Just the two of us
「終戦」
この二文字は瞬く間に私たちの世界を巡った。
あるモノは安堵し、あるモノは喪失感に見舞われ、あるモノは歓喜した。
受け止め方はそれぞれだったが、これまでの世界の形がこれから変わっていく予感を皆感じていた。
私、アリカワは早い段階から「終戦」の事実を知っていた。何故なら私は軍で伝令官をしているからだ。なんなら神都に「勝利」の二文字を伝えたのは私だ。まあただ伝えただけだから威張ることでもなんでもないんだけど。
そんなことで私たち異世界転移者たちはハッピーエンドを迎えたわけだけど、都合の悪いことにここはゲームの世界じゃない。だから私たちには明日がある訳で、しかも神様がめんどくさい宿題を残したと来ました。長いこと夏休みもやっていないのに宿題なんてひどい話だ。しかも私は生来の性格から一人で何かを決めれるタチではないのだ。だから宿題はみんなでやろうと思う。
日が落ちかけている頃、私アリカワは神都バビロンの中心街から少し離れた職人の集合住宅が集まる西エリアにあるパン屋「エグチノパン」に来ていた。
理由はもちろん店主であるエグチと宿題の相談をするためだ。
町山高校一年B組の同級生エグチスグルとは元の世界にいた頃はほとんど接点がなかった訳だけど、エグチが神都バビロンにパン屋を出した頃にたまたま再会してからはちょくちょく通っていた。だから近場で相談するなら先ずは彼になるのだ。
「アリカワ、今日もうちのパン買いに来てくれたんか。」
木造で少し年季の入った店内に入るとエグチがいつも通り声をかけてくれる。
「エグチくん、今日は例の進路についての神様からの宿題について相談しに来たの、私はまだ決めかねてて。だからちょっと時間もらってもいいかしら。あ、もちろんパンも買っていくわよ。」
神様からの宿題というワードを聞いて、エグチは少し顔を真剣なものにしたのがわかった。
「おーそうか、わかった、嫁に店任せるから、そこの喫茶店で少し話そう。」
「大丈夫?」
「サボる口実もできて一石二鳥。」
「怒られてしまえ。」
「まあ、ちょっとだけ残った作業あるから先いって待っててくれや。」
「りょーかい。」
私は店をでて斜向かいの静かな雰囲気の喫茶店に入り少しの間エグチを待った。
10分ほど待つとエグチは来た。
「思ったより時間かかってしまって悪いね。」
「相談しに来たのは私だから大丈夫よ。それで早速なんだけどエグチくんはどうするか決めているのかしら。」
「オレはこっちの世界に残るよ。」
「あら、即答なのね。一様私のために確認したいんだけど選択肢は3つよね。」
「そうだな、魔王を討ち倒し人間の勝ちと終戦が決まった後、神官によって語られた神さまの進路の提示は3つ、
第一は記憶を持ったままあの日俺たちがこの世界アナザーに来た日の地球に戻る。
第二は地球での痕跡を消し、こっちの世界に完全に定住する。ただ神力は時を追うごとに失っていく。
第三は神様と共に世界を渡り新たな盤上の遊戯に使徒としてついていく。
ざっとこんな感じだと思うが、俺の認識は正しいか。」
「私もそういう理解だわ。それぞれメリット、デメリットがあると思うのだけどエグチくんはなんでこっちの世界に残ることにしたのかしら。」
「結構簡単な理由だぜ。まず嫁さんと子供含めた家族残してどっかにいくなんてもう考えられなくなっちまってるってのが1番大きい。しかも俺はほとんど神力を受け取れなかった人間だから、神力を失うことも全く問題ないしな。あと神様についてくのはそもそも考えになし。」
「でも向こうにも家族もいるでしょ。そっちに対する迷いとかはないのかしら。」
「アリカワに話したことがあったか覚えてないけど、俺は元の地球の家族とは上手くいっていたとはとても言えないし、この世界の価値観の方が俺には心地いいんだ。だから戻ったとしてもあの居心地の悪い地球にはより一層馴染めないと思う。」
「もっと具体的に聞いてもいいかしら。たしかアリカワくんはいいところの社長の息子だったよね。側からみたらなんで言えばいいのかしら、うーん、なんだか豊かそうに見えたわよ。」
「たしかに物質的には豊かだったのかもしれない。そこはこの世界にはないところだな。でも心はずっと貧しかったんだと思う。だから元の世界で満足したことはあまりなかったんだ。俺の父親は教育熱心な親だったんだけど、2人の兄貴はその期待に応えられた。だけど俺はその期待に応えられなかった。つまり俺は父親の敷いたレールに乗れなかったんだ。別にそれで特段蔑ろにされてたわけではないんだけど、なんとなく家族の中での異物感みたいなものを感じながら生きてきたんだ。んでこっちの世界に来ることになって、まず神の恩寵たる神力が全然ないことで挫折して、余計に腐ってた時に救ってくれたのが今の嫁さんだ。今はなんとかこなせてるが一緒にパン屋を始めた時は本当になんもできなくて、これでも俺は家族の中ではできないやつだったけど、学校とかではそこそこなんでもこなせてた自信はあったんだ。けどその小さなプライドもバギバキに折られて、またあの時の異物を見るような目が来るって思うとビクビクしちゃってたんだ。能力がないとこっちでもやっぱり生きていけないのかと。けど嫁さんは優しく見守ってくれてたんだ。あの優しい目を見た時俺は本当の意味で初めて安心できたんだ。この世界は誰かを蹴落とすだけのレースの世界じゃないって。本当にそう思えたんだ。そっからはこれまでやらなければいけないからやってたものが、やるべきだからやるようになった。そうしてからは世界の全てが新鮮で楽しいものになって、足りないものをあげたらキリがないけど、俺にとって愛すべき世界になったんだ。だから俺はこの世界に残るって決めた。」
「なんとなくわかったわ。でもこっちの世界の方が能力があるなしによる差っていうのは大きいんじゃないのかしら。元の世界は確かに能力主義みたいなものが蔓延っていて、いかに生き残るかみたいなものが重要視されていた肌感はあるけど、なんやかんや日本では餓死だったり、本当の意味で生きていけないことはあんまりなかったと思うけど。それでもこっちの世界の方が愛着があると言えるの?」
「なんていうんだろうな、こっちとあっちじゃゲームのそもそものルールが違う感じがしていて、同じ生存競争だとしてもあっちの世界の生存競争は薄気味悪いって感じがしてるってのが1番近いと思う。要は元の世界における生存競争っていうのは人間様が作った枠組みの中で人間様が争うゲームって感じだ。だからルール変更も力があればできるし、誰かが有利なルールで戦わされてる感じかな。誰かが決めた偏った能力が評価される中で小賢しいことをする心が俺にはなかったんだろうな多分。もちろん、こっちの世界は生存競争自体はあっちの世界より苛烈なのは間違いない。それは人間様だけで争ってるわけじゃないからだ。ここには現実として形而上の存在も確認されていて、ありとあらゆる脅威がある。だから人間も世界の中の小さな一つの種でしかないんだ。だから俺たちには本質的に人間同士で争ってる暇なんてないんだ。それが俺には心地がいいんだろうな。ちょっとカルトチックだけど大きな目線で言うと皆んなの目線はある一定を向いていて、みんなで歩いてる感じがする。もちろん細かい争いは無限にあるけど、それは大きなことからしたらあまり意味のないことだ。これからの時代はわからないけどな。けど俺にはこっちでの足りない生活の方が性に合っていたかな。今を生きてるって思えるんだ。」
「そっか、ありがとう参考になったわ。確かにあっちにいた頃の十数年とこっちにいた十数年どっちが必死に生きていたかって言われたら、私も間違いなくこっち、アナザーにいた時の方が必死で充実はしてたわね。」
エグチは私の言葉に頷きコーヒーを飲み干し口を開いた。
「俺はそんな感じだ。そろそろ嫁さんに怒られそうだから戻ろうと思うけど、他に誰に相談したりとかするのか?」
「ごめんね、長引かせちゃって。そうね、ババくんあたりには聞いてみようかと思ってるけど。」
「ババか、あれ、ドウゾノさんのところには行かないのか?あっちの世界の頃仲良かっただろ。」
「ドウゾノは国を抜け出して以来音信不通だわ。逃亡者の隠れ里にいるって噂もあるけど、今じゃどこにいるかもわからないのよ。」
「会わなくていいのか?」
「会いたいけど。」
「絶対探したほうがいいと俺は思うな。選択の日が来たらもう一生会えないかもしれないんだぞ。会える可能性があるなら探すべきだ。」
「でも戦争が終わったって言ったって、まだ国の外は危険よ。」
「チアキでも連れていけばいいんだ。あいつがいれば大抵なんとかなるだろ、なんたってあいつは俺ら同級生のヒーローなんだからな。なんなら連絡しとくぜ。」
「そんな急な話受けてくれるかしら。」
「無理言ってでもついてきてもらうんだよ。そういうのは。明日昼頃パン屋に来てもらうように言っとくから。多分ババも仲良いから一緒にくるだろ。アリカワも来いよ。」
「わかったわよ。ちょっと強引すぎるけど、ありがとう。」
「いっただろ。こっちの世界の生存競争は苛烈だって。」
エグチはそう言って笑いながら店へと戻っていった。
彼の後ろ姿は立派な大人の背中だった。
そして急に出てきた話だったけど、ドウゾノに会う、これが私の中でこれからの世界でどう生きるかを決めるナニカが待っている予感がした。