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婚約発表



「え!?来週ですか!?しかも王室主催の夜会で!?」


「ああ」


驚愕して声を上げたのはフェリーツェだ。

ユーリに会いに来て最初に告げられた内容に唖然としてしまった。


「あ、あ、あのっ、私まだ衝立て無しで行ける自信は…」


ユーリの事は好きだし、いずれ衝立てなど無くても一緒にいられるようになりたいと思ってはいる。

けれどまだ、衝立てを越えようとするとどうしても身体が強張ってしまうのだ。

夜会の日までに改善させられるとは思えなかった。


「大丈夫だ、フェリーツェ」


言いながら、ユーリ人形はフェリーツェ人形を抱きしめる。

反射的にフェリーツェは真っ赤になって大人しくなった。


「この際、衝立てを置いて婚約発表しよう」


「……。ぇえ!?」


大人しくなったのは一瞬で、ユーリの提案にまたフェリーツェは目を白黒させる。

そんな事しちゃって良いのかとパニック状態になった。


衝立ての端で見ていたカティアも、フェリーツェのように動揺はしないが耳を疑ってキナードに声を掛ける。


「貴方のご主人様、随分と毒されましたね。お嬢様が提案した時は正気を疑っていたのに」


「いやぁ、ボクもビックリです。恋は人をこうも変えちゃうんですね〜」


しかしどんなに突拍子の無い行動をしようと主人に従うのみ。

キナードもカティアも口を挟まず成り行きを見守った。

真剣な表情でユーリが説く。


「フェリーツェ。君を守りたいんだ」


その言葉で、ピタッとフェリーツェも止まった。

ユーリ人形が宝物のようにフェリーツェ人形を包む。


「君の話を聞く限り、あのクソ……ラークソリッド卿は何をしでかすか分からない。既に屋敷を突然訪ねたりもしてるんだろう?」


「は…はい」


「なら、伯爵夫人の意見が正しい。ラークソリッド卿も含め、早い段階で皆に私の婚約者だと知らしめた方が君の安全に繋がる筈だ。体裁なんて気にしてられない」


恥や外聞なんかよりフェリーツェが大事なんだと、そう言外に伝えられているようで目の奥が熱くなる。

反対するなんて選択肢が出てくるわけもなかった。


「ありがとうございます…ユーリ様」


心からの感謝を口にするフェリーツェ。

とても幸せで、はにかみながら惚気てしまう。


「ふふ。実をいうと、こんなに素敵な婚約者がいるって言えるの楽しみです」


「!」


フェリーツェからそんな言葉が出るとは思わず顔が熱くなるユーリ。

浮き足立ちながら自分もと言葉を返す。


「…そうだな。私も早く広めてしまいたい。フェリーツェは私のものだとな」


「ひぃう…!!」


ユーリの吐いたセリフの刺激が強すぎてまたしても奇声をあげてしまう。

見事なカウンターでフェリーツェは撃沈した。

女嫌いだった公爵令息がここまで甘くなるなどと誰が予想できようか。


「そうと決まれば、準備を急ごう。夜会まで時間が無いからな」


「はっ、はい!」


即座に切り替えたユーリの発言に慌てて返事をするフェリーツェ。

夜会までは残り5日程であり、兎にも角にも時間が無い。

互いに大急ぎで準備しようと決めながら、ユーリは不意にキナードに顔を向けた。


「そうだキナード。お前には準備と共に別の仕事も頼みたい」


「え、何です?」


仕事を増やされることに警戒心を全面に出すキナード。

全く構わずユーリは告げる。


「情報の拡散だ。得意だろう?」


「! ああ、なるほど。それならお任せください」


快く了承して不敵に笑ったキナードも動き出す。

それによって、その日の内から貴族達の間で噂が広められた。




「ねえ聞きまして?シュナイゼル卿が次の夜会で婚約発表をするらしいわよ!」


「ええ、聞きましたわ!一体お相手は誰なのかしら?」


「と言っても、お飾りの妻になるんでしょう?」


「いいえそれが、シュナイゼル様が溺愛してるって話ですのよ」


「まさか!?あり得ませんわ!」


女嫌いで有名なユーリが婚約者を溺愛していて王室主催の夜会で婚約発表をする。

それは話のネタとしては充分過ぎるもので、一度投げてしまえば黙っていても勝手に拡散されていった。

様々な憶測が飛び交い、どんどんと注目度が上がる。

女嫌いが治ったならば自分にもチャンスがあるのでは!?と着飾る準備をする女性達も続出したくらいだ。


そして当然、噂はホアノ・ラークソリッドの耳にも届いた。


「なんだと…?いや、そんな訳が…」


ドロシーはフェリーツェがユーリと婚約していると言っていたが、あり得ないと頭を振る。

しかしもし本当だったら…と考え、伯爵邸へ向かおうとしていた足を止めた。

事実確認が先だと、訪問を一旦取りやめる。


そうしてあちこちで様々な渦を巻き上げながら、ついに夜会当日を迎える事となった。





「ハアァ…っ!これはワタクシの最高傑作ですわ!!」


頬を紅潮させて酔いしれながらそう言ったのは、かの有名なマダム ヘザー。

周りで着付けを手伝ったメイド達も「お嬢様素敵です!」「とってもお綺麗ですよ!」と口々に褒め称える。

賞賛の的となったフェリーツェは、恥ずかしそうに頬を染めて鏡を見た。


グレーの生地を基調にして、青みがかったシルバーの薄い布を上手く重ね合わせたそのドレスは上品で美しくそれでいて華やかだ。

上部はデコルテを強調しつつも谷間までは見えないよう計算された形で、重ねた布が肩部分だけを隠している。

細く見えるように腰の部分は絞められ、そこから波うたせたドレープスカートが自然に広がっていた。

動く度に揺れる裾のひとつひとつまでが優美である。

大胆でありながら下品にはならないそのドレスは、筆舌に尽くしがたいものだった。


「あの、こんなに素敵なドレスを作ってくださってありがとうございます」


「いいええ!ワタクシもインスピレーションを掻き立ててもらえて感謝してますわ!まだまだデザインの案が浮かんできますもの!ウェディングドレスも楽しみにしていてくださいね!」


フェリーツェの容姿をマダムは相当にお気に召したらしい。

「どうぞこれからもご贔屓にしてくださいませね!」と向こうから頼んできたくらいだ。


照れながら笑うフェリーツェに、スッとカティアが寄った。


「さあお嬢様、仕上げをしますよ」


「ええ、お願い」


頷いたカティアは手早く総仕上げに取り掛かる。

そして準備を整えたフェリーツェは、覚悟を決めて王城へと向かった。



国の象徴とも言える大きな城の会場には、既に沢山の貴族達が集まっていた。

話題の中心人物の登場を今か今かと待ち侘びている。


「シュナイゼル様はまだいらっしゃらないのかしら?」


「聞いたところだと、シュナイゼル様は後から登場して会場の誰が婚約者か発表するらしいわ!」


「え!?それって気に入った令嬢をその場で指名するなんて事もあるんじゃない!?」


あり得ない希望を抱き色めき立つ令嬢達。

自らの装いを見直して整えてはソワソワしている。

一方で令息達は面白くない顔をしているが、やはりあのユーリが誰と婚約したのかは気になる様子だった。


そんな中、扉が開いてまた1人令嬢が入場してくる。

何の気なしに目を向けた貴族達は、皆驚いて目を見開き会場が騒めいた。


ーーザワッ


「え!?あれって、クラレンス伯爵令嬢…!?」


そう、入場したのはフェリーツェだ。

皆が驚いた理由は2つ。

1つはここ最近ずっと社交の場に姿を見せなかった筈のフェリーツェが現れた事。

そしてもう1つは、その容貌の美しさにである。


清廉なドレスを身に纏い、ゆっくりと歩くフェリーツェ。

髪はハーフアップで編み込まれ、青みを帯びた宝石が散りばめられていた。

それと同じ宝石があしらわれたアクセサリーが耳と胸元で光り、相乗効果でドレスがより映えている。

あまりの艶麗さに皆が見惚れて釘付けになってしまった。

壁際に控えたフェリーツェの横に、まるで装飾のように備えられたソレがあっても誰も気付かない程に。



(み…みんなすごい見てる…)


視線の嵐の中、緊張感で胃が痛くなりそうなフェリーツェ。

男性達も多くいるこの空間から逃げ出したいのを必死に堪えていた。


(大丈夫…。護衛を紛れ込ませてるって言ってたもの…)


自分で自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。

フェリーツェに男性が近付かないように、ユーリの手配で令嬢に扮した女性騎士が数人目を光らせていた。

万一近付こうとする者がいれば、さりげなく遠ざけるよう指示されている。


しかし、フェリーツェに男が近付くのを阻止しようとする者は他にもいた。


(フェリーツェ嬢!?あんなに着飾って…!あれじゃあ、口説いてくれと言ってるようなものじゃないか…!!)


脳内で文句を言いながら拳を震わせたのはホアノ・ラークソリッドだ。

自分の物にしたい女が魅力を振りまいてしまっている状況が許せず、どうにかしなければと口を開いた。


「うわ。よくもまぁ姿を現せたもんだな」


わざと周囲に聞こえるように大きく声を上げる。

聞こえた人々も思わずハッとした。


「本性がバレたのにこんな場にやって来るなんて、どこまで厚顔無恥なんだか。そう思わないか?」


「あ、え、ええ!本当にそうですね」


話を振られた令息も、慌てて同意する。

侯爵家の嫡男の意見に反対するなんてのは立場的に得策ではなく、皆が口々に悪態をつき始めた。


「ラークソリッド卿を籠絡しようとしたんだろ?よっぽど自信があるんだろうな」


「大人しそうな顔して怖いもんだ。俺も騙されるところだったぜ」


ホアノに擦り寄る形で口々に悪く言う令息達。

便乗するように、ユーリに気がある令嬢達も邪魔者を排除しようとヒソヒソ話した。


「よく見たらあのドレス、ユーリ様の色ではなくて?」


「まあ本当だわ!自分が選ばれるとでも思ってるのかしら?」


「身の程知らずよねぇ。私なら夜会が始まる前にこの場を去りますわ」


因みにそう言う令嬢に限って装いのどこかにユーリの色を取り入れていたりするのだが。


(よし良いぞ!ほら、早く帰れ!)


思っていた通りの空気になった事にニヤリとして、ホアノはフェリーツェが逃げるよう心の中で促した。

けれど、俯きながら懸命に耐え続け動かないフェリーツェ。


(おい、何やってる!早く去れよ!クソ、こうなったら…)


少々強引にでも会場から連れ出すしかないと判断したホアノが一歩踏み出す。

しかしその直後、断念せざるを得なくなった。


「ジークマイヤー王太子殿下のご入場です」


王族登場の知らせに、場の空気がガラッと変わる。

その場にいる者全員が頭を下げた。


「皆の者、面を上げてくれ。宴を始めようではないか」


許しを得て皆が目を向けたのは、この国の王太子であるジークマイヤー・デュバルナーク。

黒にも見える濃いグレーの髪と金の瞳で、はっきりとした顔立ち。

鋭い眼光があり、まだ若く即位前なのに威厳のある人物だ。

いずれ王となるジークマイヤーに醜悪な姿を晒すわけにはいかず、皆何事も無かったような顔をした。


(チィッ、もたもたしてるから…!)


王族が来てしまった今フェリーツェを追い出すわけにもいかず、ホアノはギリッと歯噛みする。

まるでそれを楽しんでいるかのように笑って、ジークマイヤーは更に言葉を発した。


「さて、既に存じている者も多くいるだろうが今日はただの夜会ではない。私の友人であるユーリ・シュナイゼル卿がこの場を借りて婚約発表をしたいそうだ。皆で祝福しようではないか!」


ジークマイヤーの盛り立てに合わせて貴族達は一斉に拍手する。

拍手が合図となって、入場口である扉がゆっくりと開かれた。

そこから颯爽と現れるユーリ。


纏っている正装はフェリーツェとお揃いになるようにグレーの上着を羽織っているが、内側のジャケットやパンツは明るめな水色。

もちろんフェリーツェの瞳の色だ。

襟などに黒が入っているため可愛いという印象は全く無く、寧ろこの色合いは美しいユーリの顔立ちにとても調和していた。


「あぁ、シュナイゼル様やっぱり素敵…!」


「眉目秀麗とは、あの方の為にあるような言葉ね…!」


令嬢達がほぅ…と感嘆の息を吐いてユーリを見つめる。

どうかこっちに視線を向けてと願い、拍手の音を強めて必死にアピールしたりもしていた。

けれどユーリは見向きもせず、何故か壁伝いに歩いていく。

てっきりジークマイヤーの近くへ行くかと思っていた貴族達は首を傾げた。


「え、シュナイゼル様が向かってるのって…」


「まさか…」


ユーリが見据える先に居るのは、明らかにフェリーツェだ。

もしやと会場がざわつきだす。

そしてユーリはフェリーツェの真横でピタリと足を止めた。

くるりと向きを変えて、フェリーツェと同じように正面を向く。


そこでようやく、皆はある物の存在に気付いた。

ユーリとフェリーツェの間に、何やら板のような物があると。

どうしてか、2人は衝立てを挟んで並んでいると。


「ジークマイヤー殿下。殿下主催の宴でこのような発表をする事をお許しいただき、心より感謝申し上げます」


「うむ」


まずは感謝を述べたユーリに満足そうに頷くジークマイヤー。

それからユーリとフェリーツェは、見えないように衣装に忍ばせていたマジックバッグからある物を取り出した。

迷いもなく手に嵌めて、衝立ての上に掲げる。


ーースッ


そしてユーリは息を吸い、会場中の全員に聞こえるように告げた。


「私、ユーリ・シュナイゼルは…こちらにいるクラレンス伯爵令嬢と婚約した事をここに宣言します」


「「「…?」」」


本来なら、ここで祝辞と共に拍手喝采が巻き起こっていただろう。

しかしそうはならなかった。

2人がお互いの姿を模した手人形を堂々と掲げ、その手を重ね合わせた状態で発表したからだ。


状況が全く飲み込めなくて、思考も動作も停止した貴族達はただただポカーンとしてしまった。



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