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思っていた令嬢と違う



「クラレンス伯爵令嬢?」


反応が返ってこず衝立て越しに問い掛けるユーリ。

顔が見えないので、まさか喜びのあまり返事をし忘れているとは思いもしない。

逆に、先程までは前向きな声色で返事をしていたがやはり条件にショックを受けて黙り込んだのかと考えた。


が、一拍遅れて慌てたように声が上がる。


「あっ、す、すみません!」


また失礼な事を!と焦りながら思考を回すフェリーツェ。

先程ユーリは他に言いたい事はあるかと聞いていた。

既に破格の提案を受けているが、まだお願いしたい事はある。

相手の姿も見えずウキウキになっているフェリーツェは、ここまで来たらダメ元で聞いてみようと口を開いた。


「あの、私からも条件を出しても良いでしょうか?」


そのフェリーツェの言葉に、瞬時にユーリは身構えた。


(チッ…この令嬢もか)


と心の内で舌打ちする。

実はユーリは既に何人もの令嬢とお見合いをしていて、全て交渉決裂となっていたのだ。

その中でフェリーツェのように自分のお願いも聞いてほしいという令嬢は多くいた。

ある者は衝立てなど無くして顔を見て話しましょうと提案してきたし、ある者は月に一度くらいは子作りの場を設けてほしいとお願いする始末。

要はこちらを口説き落とす切っ掛けを作ろうと提案する者ばかりだったのだ。


(さて、この令嬢は何を言い出すのか…)


最近は社交の場に出ていないようだが、噂によると男漁りばかりしていると聞く。

もしかしたら自分と会えないのを受け入れたとしても、代わりに見目の良い使用人を何人もつけて欲しいと頼むかもしれない。

そんな風に予想し、屋敷の者達も大事に思っているユーリは嫌悪を露わにする。

例え自分自身に被害は無かったとしても、他の者をこの女の毒牙にかける訳にはいかない。

その場合はこの見合いも無かった事にしようと決めながら、フェリーツェに返事をした。


「…ああ、言ってみろ」


承諾されたのを確認してから、一度深呼吸して自分の頼みを口にするフェリーツェ。


「あの…邸内でも会わないとの事でしたが、何かしらの理由でどうしても話し合わなければならない場合ってありますよね?」


「まぁ、そうだな」


例えお飾りの妻と言っても、未来永劫会わないという訳にはいかないだろう。

夫婦という立場がある以上、重要な場面で交流する可能性は否めない。

そんな場合を口実にどう出るのかとユーリは次の言葉を待つ。


「そ、そういう時でも…」


少し元気無く声のトーンを落とし、それからフェリーツェは思い切って願いを口にした。


「今みたいに、会う時には必ず衝立てを置いていただけますでしょうか!?」


「………は?」


予想外の言葉に、ユーリは間抜けな声を出してしまう。

それを悪い方向に取ったのか、フェリーツェはまた慌て出す。


「あっ、や、やっぱりダメですか?」


「い、いや。それは別に構わないが…」


「良いんですか!?」


まるで神でも崇めるような声で喜びを表現している。

顔を見たいと言う令嬢がいても、徹底的に顔を合わせないようにしようという令嬢はいなかった。

警戒していた事も忘れ拍子抜けしてしまう。


しかし何か裏があるのではともう一度気を引き締め、探りを入れてみる事にした。


「…他には、頼みたい事はないか?」


「え!?まだ聞いてくださるんですか!?」


やはりまだ望みは有るらしい。

今度こそ本音を喋るのかと少しの含みも逃さないよう集中した。


「あ、あの、でしたら…シュナイゼル様だけでなく、私には男性の使用人が関わらないようにしていただけますか?傍には女性の使用人のみを置いてほしいです」


これにもまた、ユーリは目をパチクリとさせる。

自分の予想とは真逆の頼みだ。

不可解で、つい深入りする質問を投げかけた。


「それはもしや…恋人との時間を邪魔されないようにする為か?」


考えられる理由として推測できたのはこれくらいだ。

嫉妬深い恋人がいるなら有り得るし、屋敷の者が被害を受けずに済むならば特に問題も無い。

けれど、フェリーツェは間髪入れずに否定した。


「いっ、いいえ!恋人なんて居ませんし、誰かを連れ込むつもりもありません!」


「なら、なぜ?」


そう聞くと、少しだけ静かになり返答が来なくなる。

こちらが干渉してしまっている形だと気付いたユーリは言わなくて良いと止めようとしたが、その前にフェリーツェは答えた。


「その…私……男性が、苦手なんです」


男性が苦手。

心中で復唱しても、得ていた情報と違い過ぎる。

ユーリはちらりとキナードに目を向けた。

フェリーツェの方を確認したキナードは小さく首を振り、嘘をついてる様子ではないとアイコンタクトを返してくる。


(余程演技が上手くない限り、キナードの目は誤魔化せない。という事は…本当に男が苦手なのか?確かに、それならさっきまでの頼み事にも説明がつく)


仮に事実だとすれば、互いに損の無い取り引きだ。

諸手を挙げて了承してくれるだろうし、擦り寄ってくるような心配もないだろう。


「…それならば、利害は一致しているという事だな?交渉成立と取るが、間違いないだろうか?」


「! はい!」


花が咲くような明るい返事には、やはり偽りがあるように感じない。

それでもユーリは念押しをした。


「わかった、では正式に手続きを進めよう。君からの条件も全て叶えるつもりだ。ただし、婚約期間中にも様子を見させてもらう。もし虚偽があった場合、即解消させてもらうがそれでも良いな?」


「もちろんです!!」


力強い返事には自信もやる気も漲っているようだ。

色気も無ければ淑女らしさもない声に、ついユーリも頬が弛みそうになる。

ダメだ、気を抜くなと自分に言い聞かせながら話を続けるユーリ。


「極力会わないようにする為に婚約については書類のみを送らせてもらう。だが、君の出した条件を叶えるには少し突き詰めないといけないだろう。またこちらに足を運んでもらう事になるだろうが、構わないか?」


「……」


いきなりシン…となる室内。

正直すぎる反応がツボに入りかけて頬がピクッとしてしまう。

因みに流れを見ていたキナードもプルプルと震えていた。

ユーリは誤魔化すように「んんっ」も咳払いしてからフォローするように言葉を続ける。


「もちろん、君が来る時間は男性の使用人には下がるよう伝えておく。案内も女性にさせよう。私と話す際も必ず衝立てを置くと約束する」


「はい…わかりました」


拒否はしないが明らかにテンションがダダ下がっているフェリーツェの返答は完全に嫌々だ。

ユーリが男である時点で来るのは嫌なのだろう。

気持ちはわかる。


互いの心の為にもせめて今日は早期解散にするべきだろうと、ユーリは退室を促した。


「取り敢えず、今日のところはもう良いだろう。日程など決まり次第、また連絡をする」


「はい、よろしくお願いします。では失礼します」


一切の迷いもなく退去しようとするフェリーツェ。

これまでの令嬢はみな名残惜しそうに粘っていたのでホッとする。


が、とある事に気付いてフェリーツェを呼び止めた。


「あぁそうだ、ここへ来るまで男性の使用人ばかりで困っただろう?皆を下がらせるから少し待ってもらえるか?」


ユーリが女性嫌いな事もあって、邸内は男性ばかりが働いているという状況だ。

逆の立場になって考え、戻る際も億劫だろうと手配しようとした。

けれどそれを、男性恐怖症である筈の本人が断る。


「いえっ、そんなお手数をお掛けする訳には…!めっ、目を瞑って行くので大丈夫です!」


「目を…?いや、それは無理があるのでは…」


「来る時もそうしたので問題ありません!見送りもしなくて大丈夫です!では!」


よっぽど早く邸から脱出したかったのか、大急ぎで扉を開けて退室する音が聞こえた。

直後、「ぶふっ」とキナードが吹き出す。


「ほ、本当に目を瞑って出てった…!メイドに掴まって歩いていったけど…あ、あれで外まで行く気とか…!」


ユーリは見えていなかったが、カティアの肩に両手を置いてまるで2人だけの電車ごっこ状態で出て行った姿はキナードの目にはとても滑稽に映ったらしい。

笑い声を堪えながら涙目でユーリのそばに来る。


「いやぁー、随分と面白い令嬢でしたね。良い相手を見つけたんじゃないですか?」


「まぁ…少なからず利害は一致したようだ」


素直に肯定するまではいかないが、肩の荷が降りたようにフゥと息を吐くユーリ。

幼い頃から共に過ごしてきて親友にも近い立場のキナードは、気安い態度でユーリに話しかけた。


「にしても、男がダメ…ねぇ。ユーリ様、相手の出方を見る為にわざと若い男達を出迎えに並べてたでしょう?あれ、相当地獄だったでしょうね。メッチャ俯いてましたもん。まさか、目を瞑って歩いてるとは思いませんでしたけど」


フェリーツェの先程の行動をまた思い出してケタケタと笑うキナード。

一方でユーリはバツの悪そうな顔をする。


「…それについては、すまなかったと思っている。まさか事前に聞いていた話と真逆だとは思わないだろう?」


「男にだらしない令嬢として有名ですもんね。実際は色目を使うどころか、メイド以外は視界にすら入れようとしてませんでしたけど」


ユーリの感想としても、短時間の会話だけで噂のような人物とは異なると感じた。

そうなると、どうしても違和感を覚える。


「なぜ…あのような噂が浸透しているんだ?社交界で話を誇張したり嘘で相手を貶めるのはよくある事だが…少し引っ掛かる。お前の方でも調べてくれるか?」


「了解です」


何人もの令嬢とお見合いし今回も期待していなかったユーリ達は、事前調査もしっかりとはしていなかった。

けれど本当に婚約するのならばそうもいかないし、あれだけ嫌がっている男を好きという噂が根付いているのも不可思議だ。

キナードも同じように思ったようで、念入りに調査しようという意気込みを見せたのだった。






「はあぁ〜緊張したぁ〜」


馬車に乗り込んだフェリーツェは脱力して流動体のようにだらしなく椅子に座る。

正面に座ったカティアは相変わらずの無表情で言葉を掛けた。


「本当に緊張してました?後半、公爵令息相手とは思えない対応してましたよ」


「……。…!?」


数瞬間を空けてから、ザッと青褪めるフェリーツェ。


「え!?嘘!?私そんな態度だった!?」


「はい。正直かなり失礼だったかと」


「あ…あぁあっ!言われてみれば確かに…!!」


思い返してみれば、自分の言動は酷いものだった。

まったく取り繕わずに素の状態で答えていた気がする。


「どど、どうしよう!?シュナイゼル様怒ってないかしら!?あの場ではああ言ってたけど、もしかして婚約の話も無かった事にされちゃう…!?」


「さぁどうでしょうね。可能性はあるかと」


「少しはフォローしてよ…!」


自分にとって最高の条件を提示してくれたというのに、不興を買ってしまったかもしれないと頭を抱える。

しかしそんなフェリーツェの心配とは裏腹に、翌日には婚約に関する書類が伯爵邸に届けられたのだった。



「婚約おめでとうフェリーツェ!」


書斎で大喜びしながらフェリーツェを抱き締めたのはドロシーだ。

豊満な胸に顔が埋まり「く…苦しい…っ」ともがくフェリーツェを、ウッカリと言わんばかりの表情で離す。


「あらごめんなさい!嬉しくてつい!」


解放されてプハッと息を吐き出したフェリーツェは苦しめた原因に視線を向けた。


(私の身体は完全にお母様似ね…)


因みに桃色の髪も母親譲りだ。

ただしドロシーは童顔ではなく、身体に見合った妖艶な美人である。

沢山の男達に言い寄られても上手くあしらっていたそうで、フェリーツェもそれくらいの強かさがあればこれ程困りはしなかっただろうと溜め息を吐いた。


「ささフェリーツェ、公爵令息様の気が変わらない内にサインしてしまいましょう!」


「わ、わかってるわお母様」


急かしながらドロシーはフェリーツェにペンを握らせる。

実際は公爵令息よりフェリーツェの気が変わらない内にという思惑だが、気づく事なくフェリーツェは書類にサインを済ませた。


と、それを部屋の隅からジッと見ていた人物がワッと声を上げる。


「フェリーツェぇぇえ!ついに婚約してしまうのか…!!せめてっ、せめて嫁に行く前に抱き締めさせておくれ!」


「おっ、お父様!それ以上近寄らないで!!」


「うぅ…やっぱりダメなのか…」


半ベソをかいて落胆して見せたのは父親のクライブ伯爵だ。

娘を溺愛しているのだが、例え父といえども男性恐怖症のフェリーツェとは距離を取らねばならず綺麗な水色の瞳を潤ませる。

歳は四十を超えているけれど三十代前半くらいに見える顔立ちで、フェリーツェの顔は父親譲りであった。


そんな父と同じ薄紫の髪をした青年が、別の隅から咎めるように言葉を掛ける。


「父上、姉上が困っているではないですか。無理な事を仰らないでください」


語尾に小声で「僕だって我慢してるのに…」と付け足したのは、フェリーツェの一歳下の弟グレミオ。

母ドロシーに似た顔立ちでなかなかの美青年だ。

同じ書斎にいながらも追いやられるように部屋の隅に立つ父と弟を見て、フェリーツェは申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんね、2人とも。2人の事は好きなんだけど、近付かれるとどうしても体が強張っちゃって…」


「仕方ないですよ姉上。気にしないでください」


近付けない寂しさを微塵も見せずにグレミオはにこりと笑って答える。

グレミオと違いすんすんと悲しんでいるクライブにはドロシーが慰めに入った。


「もう、貴方には私がいるでしょう?それで我慢して」


「うぅ、魅力的な君にそれを言われたら何も言えないじゃないか。あぁ…フェリーツェが結婚なんてせず家にいてくれたらなぁ」


「ダメよ。この婚約はフェリーツェを守るためでもあるんですからね?」


「わかっているさ…」


愛しの妻に抱き締められて大人しくなるクライブ。

ラブラブな両親の姿に、フェリーツェは目を細める。


(本当は…あんな恋愛に憧れてたんだけどなぁ)


フェリーツェは2人の馴れ初め話が小さい頃からお気に入りだった。


20年前、ドロシーはその美しさにより沢山の男性達から求婚されていた。

結婚相手を決めかね困ったドロシーはどうしたものかと悩む。

そして『来月の夜会で私に一番素敵なプレゼントをくださった方と結婚します』と宣言をした。

自分が選ばれるべくドレスや宝石など有りとあらゆる物を用意する男性達。

しかし高価なプレゼントを用意する者達の中で、1人何も持たずにやって来た男がいた。

彼は申し訳なさそうに言う。


『君のために自分で育てた花を花束にして渡そうと思ったんだ。けれど、1ヶ月では花は咲いてくれなくて…。もう暫く待ってもらえないだろうか』と。


ドロシーは心のこもったプレゼントを用意しようとしてくれた事と、上手く出来なかった少しの間抜けさに笑ってしまった。

それから和かに返事をする。


『咲いてしまわなくて良かったわ。刈り取られてしまうのは可哀想だもの。地に咲いているところをこの目で見られるように、貴方の邸宅へ行かせてもらうわね』と。


そう、花束を用意しようとした男性こそフェリーツェの父であるクライブ伯爵だ。

こうして2人は結ばれ、現在も仲睦まじい夫婦となったのだった。


幼い頃にその話を聞いたフェリーツェは、自分もそんな素敵な結婚がしたいと憧れたものだ。

しかし現実は夫と顔も合わさないような契約結婚をしようとしている。


(ままならないものね…)


かと言って母のように男性と恋愛するなど考えただけで恐ろしく、理想と現実の違いに打ちのめされながら肩を落とす。


そんなフェリーツェがユーリと再び相対する事になったのは、それから数日後の事だった。


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