまった。
「昼休みももうすぐ終わるわよ。急いで食べちゃいなさい」
「……ですね」
気づけば昼休みは、残り5分を切っている。俺は慌てて昼食を口の中へかき込んだ。
すぐに昼食をたいらげ、立ち上がる。
「っと、危ない危ない。忘れるところだった」
デスクに戻る直前、俺は親友に至極当然なメッセージを送るのだった。
『喜んで、引き受けさせてもらう!』
◇
迎えた結婚式当日。
受付担当ということで、俺は他の招待客より少し早く式場に到着していた。
天気は晴れ。暑くもなく寒くもなく、ちょうど良い気温だ。
新しい門出としては、これ以上にないくらいの良日だろう。
俺自身結婚式の受付なんてやったことないけれど、どうやら式場のスタッフが一から教えてくれるらしく、そこは安心だ。実際式場に到着すると、スタッフの女性に声をかけられた。
「受付を担当される白河様ですね。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「新婦側の受付の方は、既に到着しております。顔合わせがございますので、こちらにどうぞ」
案内されるがままついていくと、そこにいたのは……
「え? 桜井先輩?」
なんと、桜井先輩だった。
「白河くん? どうしてここに?」
「親友の結婚式の受付を頼まれたって、前に話しましたよね。それです。……先輩がここにいるということは、先輩は新婦の?」
「大学の同期なのよ。それにしても、おかしな偶然もあるものね」
ひと通り受付のやり方をレクチャーされた後、招待客が来るまで少しの間休憩することになった。
友人の結婚式なんて普通絶好の出会いの場で、しかも受付担当ともなれば新婦の友人と仲良くなるチャンスなんだろうけど……毎日のように顔を合わせている相手だからな。
初対面でないからこそ、逆に緊張してしまう。
俺から声をかけることはなく、桜井先輩も話しかけてこない。そんな沈黙が耐えられなくなったのは、俺の方だった。
「えーと……そういえば、先輩とプライベートで会うのは初めてですね。先輩がスーツ以外の服を着ているところ、初めて見ました」
「そりゃあ休みの日まで堅苦しい服装なんてしていられないわよ」
「ですよね……」
どうしよう、会話が終わってしまった。
まさかこんなところで桜井先輩と鉢合わせるなんて思ってなかったから、予想外すぎていつもみたいに話ができない。
さて次はどんな話題を振ろうかと頭を悩ませていると、今度は桜井先輩の方から話しかけてきた。
「……それだけ?」
「それだけって、ご祝儀の話ですか? 三万包みましたけど……」
「違うわよ。……「スーツ以外の姿を初めて見た」だけかって聞いているの」
一瞬何を問われているのかわからなかったが、すぐに服の感想を求められているのだと理解する。
友人の結婚式で、いつもより格段におめかししているのだ。それに対して何の感想も口にしない方が、確かに失礼だろう。
知り合いならば、なおのこと。
「先輩、今日は綺麗ですね」
「今日「は」?」
「……訂正します。今日も綺麗ですね」
「もう一声」
「えー……」
「何、文句あるの?」とジト目を向けてくる桜井先輩。文句があるわけじゃないけど……口下手な非モテ男子に、これ以上は求めすぎですよ。
気の利いた言葉を探して「うーん」と唸っていると、「思ったことを素直に口にすれば良いのよ」と先輩が助け舟を出してくれた。
思ったことねぇ……
「……惚れちゃいそうです」
「……」
先輩は驚いたように目を見開くと、すぐに顔を背けてしまった。
「もう一声」も「やり直し」もないということは、一先ず合格ということで良いのだろうか……?
◇
受付は滞りなく終わり、始まった挙式。
10年近い付き合いになるというのに、あんなにも幸せそうな親友を、俺は初めて見た。
願わくば末永く幸せでいて欲しいものだ。
式の終わりに、恒例のブーケトスがやってくる。
「先輩もブーケ欲しいんですか?」
「欲しくないと言えば嘘になるけど、がっつくほど意地汚い女でもないわよ」
新婦が投げたブーケは、果たしてーー桜井先輩目掛けて飛んできた。
花嫁の投げたブーケを地面に落としては、縁起の悪いことこの上ない。桜井先輩は、落ちてきたブーケをキャッチした。すると、
「あっ……」
ブーケが欲しかったのだろう。参列者の娘と思われる少女が、そんな声を漏らした。
「……」
桜井先輩は一度ブーケを見ると、少女と目線を合わせるようにしゃがんでみせる。
「あげようか?」
「うん! ありがとう!」
ブーケを受け取った少女はお礼を言うと、嬉しそうに母親のもとへ戻って行った。
「良いんですか? 婚期、延びちゃいますよ」
「子どもにあんな顔されたら、仕方ないじゃない。それに婚期は延びないわよ。だって、あなたが貰ってくれるんでしょう?」
「まぁ、そうですね」
「……」
予想外の返答だったのだろう。先輩の言葉が詰まる。
俺としても勇気を出した一言だったが……おめでたい場だ。少しくらい、口を滑らせても良いだろう。
「……冗談のつもりだったんだけど」
「そうなんですか? 俺は本気ですけど」
「良いの? プライベートでも毎日、私と会うことになるわよ?」
「先輩のスーツ以外の綺麗な姿を、毎日見られるってことですよね? 望むところです」
俺のプロポーズに対して、桜井先輩は「イエス」とも「ノー」とも言わなかった。黙ったまま、そっと俺の手を握る。
いつもは物事をはっきり言う桜井先輩が、こんな反応するなんて……無性に可愛くて仕方なかった。
親友曰く、結婚式の準備は大変だったらしい。つまり俺もこれからうんと忙しくなるということで。
受付は、そうだなぁ……親友夫妻にやって貰うのも悪くないかもしれない。