表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/9

プロローグ

『勇者』というものが存在する。

英雄と、あるいは希望と呼んでもかまわない。

広義ではだいたい同じ意味であるのだから、細かい区分は無粋というものだ。


いや、だからこそ、ここで混同せずに区別するべきなのかもしれない。

ドイツの哲学者カントは、かつて曖昧になっていた哲学分野を細かく分け直して、道徳判断を含むさまざまな概念に明確な基準を設けた。


「う、ぅう...」


彼の言うところによれば、『部門が混在してしまえば、いつまで経っても進歩することがなくなってしまう』ということであるらしい。


「はぁ、はぁ」


仮に『勇者』や英雄といったものも、この括りに入るのであれば、一体何をして区別できるのであろうか?

徳があるか否か? それとも為した行為によるものか?

これらを整理するには、ここはあまりにも手狭すぎるであろう。


「う、うぅ...」


力なく立ち上がる少女。

彼女は『勇者』について深く考えたことはなかったが、それでも確かに、その存在と密接に関わっていた。

だが、今、この場所に勇者はいない。

あるのは崩れた煉瓦の壁、砕けた瓦礫、そして燃え尽きた灰の山だけだった。


彼女はふらつく足で周囲を見渡す。

見渡して、何もないことを知った。

崩れた建物の間、路地裏に倒れていたのだから当然だった。

無論、崩れてしまっているため、壁はところどころ剥がれている。『路地裏』と言うには、いささか差し込む光が多すぎるであろう。


去年、この一帯は空襲に焼かれ、長年の歴史を刻んだ建物は、ものの見事に全て、灰と化した。

焼死体の処理もまだ終わってはいない。

悲劇を乗り越えようとも、この地には今なお深く、強い悲しみが根付いていた。


「そ、そうだ。パーツ……パーツは……」


ふと、少女は何かを思い出したかのように周囲の瓦礫を掻き分け始めた。

探しているものが、あるのであろう。

意識はまだ朦朧としていながらも必死に手を動かす。

埃をかぶった顔には、焦燥の色が滲んでいた。

目の焦点は合わず呼吸は荒くなっていく。

嗚咽が胸の辺りに篭り、白い頬にはじっとりと汗が滲んでいた。

疲れた身体に鞭打っているためか、はたまた見つからないが故の焦りか。


そして、数分かけて辺りを探し、数十分かけて歩き続け、最後には自らの衣服の中を探した――


――それでも、探し物はどこにもなかった。


「……い、行かなきゃ」


少女はその脚で瓦礫を踏み締め、希望を求めて歩き出す。勇者が今はいないのだとしても、託されたものを、その全身を使って成し遂げるために。自らの贖罪を果たすために。


焼き焦げた衣服に、少しのチョーク。そして一冊の本を携えて。少女は勇者を求めて、廃墟の街を進んでいった。


これは、勇者と魔女の一族が織りなす詩。

彼方の、明日の、いつかの、どこかの貴方に捧ぐ詩。

ーー『勇者』が生まれる、それまでの物語である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ