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交流の秘密兵器



「クラレンス伯爵令嬢、わざわざ来てもらってすまなかったな」


「いえ、大丈夫です」


少し身を固くしながら、フェリーツェは前回と同じ部屋でユーリと衝立て越しに対面していた。

互いの為にも必要な話し合いであると分かってはいるけれど、男性と会うという時点でどうにも拒否反応が出てしまう。

相手に申し訳ないという気持ちも勿論あるので、ユーリの方も女が嫌いだという事実は気持ちを軽くしてくれ助かっていた。


「あの、わざわざ使用人の皆さんを下げてくださってありがとうございました」


「いや…先日は知らなかったとはいえ配慮が足りなかったからな。これくらい当然だ」


前回約束した通り案内は女性の使用人がしてくれ、この部屋まで他の使用人に会う事もなかった。

今回はキナードも衝立ての向こう側にいてくれ、こちら側にはフェリーツェとカティアのみという状態だ。

これならば男性相手でもきちんと話し合いが出来るように思われた。


「さて、正式に婚約者となった訳だが…このまま順調に婚姻を結べば君はこの邸に住むことになる。いっそ君が別邸に住めれば良かったのだが、現在は母の療養の為に父上達が別邸で過ごしているからな。そこは我慢してくれ」


「はい。わかりました」


公爵夫人は肺に疾患があり、ここよりも空気の良い郊外の別邸にて療養している。

おかげで病状は安定しているので、こちらには用がある時しか来ないという状況だ。


フェリーツェが了承した為、ユーリはそのまま話を続けた。


「共に住むうえで、私と君が接触しないだけならばそれ程難しくはなかった。けれど君と男性の使用人達も全員接触できないようにするとなれば、鉢合わせなど防ぐ為にも工夫する必要があるだろう」


「はい…」


改めて聞くと面倒なお願いをしてしまったなと項垂れる。

自身の住む邸宅でも、鉢合わせて逃げてしまう事が度々あるのだ。

対策するとなるとなかなか大変だろう。


返事に元気が無いことで、ユーリは直ぐに察した。


「気に病む事はない。私も女性の使用人と接触しないように男性の使用人ばかりを置いているくらいだ。お互い様だろう」


じーんと胸に沁み入り崇めたくなるフェリーツェ。

なんて優しい人なんだろうと感動を覚える。


「ありがとうございます…。あれ、でも、何で全員男性じゃないんですか?」


「あぁ。母が王都へ来た際に、邸に女性の使用人が全くいないとなると困るだろう?だから少人数だけ本邸に残ってもらってるんだ」


「そう、なんですね…!」


お母様の為に嫌いな女性を残してるなんて…!とフェリーツェは心の中で更に称賛した。

ユーリの株は鰻登りだ。


なんだか反応がおかしい気がすると思いながら、ユーリは一度咳払いをする。


「話を戻すが…屋敷の者達にも周知して、出掛ける際などには下がらせるつもりだ。だが、それだけでは心許ないだろう?そこで区画分けをしようと思う」


「区画分けですか?」


「あぁ。屋敷を君が過ごす区画と私が過ごす区画で完全に分けてしまうんだ。そして使用人達も異性の区画には入れないようにする。そうすれば、突発的に退室したとしても出くわすなんて事はないだろう」


「なるほど…!」


それならば確かに遭遇確率はグンと下がるし、使用人達も慌ててその場を離れる必要が減って助かるだろう。

自邸でも皆に迷惑を掛けて居た堪れない気持ちになる日が多々あるので、本当に名案だと思えた。


「それで、だ。分かりやすいように屋敷の見取り図を用意した。このように区画を分けてはどうかと色分けしてみたんだが…見えるか?」


ユーリはクリップボードに挟んだ1枚の紙を衝立ての上に掲げて見せる。

紙の図面には屋敷の詳細が描かれていて、空色・灰色・桃色で色分けがされていた。


(わざわざこんな物まで用意してくださるなんて…!)


と感動しながら目を凝らすフェリーツェ。

しかし、この大きな屋敷の構造を1枚の紙に収めているため椅子に座ったままでは細か過ぎてよく見えない。

これは見える所まで移動しようと立ち上がった。


「えぇっと、細かくて見えづらいので近くに行きますね」


一応宣言をしてから衝立ての傍まで行く。

気配で近くまで来たのを感じ取ったユーリは説明を続けようとした。


「まず、ここが君に過ごしてもらう部屋だ」


聞くだけではどこか分からないだろうと、指し示す為に手を伸ばす。

だが、教える為に伸ばした手が衝立ての上に出た瞬間だった。


「ひっ…!」


ユーリの手が見えた途端、悪寒が走ったフェリーツェは小さく悲鳴をあげた。

今の今まで何ともなかった筈なのに、視界が狭まり呼吸も浅くなる。


「!? どうした?」


悲鳴や呼吸音から様子がおかしいと気付き声を掛けるユーリ。

けれどフェリーツェに返事をする余裕は無い。

思考も上手く回らなくて、ユーリの言葉もなかなか理解できなかった。

どうにも出来なくて体が震え「ぁ…ぅ…」と言葉にならない声だけがこぼれる。


すると、それまで黙って後ろで控えていたカティアがスッと前に出た。


「…シュナイゼル公爵令息様。メイドの分際で差し出がましいのは重々承知ですが、お嬢様の状態を代弁してもよろしいでしょうか?」


「! あ、あぁ。頼む」


突如聞こえてきた別の女の声に瞬間的に身構えたが、状況把握の為にユーリは直ぐに許可を出す。

許しを得たカティアは落ち着かせるようにフェリーツェの背中に手を添えながら話し出した。


「お嬢様は極度の男性恐怖症です。どうやら公爵令息様に対して恐慌状態に陥ってしまったようです」


「なんだと?先程まで普通に話していた筈だが…どうして急に?」


「はい、これは恐らくなのですが…」


カティアの説明にユーリだけでなく自分でもどうしてこうなったのか分からないフェリーツェも耳を傾ける。

スゥと息を吸い、カティアはいつもの無表情ではっきり告げた。


「お嬢様は公爵令息様を、衝立てと認識しておられたのです」


「……は?」


何を言っているんだ?という反応をするユーリ。

因みにフェリーツェも声には出せないが、何を言っているの!?とパニックになっていた。

カティアだけが冷静なまま口を開く。


「よく、緊張をほぐす為に人をカボチャだと思え…と言いますよね。あれと同じです。お嬢様は公爵令息様に恐怖を感じないよう、無意識のうちに衝立てを令息様と認識していたのでしょう。ですが、先程本人の身体の一部が見えてしまいました。それによって、急にそこに男性がいると認識してしまったんだと思います」


一時は意味が分からなかったフェリーツェだが、カティアの話を聞いてストンと納得してしまった。

確かにその通りだと思ったのだ。

最初会った時から衝立て越しだった為、なんだか壁と話しているようで令息相手なのに普通に話せていた。

でも間近で手を見た瞬間、目の前に居るのは男性だと突然に実感してしまったのである。

これが心の準備をしていたのならまだ良かった。

けれど今回は、例えるなら曲がり角でばったり遭遇したような不意打ちを受けた感覚だったのだ。


(あぁ…なんて最低なの…)


無意識とはいえ、人様を衝立てだと思い込もうとしていた自分が恥ずかしくなった。

申し訳なさと不甲斐なさと恐怖心で涙だけがジワリと浮かぶ。

一方で、ユーリも納得して頷いた。


「なる…ほど。何となくは理解できた。それで、どうだ?落ち着きそうか?」


「いえ…申し訳ありませんが、今暫くまともに会話は出来ないかと」


カティアの判断を聞き、こちらも確認する為にユーリはキナードに目を向ける。


「少々、失礼します」


一言断りを入れてから、キナードは衝立ての端からフェリーツェを状態を目視した。

青ざめながら俯きカタカタと震えるフェリーツェの姿に、キナードも話し合いは無理だと判断してユーリにアイコンタクトを送る。


「…わかった。また後日改めて話し合う事にしよう。連れ帰って落ち着かせてやってくれ」


「申し訳ございません。お心遣い痛み入ります」


大丈夫です、続けましょうと言いたくても全く言葉を発せないフェリーツェはカティアに強制的に連れ出された。

後ろ髪を引かれる思いだが、そのまま部屋を後にする。


ーーパタン


扉が閉まってフェリーツェ達が居なくなったのを確認し、ユーリは額に手を当て溜め息を落とした。


「…まさか、これほど酷かったとはな。この婚約は早計だったか?」


「そうですねぇ、ボクもここまでとは思ってなかったです」


キナードも認識が甘かったなと苦笑し、それでも前向きに捉えようとする。


「まぁ最初にボクと対面した時は一応会話も成り立ってましたし、次回は大丈夫じゃないですか?きっとユーリ様のことも人間だと認識したでしょうし」


後半は揶揄うように言うキナード。

ユーリの事を衝立てだと認識していたのが余程可笑しかったらしい。


「……そうだな」


怒っても良いところだがグッと堪え立ち上がる。

今日の為に用意した資料をキナードと共に片付けて、ユーリは気持ちを切り替えながら仕事へと戻った。








「あぁあ…やってしまったわ…」


自室で激しく落ち込み項垂れるフェリーツェ。

公爵令息に対してあまりに失礼であったし、話し合いも中断させて多大に迷惑を掛けてしまった。

こんなの婚約破棄されてもおかしくないと凹む。


「まぁまぁお嬢様。公爵令息様は思っていたより寛大なお方ですし、次の話し合いで挽回すれば大丈夫ですよ」


「その挽回が難しいんじゃない。あぁ…次も失敗しちゃったらどうしよう…」


「そうなったら私も擁護しきれませんね」


「カティアぁあー」


情け容赦無い言葉にフェリーツェは半泣きになる。

切実に困っている様子に、カティアは小さく息を吐いた。


「ではお嬢様の作った人形で練習しますか?ほら、こちらの勇者人形なんかは男性の姿ですよ」


「に…人形じゃ流石に緊張しないよ」


「なら、こちらの姿絵なんてどうです?実物そっくりな筈ですよ」


お見合いの際に形だけ用意されていた釣書をパッと出す。

描かれているのは人形とは違いリアルな男性の姿だ。

けれどフェリーツェは全く戸惑いもせず近付き、聞いていた通り秀麗な人だなぁと思いながらそっと絵に触れた。


「…姿絵も、平気みたい」


「そのようですね。ハア…ここはグレミオ様辺りに練習相手でも頼みましょうか」


「待って待って!それは最終手段で!もうちょっと方法がないか考えてみるから!」


弟の手を借りようとしたカティアを慌てて止める。

頼めば喜んで手伝ってくれるだろうが、後継者教育などで忙しいのを知っている姉としては煩わせたくない。


(でも、人形や絵じゃ全然怖くないし…)


どうしたものかと改めてカティアの提示した練習相手に目を向ける。

と、不意に閃いた。


「そうだわ。これが怖くないんなら…!」


すぐに自分のマジックバッグをガッと掴む。

因みにマジックバッグとは見た目より沢山の物を収納できる魔道具だ。

入れられる容量が小さければ安価で買う事もできる為、大抵誰でも持っている魔道具である。

フェリーツェはその中から次々と布や糸などを取り出した。


「お嬢様、何をなさるんですか?」


「次からの話し合いで使える対策グッズを作るの!カティアも手伝って!」


「ふむ、かしこまりました」


詳しい内容を聞かずとも了承するカティア。

時間をかけてはいられないと、フェリーツェは大急ぎで作業に取り掛かる。

材料を一通り並べてから、指先を回して魔力を練った。


「ブリーズ ダンス」


そう唱えると窓も開いてないのに風が吹き、必要とする材料だけが手元に舞ってくる。

フェリーツェは風魔法を得意としていて、よくこうして魔法を駆使しながら得意の裁縫に勤しんでいるのだ。

強力な攻撃魔法を使えるほどの力は無いが、緻密な操作で趣味に見事に生かしていた。

今回は特に急いでいる為、そんな風魔法も使いつつ寝る間も惜しんで作業を進める。


そして数日後、無事に完成させたそれを早速披露する日が訪れた。




「ん…んん?ク、クラレンス伯爵令嬢。それは一体…何だ?」


再び話し合いをする為に会った応接室でユーリは口の端を引くつかせた。

原因は衝立ての上からヒョッコリと出てきた謎の物体。

フェルトで作られたピンク色の髪の毛と、薄橙色の布に縫い付けられた水色のボタンの目。

簡易的なドレスを身に纏ったそれは両手をヒョコヒョコ動かしていた。

その動きに連動するように、明るい声が衝立ての向こうから返ってくる。


「はい、私が作った手人形です!今後はコレでお話し合いが出来ればと思いまして!」


そうそれは、フェリーツェの姿を模した手人形だった。

どういう事なんだと戸惑うユーリに、フェリーツェ人形が何かを持ち上げて差し出してくる。


「それで、その、シュナイゼル様にはコチラを使っていただきたくて…」


差し出されたのは青みがかった薄いグレーのフェルト髪に、濃いグレーのボタンを目とした男性型の手人形。

誰が見ても一発で分かる、ユーリ人形だ。

それを見たユーリは狼狽しながらフェリーツェに聞く。


「私にも…それを使って話せと?」


「はい、是非!」


おままごとに付き合えと言われているようで眩暈を覚えるユーリ。

因みにユーリの隣ではキナードが「ふ…っぐ…」と笑いを堪えて腹筋に大仕事をさせているし、フェリーツェの後ろでも顔だけは無表情なカティアが大変に面白がっていた。

しかし寝不足で判断力の鈍っているフェリーツェは止まらない。


「私、本当に男性が怖くて…衝立て越しでもシュナイゼル様のお身体の一部が見えただけでパニックになってしまいました。でも見えるのが人形なら、全く怖くありません!だから、シュナイゼル様にこちらの人形を使ってお話ししていただきたいんです!」


言っていることは分かる。

けれども人形を使ってやり取りをするということ自体にユーリは羞恥心やら抵抗やらがあり、次期公爵のする事かという疑問も自分の中でグルグルしていた。

自分は婚約者にする相手を間違えたかもしれない…という思いまで湧いてくる。


と、なかなか返答を貰えないフェリーツェがシュンとしながら呟いた。


「やっぱり…ダメ、ですよね…」


心情を表すかのようにフェリーツェ人形もユーリ人形を抱えたまま俯く。

可愛らしい人形の落ち込む姿は妙な罪悪感を生み、まるで幼子を虐めているようでどうにも胸が痛む。

可哀想ですよと言わんばかりに横目でジーッと見てくるキナードの圧も後押しし、ユーリは葛藤の末覚悟を決めて口を開いた。


「ダメ…ではない。君も一生懸命作ってくれたのだろうし、試してみよう」


「…!」


了承してくれたユーリの言葉にパァっと顔を輝かせるフェリーツェ。

大喜びしながらユーリ人形を差し出す。


「ありがとうございます!どうぞ!」


未だに抵抗感が有りつつもユーリはそっと人形を受け取った。

人形遊びなどした事ないユーリにとって未知の体験である。

どうすれば良いのか分からないが、とにかくやってみるしかないと右手に嵌めてみた。


「ふぅぐ…っっ」


と、背後から響いてきた極限まで押さえ込まれたキナードの吹き出す声。

に…似合わな過ぎる!という心の声が見なくても聞こえてきて、アイツ絶対に後でシメるとユーリは胸の内で誓う。


とはいえ今は構っている場合ではないと気持ちを切り替え、この謎の試練を乗り越えるべくフェリーツェ人形と向き合った。




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