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明るみになった事実



「どうした皆んな?めでたい発表だぞ?」


会場中に動揺が走る中、唯一正常に動いていたジークマイヤーが声を掛けた。

皆がハッとして、取り敢えず理解を後回しにし拍手を優先する。

それを確認して、ユーリが説明するように言った。


「皆、驚いただろう?すまない。私の婚約者はとても恥ずかしがり屋で奥ゆかしく、未だに私と面と向かって話せないんだ。許してやってくれ」


だからってなぜ衝立てと人形を?という疑問をみな口にはできなかった。

この場で一番立場が上のジークマイヤーが受け入れている時点で、異論を唱える事など許されない。

ジークマイヤーはニッと笑ってグラスを掲げ執り仕切った。


「では、皆で2人の婚約を祝おうではないか!乾杯!」


戸惑いが大きく正直宴なんて気分ではないが、王太子の宣言に合わせて皆グラスを掲げる。

ほとんど強制的に宴が始まり、音楽と共にダンスなど自由にして良い時間となった。

皆ユーリとフェリーツェが気になって仕方ないけれど、何をどう聞けば良いのかも分からず一旦遠巻きにして様子を伺う。


まだ始まったばかりだが一先ず発表自体は済んだ為、フェリーツェは深く息を吐いて肩の力を抜いた。


「はぁあ〜…緊張しました…」


「そうだろう。頑張ったな、フェリーツェ」


労わるようにユーリ人形がフェリーツェ人形を撫でる。

ユーリの気遣いと傍にいてくれる心強さで、フェリーツェはへにゃりと笑った。

そんなフェリーツェをぽうっと見る令息が視界に入り、ユーリは我慢できずに言う。


「…ところで、フェリーツェ」


「はい」


改まった感じで声を掛けられ、フェリーツェ人形は首を傾けた。

ジッと本体の方に顔を向けるユーリ人形。


「君は今、私の色のドレスを身に纏ってくれているんだろう?」


「へ!?あ、はい…っ」


「他の者達はその姿を見ているのに、私が見られないのはとても悔しく思うのだが」


ユーリの言葉でカアァっと赤くなるフェリーツェ。

見たがってくれている事は嬉しいし、せっかくこんなに綺麗にしてもらったのだから見てもらいたいという気持ちもある。

赤面しながら迷いに迷い、フェリーツェは答えを返した。


「きょ…距離を取れば大丈夫なので、後でお見せしますっ!」


「…今は?」


早く目にしたくてつい急かしてしまうユーリ。

フェリーツェは追い込まれつつ必死に願いを口にした。


「い、今は……どうか離れないで、近くに居てください…」


「!」


なんて可愛いおねだりなんだろうと、ユーリは愛しさに溢れる。

フェリーツェ人形をユーリ人形でぎゅうっと抱きしめた。


「…そう言われたら、嫌とは言えないな。わかった、後の楽しみにしておこう」


「〜っ」


恥ずかしくて赤面しながら小さくなるフェリーツェ。

ユーリは代わりにフェリーツェ人形をとことん愛でている。


そんな2人の様子を伺っていた貴族達は同時に思った。


(((いや、見ているこっちが恥ずかしい…!!)))


手人形を使って激甘なやり取りとしている2人の姿は、本人達より見てる方の羞恥を掻き立てる。

ユーリを狙っていた令嬢達でさえ、あの空気に割って入るのは無理だと断念した。

噂で聞いてはいたが、まさか本当にここまで溺愛しているなんてと目撃している今でさえ目を疑う。


「というか、クラレンス伯爵令嬢って男性にだらしないって話じゃなかった?」


「全然そうは見えないわよね…?」


ユーリの言葉にいちいち赤面して恥ずかしそうにしているフェリーツェは、とても男を手玉に取るようなタイプには見えなかった。

他の令息や令嬢も、噂に疑いを持ち始める。


そしてその状況を面白くないと、顔を歪める人物が1人。


(ふざ…けるな。ふざけるな!お前は、僕と結婚するんだろうが…!!)


胸中で自分勝手に叫んだのはホアノだ。

これまで上手く隠し情報操作して思い通りに作り上げてきたイメージが崩れていく事も、フェリーツェが自分と居た時には見せなかった表情をしている事も全てが受け入れられない。

どうにか取り戻したくて、ユーリの前に出て横槍を入れた。


「シュ、シュナイゼル卿!貴方は騙されています!」


突然叫んだホアノの姿にビクッとして青褪めるフェリーツェ。

大丈夫だと言うように、フェリーツェ人形をユーリは強く抱きしめる。


「…騙されてるとは?」


「そっ、その女は僕に色仕掛けをして襲ってきたんですよ!今は猫かぶって大人しくしているだけです!きっと結婚した途端に本性を現すに違いありません!」


必死に説得しようと嘘を並べたてるホアノ。

「なるほど…」と呟いてから、ユーリはすうっとホアノに視線を向けた。


ーーゾッ


その目のあまりの冷たさと鋭さに、ホアノは背筋が凍りつく。

ゆっくりとユーリが一歩を踏み出すと、それだけで圧に押し潰されそうになった。


「フェリーツェが色仕掛けを…か。それはそれは、随分と羨ましい話だな。私には、指一本さえ触れさせてくれないのに」


ユーリの体から魔力が漏れだし、物理的にも空気が冷え込んでいく。

震え始めたホアノに、また一歩近づくユーリ。


「なあ、ラークソリッド卿。どうやってフェリーツェにそんなに積極的になってもらえたんだ?是非私にも指南して欲しい」


ホアノの目の前まで行ったユーリは顔を近づけ、周りに聞こえない声でひそりと言った。


「…公爵家の情報力を舐めるなよ?もしこの場で虚偽を言えば、王太子の手も借りて貴様の家を潰してやる」


ザアっと青褪めるホアノ。

声には殺気が篭っていて、完全に本気だと分かった。

ガタガタと震え、小さな声で呟く。


「う……嘘、です…」


「よく聞こえないな?もう少しハッキリ言ってくれないか?」


逃げる事さえ許してはもらえない状況。

恐怖に占められたホアノは半ばヤケクソのように叫んだ。


「フェリーツェ嬢に襲われたというのは嘘です!彼女から迫られた事はありません!」


ーーざわっ


会場中の貴族が耳を疑い驚愕した。

今まであれ程に散々フェリーツェを貶めていたホアノの自供は、それ程に強烈だった。


「し、信じられませんわ…!嘘ですって…!?」


「なんて事…!今まで同情しておりましたのに…最低ですわね」


「じゃあクラレンス伯爵令嬢は濡れ衣を着せられてたって事か?」


「いくら侯爵家の人間だからって…して良いことじゃないだろ」


皆が口々に罵り、軽蔑の目を向ける。

ホアノに胡麻をすっていた者達さえ、庇うどころか距離を取った。

プライドも何もかもズタズタになり完全に追い込まれるホアノ。


「…くそ!!」


言い訳も見つからず、一言吐き捨ててホアノは無様に逃げ去った。

一人会場を飛び出し姿を消していく。

その姿を呆れながら見届け、フェリーツェの隣へとユーリは戻った。


「…私が手を下すまでもなく、社会的に終わっただろうな。フェリーツェ、大丈夫か?」


「は、はい!少し怖かったですけど…ユーリ様のおかげで助かりました」


フェリーツェを全面的に信じてくれ守ってくれたユーリに心から感謝する。

あんなに簡単に撃退してしまうなんて凄いと思いながら、ユーリ人形に自ら抱きついてお礼を述べた。


そんなやり取りを見て、周りの貴族達は考える。

無実の令嬢を悪く言っていた罪悪感ももちろんのこと、これから公爵夫人になる人物からの印象が悪いのはマズい。

ユーリを敵に回せばホアノの二の舞になる可能性だってある。

今からでも機嫌をとるべきかと、比較的近くにいた令嬢が頭を下げた。


「あ、あの、クラレンス伯爵令嬢。これまで悪く言ってしまってごめんなさい!」


「!」


急に謝られて驚くフェリーツェ。

他の貴族達も便乗して頭を下げ「ごめんなさい!」「申し訳なかった!」と謝罪の言葉を次々口にした。


「あ、あの…」


たくさんの人に続々と謝られ、逆にフェリーツェは困惑してしまう。

どう対応すれば良いのか分からず迷ってしまった。

これは押せば許してもらえそうだと前のめりになる貴族達。

しかし、更に近づこうとした瞬間にフェリーツェの隣から冷気が発せられた。


「…悪いが、婚約者との時間を楽しみたいんだ。邪魔しないでもらえるか?」


ユーリの圧に、「しっ、失礼しました!」と慌てて蜘蛛の子を散らすように離れていく貴族達。

これまで散々フェリーツェを罵っておきながら都合が良すぎると追い払ったユーリである。

フェリーツェも思わずとホッとして胸を撫で下ろした。


「ふぅ…ビックリしました」


「まったく、浅はかな者ばかりだな。ここにいたらまた同じ事になるかもしれない。目的は果たしたし、もうここから出ようか」


その提案を聞いてフェリーツェはまた驚く。


「え!?もう出ちゃって良いんですか!?お、王族主催の夜会なのに…」


さすがに無礼ではと心配して眉を下げるフェリーツェ。

しかしユーリは至って堂々とする。


「問題無い。ジークマイヤー殿下には全て説明済みだからな」


どうりで殿下だけ平然としていた訳だとフェリーツェは納得した。

今回の婚約発表に際して色々と手を貸してくれたし感謝に絶えない。

ユーリは衝立ての真ん中にさりげなく取り付けていた取っ手を掴んだ。


「とはいえ、帰る前に挨拶には行ってくる。フェリーツェは休憩室で待っていてくれるか?我々用に他の者とは別で部屋を用意してもらっているから、気楽にゆっくりすると良い」


「そ、そこまで手配してくれてるんですか…!?あの、私も王太子殿下にご挨拶した方が…」


申し訳なくてお礼くらい言わなければと進言したが、ユーリ人形はぽんぽんとフェリーツェ人形の肩を叩いた。


「殿下も男性だぞ?私が代わりに礼を伝えるから、無理をするな。廊下でキナードと共に君のメイドが待機している筈だから、気にせず2人で一緒に休んでいてくれ」


「うぅ…ありがとうございます」


恐縮してしまうが有り難く、素直に甘えようと頷くフェリーツェ人形。

頷き返してから、廊下までは送ろうとユーリが歩き出した。

衝立ての底面に予め摩擦の少ない布を貼り付けていたので、会場のピカピカの床を滑らせて移動させられる。

因みに見ていた貴族達は『それごと移動するんだ!?』と衝撃を受けていたが。


衝立てを間に挟んだまま並んで歩き、2人は出入り口の扉を開けてもらう。

廊下を歩いて直ぐの角に目を向けるユーリ。


「そこを曲がって直ぐの所でキナード達が待機している筈だ。殿下への挨拶が済んだら、私も直ぐに部屋へ向かうからな」


「はい、お待ちしてますね」


「…その際、君のドレス姿を見せてもらえるか?」


「! は、はは、はい…っ」


ユーリの願いに赤くなりながら返事をするフェリーツェ。

距離を取るとはいえ、ついにユーリと衝立て無しで対面するのかと緊張で心臓が煩くなる。

落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら角を曲がると、ユーリの言っていた通り少し先にカティアとキナードが立っているのが見えた。


「あ、カティ…」


が、そうフェリーツェが声を掛けようとした瞬間に目の前で信じられないことが起こる。


ーーちゅ


キナードがカティアの目の前に移動したかと思った直後、2人は見つめ合い口付けを交わしたのだ。

これにはユーリも硬直し、フェリーツェも「…へぇえ!?」と驚きの声を上げてしまった。


「おっとぉ」


フェリーツェの声で気付いたキナードが剽軽な態度でパッとカティアから離れる。

カティアもいつも通りの無表情でこちらを向き、「お嬢様、お早かったですね」と普通に声を掛けてきた。

驚き過ぎてパニック状態のフェリーツェに代わり、ユーリが声を掛ける。


「…お前ら、いつの間に…」


「いやぁ、ユーリ様達が愛を育んでる姿にボク達も感化されちゃったみたいです」


ユーリの質問にキナードが笑みを作りながらしれっと答えた。

深掘りする気にもならず、嘆息してからユーリは踵を返す。


「…フェリーツェを休憩室まで頼む。私は殿下へ挨拶を済ませてくる」


「了解でーす」


「畏まりました」


キナードとカティアの返事を確認し、会場へ引き返すユーリ。

フェリーツェにキナードが近付く訳にはいかない為、カティアだけが傍まで来た。


「ではお嬢様、参りましょうか」


「は…うぅ…何でカティアそんな平然としてられるの?」


「とんでもない。こう見えてとても動揺してますよ」


「絶対ウソ!」


キスをした本人より動揺しまくりのフェリーツェは、思い出す度に赤くなりながらカティアに付いて歩く。

その2人と距離を取りながらキナードも付いてきた為、カティアが視線だけ向け質問した。


「キナードさんも付いてきてよろしいのですか?」


「念の為ね。部屋に入るのを確認したら戻りますよ」


「そうですか」


なんで至って普通に会話できるんだろうと理解に苦しむフェリーツェ。

自分の方がおかしいのだろうかと悶々と考えながら歩き続けた。

そんなフェリーツェにカティアが休憩室の場所を教える。


「あそこの突き当たりの部屋がお嬢様達の休憩室です」


説明されてフェリーツェは確認の為に目を向けた。

と、1つの違和感に気付く。


「? 手前のお部屋、扉が開けっぱなしだわ」


「そうですね。閉め忘れでしょうか?」


何故か扉が開いたままの状態を疑問に思い、通り過ぎ際に中を覗く2人。


「!」


そして2人は驚愕して同時に足を止めた。

滅茶苦茶に荒らされた室内と、物色しているらしきフードを被った不審人物が目に入ったからだ。

状況から盗人だろうと即座に推測できた。

不審者はこちらの存在に気付くと、二階にも関わらず慌てて窓から外に飛び出していく。


「! カティア!」


「はい!」


城を荒らした者を逃しては一大事だと、直ぐにカティアが後を追う。

離れた所から見ていたキナードも驚いて質問した。


「何かあったんですか!?」


「不審者です!室内を物色してました!逃走したので、カティアが今追っています!」


「カティアさんが!?いや、そういうのはボクの役…ああもう!!」


自分も追いかけたい衝動に駆られたが、グッと堪えて最善の行動を考えるキナード。

フェリーツェに指示を出して会場へと走り出した。


「フェリーツェお嬢様は休憩室で待機していてください!警備を固めてもらうので、絶対に部屋から出ないでくださいね!?ボクはユーリ様達に知らせてきます!」


「はい、お願いします!」


素早い判断を下したキナードに感心しながら返事をするフェリーツェ。

これならば直ぐにユーリも来てくれるだろうと安心し、指示通り休憩室へと入った。





(思ったより…速い)


不審人物を追うカティアは眉を顰める。

実はフェリーツェの護衛も兼ねているカティアは身体能力も高いのだが、相手も相当なものだと感じていた。

それでもカティアのスピードの方が上回っており、徐々に距離が縮まっていく。


「逃しませんよ!」


そして、城壁にたどり着こうかという時に不審者の眼前へと滑り込んだ。

立ちはだかられ、足を止める不審者の男。

男は逃げても無駄だと判断したのか、腰に差していた剣を抜き取りカティアに斬りかかってきた。


ーーキンッ


迷いなく殺しにきた相手に応戦する為、太ももに忍ばせていた短剣を抜き取り受け止めるカティア。

更に相手の力を受け流して体勢を崩させ、顔を目掛けて短剣を振るう。

男はそれを慌てて避けた為、被っていたフードが捲れ落ちて顔が露わとなった。


「!」


平凡とも取れるその男の顔に、カティアは見覚えがあった。

前に一度だけ伯爵邸で見た事がある。

記憶が確かならば…


「貴方は、ラークソリッド卿の護衛…?」


そう、以前ホアノが屋敷を訪ねてきた際に護衛として同行していた男だ。

言い当てられ、参ったとばかりに肩をすくめる男。


「へえ、記憶力が良いんだな。まさか覚えているとは」


男の肯定を聞いて、カティアはしまったと思った。

これは恐らく、自分をフェリーツェから引き離す為の作戦だと。

フェリーツェの身が危ないと顔色を変える。


「お嬢様…!」


直ぐに引き返そうと方向転換した。

しかし、それを男が阻止する。


「おっと、悪いがお前を行かせるわけにはいかない。というより顔を見られた時点で生かしてはおけないな」


「…私を殺しても、どうせアナタは捕まりますよ?」


「いいや、お前は賊に殺されるんだ。そして俺はお前が殺された後に駆け付けた事にする。間に合わなくて申し訳なかったと嘆いてやるよ」


急いで戻りたいが男に退く気はないようだ。

こうなれば速攻で倒すしかないと、カティアは地面を蹴った。


(お嬢様、どうか無事でいてください…!)


そんなカティアの願いも虚しく、フェリーツェに影が迫っていた。



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