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しずく  作者: 藤泉都理
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早く帰ってくる





「おい」

「ん~」

「ここはどこだ」

「ここは私たちのふるさとだよ」

「私たち、じゃなくて、おまえの、だろうが」

「何だ。ここがどこかってわかってるじゃん」

「何で家に帰らないで、ここに連れて来たんだ?」

「ん~~~。君を海に引きずり下ろそうかと思って」

「っは。物騒な発言だな」

「そうかな。的確な表現だと思うよ。だって、君はもう数日もしたら、空へ帰ってしまうだろう?」

「来年の夏にまた会えるだろ。再来年も、そのまた来年も。ずっと。ずっとだ」

「春夏秋冬問わず、私は君と一緒に居たいんだけど。なあ」


 久々と言っても過言ではないだろう。

 荒れてはおらず、凪いでいる海では、私たちの動作だけが、波音を響かせる。


 ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん。

 海面に仰向けになっている私に抱えられた君は、どれくらい海に浸っているのだろうか。


 ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃ、ぷん。

 風がない。

 他の生物も居ない。

 私と君、たったの二人。


 海に引きずり下ろしたい。

 海に引きずり下ろして、海の中で永遠に君と共に過ごしたい。

 これからの長い時を。


「おい」

「ん~」

「酔いはもう醒めた。帰るぞ」

「え~~~。もうちょっと、海に浸って、この素晴らしい満天の星空を眺めていようよ。海の中だから涼しいだろう」

「おまえの上に乗っていなければな。おまえ、人魚のくせに、体温高い。暑い」

「君はひんやりしていて気持ちいい」

「あ~つ~い~」

「え~~~。下ろしたくない。から。やっぱり、海の中に。ううん。帰ろうか」

「ああ。今度は俺が抱えて、ひとっとびしてやる」

「砂浜に着いたらお願いします。砂浜までは私がこのまま連れて行くよ」

「………あちい」

「夏なんだから暑いのは当たり前」

「海中なのに汗かいてる」

「海水じゃない?」

「一緒に風呂には入らないぞ」

「え~~~」

「おい」

「ん~~~」

「もう少し、ゆっくり動け。酔う」

「………うん。へへ」

「今度は」

「うん」

「俺が、俺たちのふるさとに、連れてってやる」

「………うん。うん。すごく。楽しみにしてる」

「泣くな」

「泣いてない」

「身体が震えてるくせに」

「君が手足をばたつかせてるからだろう」

「運動だ」

「今運動してどうするの。疲れてるんだからおとなしくしてなさい。こら。もう」

「なあ」

「何ですか?」

「砂浜に着いたら、人魚の姿に戻って、大きく跳ね上がってくれよ。海底から天上まで一気に。俺が天上で捕まえてやるから」

「もう。色々注文が多いなあ」

「嫌か?」

「いいえ。捕まえてください」




 もうじき夏が終わる。

 もうじき、君は居なくなる。

 私は、君が居なくなった世界で、来年の夏を首を長くして待つ。




「早く帰ってきてね。でないと、人魚から首長竜に変化してしまうよ」

「………おう」

「ちょっと見てみたいと思った?」

「いや。人魚のおまえに会いたいから、早く帰ってくる」

「うん。待ってるから」











(2024.8.19)




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