入学試験 I 《導入》
お久しぶりです。
本編とは全く関係ありませんが、この間、バイクに乗っていた時の話ですが、私がインカムで音楽を聴いていると曲の中にクラクションがなるものがありまして、ちょうどカーブに差し掛かった時だったのでびっくりしてガードレールにぶち当たりそうになりました。
皆さんも気をつけてくださいね。
それでは本編へどうぞ。
──王都・【王立セントラル・ソーサリー魔法学院】
シリウスたちが魔族を倒してから二日後、学院内の図書館で二人の学生が話していた。
一人は大雑把そうな金髪のギザギザ頭で耳にピアスをつけた学生でもう一人は神経質そうな黒髪にメガネを掛けた学生だった。
金髪はテーブルにもたれかかり、黒髪メガネは本を読んでいた。
「そういやぁよぉ、レイン」
レインと呼ばれた黒髪の少年が本を置き、反応をする。
「なんだ? ロイド」
「聞いたか? 例の魔族の話」
「あぁ、聞いたよ…。絶滅していなかったんだな…」
「おかげで連日、調査の手伝いが舞い込む始末…。ホント勘弁してほしいぜ…。討伐されたんなら、もういいじゃねえかよ…」
「全くだな。それに討伐の報告者があの元Sランク冒険者のエリオ氏という話だ。信憑性はあると見ていいだろう」
「だろ? でも上は『何か良からぬことの前兆かもしれん。討伐された周辺地域の調査してくれ』だってよ。はぁぁ…面倒くせぇ……」
「討伐地点の調査に区切りがついたら、私たちはエリオ氏に直接話を聞きに行こう」
「そりゃあいいな。調査の方は教師にでも任しときゃあいいだろ」
「貴方たち」
「あん?」
二人が声のした方を見ると黒いローブを身に纏った炎のような赤髪にやや切れ長の赤眼をした自分たちよりも三つか四つほど年下と思われる少女が二人を睨んでいた。
「図書館では静かにお願いします。他の人の迷惑にもなりますから」
「あぁ、すまない。これからは気をつけるよ」
それを聞き、少女は踵を返して、図書館の外へと歩いて行った。
「なんだぁ? あのガキ? 制服じゃねえし、うちの生徒じゃねえよな? てかあのローブの紋章……どっかで見たような…」
少女が身に纏うローブ。裏地が赤く、金色で縁取られ、全体を銀糸で装飾された真っ黒のローブ。そして背中側、肩甲骨の辺りに金色で縁取られた白い六角形があり、そこに銀の糸で大きな盾と重なるように長剣が斜めにあしらわれており、剣の上に重なるように赤い糸で炎が描かれていた。
その背中の紋章を見て、レインがボソッと呟く。
「…学院長のお孫さんだ」
「マジ!? アイツがそうか」
「炎神の孫にして稀代の天才魔法師、ナディア・F・グロリオーサだ。今年の総代は彼女で決まりだろうな」
「ハハッ、今年の受験生には同情するね。そんなバケモンの近くなんて自信無くすだろ?」
レインがナディアを恨みのこもった目で睨みつけているのにナディアの後ろ姿を夢中で眺めているロイドは気づかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シリウスがハリオットの家で世話になり始めてから三週間近くが経過した。
「シリウス君、そろそろ試験だけど、大丈夫そう?」
日課になった魔法の練習が終わり、後片付けをしている時にアリスが切り出してくる。
「えぇ、問題はありませんよ。魔族からのダメージもとっくに完治しましたしね。俺は明日にでも王都へ出発する予定です。なので明日からは一人ですが、頑張ってくださいね」
少し思い詰めたような表情を浮かべるアリス。
「うん…、私も頑張る。シリウス君も絶対合格してね」
「…えぇ、もちろんです」
そう言ってアリスはする自分の部屋へと戻っていく。その後ろ姿を見送ることしかシリウスにはできなかった。
翌朝、王都に向かうため、ミネルーガが馬車で迎えに来てくれた。
「では、シリウス君、頑張ってくるんだぞ」
ハリオットの屋敷にいる全員が見送りに来た。
「はい! ではまた数日後に会いましょう」
「うむ、ではミネルーガ。シリウス君を頼んだぞ」
「お任せください、ハリオット様」
俯いていたアリスが顔を上げてシリウスに話しかける。
「シリウス君……絶対受かってね」
「えぇ、必ず受かってみせますよ。アリス様」
それだけ言うとアリスはまた俯いてしまった。周りの大人たちもなんとかしろと言わんばかりにジークを見ている。
居心地の悪さを感じつつ、アリスの機嫌を伺いながら恐る恐る話しかける。
「アリス様、またすぐに会えます。すぐに戻ってきますから。ね?」
それでも顔を上げないアリスにシリウスは少しずつ困り始めていた。
「じゃあ、なんでも一つ言うことを聞きますから。それで許してはいただけません?」
「…じゃあ、その言葉遣いと様付けをやめて…」
アリスの言葉を聞いてシリウスはハッとした。
考えてみれば、長い間、塞ぎ込み、引き篭もり、友人がいなかったアリスにとっては漸くできた年の近い友達。シリウスはなんとも思っていなくても、距離を感じて仕方なかっただろう。
「……ハハッ、アリス様。二つになってますよ」
「えっ? あっ! じゃあ…えっと…」
今度は頭を抱えて悩み出した。
ああでもない、こうでもない、と指を折りながら、考えている姿に思わず笑みが溢れてしまう。
(本当に愉快な人だ…)
「今回だけ特別だ。改めてよろしくな、アリス」
アリスはバッと顔を上げて、シリウスの方を見る。
「うん、改めてよろしくね。シリウス君」
少し涙を滲ませながら笑顔を浮かべるアリス。
「じゃあ改めていってきます」
「うん、いってらっしゃい」
全員に見守られながら、ミネルーガの馬車に乗り込む。程なくして、馬車は街の外を目指して進み始める。お互いが見えなくなるまで手を振り続けた。
「それでミネルーガさん、王都までどれくらいのかかりますか?」
「早ければ二日ほどで着きますよ。一日は何処かで野宿することになりますが、中継地点もありますし、他の馬車も停泊するので、まず安全に行けると思いますよ。でも、何かあったらお願いしますね。私とても非力で弱いですから」
「ハハッ、威張って言うことじゃないでしょ、それは。でも、何かあれば任してくださいよ」
「頼りにしてますよ」
ミネルーガはシリウスにニッと笑顔を見せて前を向く。シリウスも元の位置に戻り、魔法の本を読み始める。
一度、昼食を取った後、ぶっ続けで読み続けていると日が沈みかけていた。読書にひと段落つけ、一息つくと外が騒がしいことに気づく。
「何かあったんですか?」
「えっ? いえ、特に何かあったわけじゃないんですが、この辺りに魔族が現れたでしょ? 何か原因があるんじゃないかとギルドや魔法学院が調査に乗り出しているんですよ。森のほぼ全部を国の依頼でね」
(思ったより大事になっているな。まぁ当然か…)
「シリウス君が倒したんですよね、その魔族」
シリウスはミネルーガの顔を見て、思わず驚いた表情を浮かべてしまう。現にシリウスとアリスの参加は非公開の情報で一部の人間しか知らないからだ。
なんで知ってるのかを聞こうと口を開こうとするとミネルーガの方から答えを教えてくれた。
「ハリオット様が誇らしげに話してましたよ。自分の娘も頑張ったんだってね」
「えぇ…」
まさかの知っている人物がバラしていた。口止めされていたはずだが、友人ということで口が滑ったんだろうか。
少し呆れた表情のシリウスに気付かず、ミネルーガは少し楽しそうに話し続ける。
「どうでした? やっぱり強かったですか?」
「え…えぇ、それはとても。俺一人では危なかったかもしれませんね」
実際はどうなったかわからない。シリウスは中級以下の魔法しか使っていない上に、環境や周辺の被害を度外視にすればだが、シリウスには魔族を消し飛ばせる奥の手もあった。
そこら辺を考慮すれば、深手は負うかもしれないが、シリウスが死ぬことはほとんどないとも言える。
「ほほう…、君がそこまで言うほどの相手だったんですね。グリフォンと比べてどうでした?」
ミネルーガの質問に少し考えてから答える。
「あのグリフォンも中々強かったですが、レベルが違う感じですかね」
「それはそれは、私程度では想像もできないような怪物だったんでしょうね」
ミネルーガと話していると少し離れたところに馬車が複数台止まっていた。
「おっと、シリウス君。今日はここに泊まりましょう。他の馬車や近くを調査していた冒険者たちもここで休んでいるみたいですし、おそらくは安全ですよ」
断言しない辺りに本人の性格を感じる。馬車を停めて、近くに馬を移動させて、荷台の中から干し草を取り出して馬に与える。
「さて、私たちも食事としましょうか」
そう言って荷台から携帯食料と水を取り出し、シリウスに手渡す。シリウスが受け取ると自分の分を取り出してドカッと座る。
「味と口当たりはイマイチですが、栄養と腹持ちはいいですよ。私はあんまり好きではないですがね」
ミネルーガはそう言って袋を開けて食べ始める。シリウスも習って袋を開けて齧り付く。口に入れた瞬間、ミネルーガの言っていたことがわかった気がする。
携帯食料は長持ちさせるためか乾燥しており、パサパサしている上、味もほとんどない。おそらくは食べて腹の中に入れた後に水を飲むことで、この携帯食料が水を含み、膨らむことで腹持ちを良くしているのだろう。
「ね? あんまり美味しくないでしょ? 私は料理がからっきしでしてね。ハリオット様と一緒に王都に行く時以外はこれを食べているんですよ」
冒険の非常食にはいいだろうけど、常食としてはあまり食べたくはない。そんな味だった。その後は食事を楽しむこともなく、すぐに終わらせて、シリウスは馬車に入って眠りにつく。
翌朝、周りの騒がしさに目が覚める。外に出てみると周囲の全員が出発の準備を整えていた。
「おや、シリウス君起きましたか?」
「あっ、おはようございます。みなさん朝が早いですね」
「えぇ、ここは整備されているとはいえ危険もありますからね。早く街に着きたいんですよ。我々も行きましょうか。馬車の準備も終わりましたし」
「すみません。お願いします」
「えぇ、大体今日の夕方までには着くと思うのでくつろいでいてください」
それを聞き、シリウスは馬車の中に戻り、影から一つの本を取り出した。それはハリオットが取り寄せてくれた教科書だった。
二日間の試験は大きく分けると実技と学科だ。受験生が多い場合は二組に分かれて別々に試験を行われるが、基本的には一日目に適性検査や的当て、試験官との対決といった実技を行い、二日目に魔法理論【基礎】、魔法理論【応用】、歴史、数学、言語の五つの試験を受けることになる。現在、シリウスは言語の勉強中だ。
(魔法基礎や理論はわかる。が、言語は文から抜き出す問題や作文などがあって、とてもややこしいらしい。数学は昔に教わったし、アリスとも勉強してかなり上達した。歴史はそもそもこの国の成り立ちを全く知らない。……マズくね?)
早くも暗雲が立ち込めてきたような気分になってしまう。う〜んと唸っているとミネルーガが心配したのか声をかけてきた。
「シリウス君、大丈夫ですか?」
「えっ? あっ大丈夫ですよ。学科の試験の方が自信がなくて」
「ああ、なるほど、そう言うわけでしたか。それは自分で頑張るしかありませんね」
「ですよね……。まぁ試験までまだ時間がありますし、頑張りますよ」
「えぇ、頑張ってください」
そう言ってシリウスは再び本に没頭していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──くん、シリウス君」
「えっ?」
誰かに呼ばれた気がして顔を上げるとミネルーガがシリウスの顔を覗き込んでいた。
「おっ、やっと気がついたね。集中していたのかな?」
「何かありました?」
「外を見てごらん」
言われた通りシリウスが外を見ると大きな門が鎮座していた。そこへと向かう長蛇の列があった。
「王都に入る際は例外を除いて、基本的にはあのような調査、確認が行われるんですよ」
(さすがは王都、街に入るだけでここまでのことをするとは…)
シリウスが驚いて列を見ていると馬車がドンドン列から離れていく。
「…並ばないんですか?」
「貴族御用達の商人や商会は貴族向けの入り口から入れるんですよ。私はハリオス様に御贔屓にしてもらっているんであっちから入れます。
所謂、裏口というやつです」
入り口の大きな門とは違う門があった。大きさは表口よりは小さいものの豪華というに相応しい出立ちをしていた。
馬車が門の手前に着くと騎士が近づいてきた。
「家紋と荷物の確認を致します」
そう言われ、ミネルーガは懐から模様の描かれたコインのようなものを取り出して騎士に見せる。
「シンフォニア家の家紋ですね。確認致しました。次に荷台の確認をさせてください」
「えぇ、どうぞ」
騎士が荷台を覗き込む、シリウスと目が合った。
「この少年は? ミネルーガ殿の御子息で?」
「いえいえ、ハリオット様の客人ですよ。魔法学院に試験を受けるので連れていって欲しいとハリオット様に頼まれましてね」
騎士とシリウスの目が再び合う。品定めをするかのように見られて居心地が悪くなる。お気に召したのか、ニヤリと笑う。
「ほほう、それはそれは、とても将来有望ですな。では、確認致しましたのでお入りください。
少年も試験頑張るんだぞ」
騎士に見送られながら馬車は門を潜る。
門の先には見たことのないほどの人と大きな建物と密集具合。そして何より目を引くのは街の中心に聳え立つ大きなお城。物語や話の中でしか見聞きしたことのない光景にシリウスは思わず見惚れてしまう。
「ここが王都『バルムトロス』。この国の中心都市だよ」
ミネルーガの話を他所に馬車を降りてキョロキョロして動き回るシリウス。その光景に微笑ましげに見つめるミネルーガ。
そんなミネルーガに気付いて戻ってきて早々に謝った。
「すみません。少し浮かれてしまいまして」
申し訳なさそうにするシリウスにフフッと笑ってしまう。
「君もまだ子供だって再認識させられたよ」
子供らしい一面を見ていると恐ろしい魔物を討伐する力があるようには到底見えなかった。
「今日は観光してくるといいよ。試験は明後日だ。それまでに準備を整えるといいよ」
シリウスが乗ると馬車が再び動き出す。
「どこに向かってるんですか?」
「先に宿に向かおうと思ってね。私はこの後仕事があるから観光に付き合ってあげられないからねぇ」
馬車に揺られながら外を見ていると少し開けた場所に出た。そしてその中心には五つの若い男女の石像が立っていた。
前には椅子に座った女性の魔法師が二人。
片方は髪を肩くらいで切り揃え、メガネをかけ、フードの付いたローブを身につけて、魔石が四本の爪で留められた杖を前で抱いていた。
もう片方は髪を肩甲骨くらいまで伸ばし、少し背の低めで地面に引きずってそうな長いローブを身につけており、メガネの魔法師の腕に抱きつき、満面の笑みを浮かべていた。
そのためなのか、メガネの魔法師の方は少しむすっとしたような呆れたような顔をしていた。
そしてその後ろには三人の男性の魔法師が立っていた。
真ん中の魔法師はローブを身につけ、手には先端に行くほどに細くなり、上部に魔石が埋め込まれた杖を持ち、堂々と立っていた。目つきは柔らかで如何にも好青年という風貌だった。
左側に腕を組んで立っている魔法師は三人の中で背が一番高く、一言で言えば筋骨隆々な見た目をしていた。ローブも身につけておらず、ぱっと見では戦士に見える風貌をしていたが、手には小さな杖が握られていたので一応魔法師ではあるのだろう。
そして一番右に立っている魔法師。身長は真ん中と比べるとやや高く、片手はメガネの魔法師の椅子の背に置かれていた。ローブは着ておらず、もう片方の手に下げられていた。ローブにはエンブレムが刻まれていたが、広がってなかったから一部しか見えなかった。
「何か面白いものでも見つけましたか?」
シリウスが石像を眺めているとミネルーガが不思議に思ったのか、話しかけてきた。
シリウスは石像を指差すとミネルーガはあぁ、と合点がいったように頷いた。
「シリウス君は初めてですね。あれは魔王討伐や防衛戦で英雄と呼ばれた五人の石像ですよ。全員が『神』の称号を持っていたので『五神』と呼ばれています」
「あれが……」
──戦ってみたい。
そう思考すると自然と笑みが溢れる。が、すぐに思考を端に追いやり、石像が見えなくなるまで眺めていた。
馬車に揺られながら、ぼーっとしていると馬車は止まり、大きな木造の建物の前に止まった。
「ここが宿だよ。道に迷わないようにこの場所を覚えておくといいよ。それじゃあ、チェックインを先にしておこう」
ミネルーガに連れられて宿の中に入ると今の時間は外にいるのか、中はほとんど誰もいなかった。
「いらっしゃいませ〜」
カウンターから間延びしたような声で宿のお姉さんが迎えてくれた。
「彼一人分四泊で頼む」
「は〜い、かしこまりました。四泊で銅貨二十枚です」
「これで頼む」
ミネルーガは懐から袋を取り出し、カウンターに銅貨置く。
「……はい、確かに」
お姉さんは銅貨を数えて確認し、銅貨を仕舞い、すぐにシリウスの方を向き、対応する。
「じゃあ坊や、部屋に案内するから着いてきてくれる?」
「あ、はい」
子供扱いを受けるのは久しぶりだったため、戸惑いが出てしまう。
「じゃあ、シリウス君。私はもう仕事場に向かうから、後は自由にしてくださいね」
「ありがとうございました。ミネルーガさん」
ミネルーガは頷きながら馬車に乗って仕事場に向かった。ミネルーガを見送り、改めて宿のお姉さんの後を着いていく。
階段を登り、一番奥の部屋に案内される。
「ここが君の部屋よ。部屋の中のものは自由に使っていいからね〜。食事の時間は特に決まってはいないから、自由に来たらいいわよ。
困ったことがあれば受付まで来てね〜」
はいこれ、と鍵をシリウスに手渡し、手を振りながら、階段を降りていく。
シリウスも部屋を軽く見てから鍵を閉めて階段を降りていき、外に向かう。
外に出たシリウスはキョロキョロしながら、王都の探索を始める。
(あっ、いい匂い)
匂いの方を見ると屋台がたくさん並んでいた。祭りがあるとは聞いていなかったので不思議に思ったが、串焼きを三本程買い、食べながら進む。
(アレは道具店? 何をやってるんだ?)
見ると雑貨屋みたいな店に大勢の人が押し寄せていてごった返していた。
(あんな店どこにでもあるだろうに、王都ってのは奇妙なところだな)
串をゴミ箱に捨てて、適当に歩いているとさっきの道具屋とは違う道具屋に目を惹かれた。
さっきの店とは違い、閑古鳥が鳴いているが、中には魔法に使用する杖や魔法道具や素材、果てには実験用の動物まで売られていた。シリウスは気になって店のドアに手を掛ける。
「ん? あぁ、いらっしゃい」
中に入ると片眼鏡をつけた白髪混じりの茶髪の眠そうなお婆さんが店番をしていた。
シリウスは軽く頭を下げ、店の棚を見て回る。
(あまり上等な杖はなさそうだな。それに棚も所々商品がない)
どちらかといえば、余り物を集めたような雰囲気を感じた。
「なんだい、お気に召す商品がないのかい?」
う〜んと商品棚の前で唸っていると突然横から話しかけられ、ビックリして飛び退いてしまう。
(気配を感じなかった!? なんだこのばあさんは!)
「なんだいアンタ、猫みたいな反応をするじゃないか」
「猫って……。……なんでこんな低ランクの杖ばかりを置いてるんですか? それに街も活気付いてるというか、ごった返してるというか…」
シリウスは反応に困りながらも店内を見て回っている時に感じた違和感と街の様子について聞いてみる。
「あぁ、それはねぇ、近いうちに魔法学院の入試があるだろ? 国中から魔法師の卵たちがやってくる。親も一緒にね。親は絶対に合格して欲しいから、少しでもいい道具を持たせてやるのさ。だから、杖も余りものしか残ってないし、色んな人間が来るもんだから、稼ぎ時だって、屋台を出しているから、表じゃお祭り騒ぎってわけさ」
商品がない理由にも街中がお祭り騒ぎな理由にも合点がいった。どうやら入試は王都にとっても一大イベントらしい。
「この辺じゃ見ない顔だけど、アンタも入試に来た口かい? 残念ながらウチにはもう上等な杖は置いてないよ。余所に行きな」
「いえ、気になったから見に入っただけなので、それに杖なんか必要ありませんよ」
シリウスの言葉にお婆さんは目を光らせる。
「ほう? アンタ、素人かい? 魔法師にとって杖がどれ程重要かわかってないんじゃないかい?」
「魔法の威力増強に魔力と魔法陣の保存。確かに杖は魔法師にとっては重要です。ですが、俺にとって魔法を一つの手段。数ある武器の一つなんですよ」
「なんだって?」
「威力増強なら杖に近い性質の武器も持ってますし、それに杖は詠唱魔法の手数の補助として使われていますが、俺はもうそんな低いランクで遊んではいませんしね」
シリウスは一区切りを置き、それに、と続ける。
「魔法は手札の一つで、その上、杖を使う必要もない。それなら持っている理由はないですからね。それに使わないなら荷物になるだけで邪魔ですし」
お婆さんは驚いたように目を見開き、すぐに優しい目つきに変わる。
『俺にとっては魔法は唯の手段の一つ。それ一本でやる気はねぇし、手が塞がって邪魔になるから杖はいらねぇ』
──重なる……。アイツと……。
シリウスが店に入ってきた時から感じていた、今はもう会えない旧友と似た気配。お婆さんは目頭が熱くなるのを感じ、片眼鏡を外して目頭を抑える。
「……アンタ、本当に面白いね…。この国の魔法師の大半を低ランクって言ってるようなもんだよ。ハハッ…なんだか懐かしい気分になるよ…」
片眼鏡を掛け直し、思い出に浸っているのか、お婆さんが少し遠い目をしている。シリウスは少し心配しつつ、チラッと店の外を見るともう空が赤くなっていたことに気づく。
「あ、お婆さん。俺そろそろ宿に戻りますね」
シリウスは慌てて店の外に飛び出すと、走って元来た道を戻っていく。お婆さんも店の前へと出て、シリウスを見送る。
「ハハッ、忙しないところまでそっくりだよ……。……ねぇ、アンタは一体今どこで何をしてるんだい? ……ヘリオス…」
夕日に照らされ、銀色の髪を赤く染めながら、遠ざかっていく後ろ姿をお婆さんは見送る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王都に着いてから二日が経った。いよいよ試験が始まる。試験の会場は魔法学院にあり、中で先に受付を済ませる必要がある。
周りの受験生は小綺麗な格好から見窄らしい格好まで様々いるが、一部を除いて、一律として全員ローブかケープを身に纏っていた。
(受験番号は1039番か…。多分俺が最後の番号だと思うが、合格者数が100人程に対して多すぎるな。とりあえず受験してみるみたいな記念受験もいるかもだが…)
その一部であるシリウスが周りを見渡しながら、のんびりと歩いていると前に長い列があった。
(うわっ…やっぱり多いな。この列を並ぶのかぁ……)
考えていても仕方ないので並ぶことにした。
(でも、周りにあまり強そうな奴はいねぇなぁ…ん?)
周りを見ているとフードを深く被り、剣を腰に携えた受験生が目に止まる。顔はほとんど見えず、性別の判別はできないが、腰の剣は年季の入ってはいるが良い剣だった。その上……。
(あの子、魔力の質がいい…。…でもなんだ? あの魔力の滞り方…。……適性に合わない魔法を使い続けてるからか? …もったいないな)
すぐに目線を前に直し、ボーっとしていると前から炎のような赤髪赤眼の少女が歩いてきた。恐らく受付が終わり、試験場に向かっているんだろう。
シリウスは目を驚きのあまり見開いてしまった。確かに目を惹かれる容姿をしているが、決してその子がかわいくて見惚れたからではない。その子の魔力の流れ、量、質のどれをとってもお手本とも言えるような美しさや力強さがあった。
(…血統か? それにしても洗礼されている…。余程の鍛錬を積んだんだろうな)
すぐに前に向き直り、昨日までに勉強した内容を頭の中に巡らせる。
(よし、ちゃんと覚え「…ぇ」いる。筆記試験受かる「…!」いいんだが…)
「ねぇ!」
突然、横から大声が聞こえ、ビクッとして声の方を見るとさっきの赤髪赤眼の少女がシリウスを睨んでいた。
「な、なにか?」
「さっきから呼んでるのになんで返事もしないわけ?」
怒った口調で問いただしてくる少女にシリウスは困惑しながらも謝罪をする。
「筆記試験の内容で頭がいっぱいだったんだ。全く気付かなかった。すまない、許してくれ」
「ふ〜ん、まあいいわ」
「で、俺に何か用でも?」
「貴方、名前は?」
「えっ?」
ろくに話したことのない女の子から名前を聞かれて何が起きたのかわからずに呆けてしまう。
「何よまた聞こえなかったの? 貴方の名前よ、な・ま・え」
答えないと長くなりそうな雰囲気が出ている。これだけ騒げば当然だが、周りに見られ始めている。
「聞こえてるけど…まぁいいか、俺はシリウスっていいます。…えっと、君は?」
「私はナディア。ナディア・F・グロリオーサよ。貴方の家名は?」
「俺の家名? あぁ苗字か…。アル…」
「次の方、どうぞ」
「えっ?」
列を見ると前に人はほとんどおらず、どうやらシリウスが呼ばれていたらしい。
「話はまた今度。すみません、すぐ行きます!」
「えっ? ちょっと…」
シリウスは受付まで走る。引き止めようとしたナディアの手が空を切り、行き場を失う。もういいと言わんばかりにナディアは振り向き、試験場へと向かった。
ありがとうございました。