魔法指導 II 《実戦編》
お久しぶりです
物語には関係はあまりないですが、ハリオスの名前がハリオットに変更されています。
三日後
(魔力操作もスムーズになってきているな。おそらくはこの授業以外の場でも練習に励んでいるんだろうな)
シリウスは目の前で魔力の循環と集中を繰り返しているアリスを見てそう思う。立ち上がり、魔力の操作中のアリスに近づき、話しかける。
「すごい上達スピードですね。もう魔法の練習に入ってもいいかもしれませんよ」
「ほんと? やぁっったぁぁぁー!」
オーバーに喜ぶアリスを見て、改めて教えた甲斐があったと思う。
「ですが、魔力操作の練習をお忘れ無く。基礎は反復練習が重要ですから」
「わかってるわよ! で、どの魔法の練習から入るの?」
ウキウキしてるのだろう。興奮が伝わってくる。が、まずすべきことは…。
「前にも言いましたが、魔法はイメージです。どのような形、威力、どこを目掛けるか、そしてどうなるか。基本的にはこれらを即座に頭で描く。これが魔法の一連の動きです。
どの魔法を使うかのイメージが陣を作り、魔法を現実に持ってくるのです。ですから最初が肝心です。一度、完全に発動させてしまえば、後は思い浮かべるだけで陣が完成します。
詠唱魔法はこれらを言葉で表しているため、全く感覚が異なると思いますが、頑張ってください」
アリスは少し首を捻って考えている。
「つまり、魔法のイメージが完成するまでが大変ってこと?」
「簡単に言えば、その通りですね。例えば、完成された魔法を見せてもらって覚えて使うのと同じ魔法を自分で一から理解して使うのとでは全く難易度が異なります。初心者が自分で一から考えて魔法を作るなんてもっての外です」
「じゃあ、どうすれば……」
「この本を読んでください」
シリウスはアリスに年季の入った本を手渡す。風魔法と表紙に書かれた古い本にアリスは苦手意識を隠せない。
「何…これ? 私、本読むの苦手なんだけど…」
「それは魔法が込められた本です。騙されたと思って一ページ目を開いてみてください」
そう言われて、渋々アリスは本を開く。ページを開くと魔法の効果や魔法陣が詳細に文字に起こされていた。
それだけ見ると本を読むのを忌避する人には苦痛に感じるだろう。現にアリスも顔を歪めていた。
「アリス様、本に魔力を込めてみてください」
「…えっ? わ、わかったわ。……えっ? 何これ?」
魔力を込めると文字の配列が変わり、一つの絵のような形になった。そして、絵が動き出し、適切な魔法の形、魔法陣の形と意味、動作を絵が動いて見せてくれるから、初めて見る魔法でもイメージしやすい。
「これには魔法の詳細な動きが記録されてます。どのような形で、どのような用途で扱うのかまで詳細にね。あと魔力の供給をやめれば、元の文字配列に戻りますよ」
そう聞くとアリスは魔力を止めてしばらく待つと徐々に文字が元の位置に戻っていく。それを見てアリスは目を輝かせる。
「すごいわ! 誰が描いたのかは知らないけど天才ね! …あれ?」
本を持ってはしゃぐアリス。しかし、ページを捲ると違和感があった。
「あれ? 次のページが描かれていない? どういうこと?」
次々にページを捲っていくアリス。しかし、最初のページ以外全てが白紙だった…。首を傾げ、紙を太陽で透かし始め、挙げ句の果てには水を探し始めた。
その様子を見てシリウスも思わず笑ってしまったが、流石に水につけようとするのだけは止めた。
「それは条件を満たさなければ、次のページは浮かび上がってこないようにできてるんですよ」
「どうして?」
「魔法に慣れていない者や実力のない者がいきなり特級を扱えないようにするためですよ。危険ですからね」
「たしかに…」
「その本は差し上げます。ゆっくりでいいので、風魔法をマスターしてくださいね」
「え? いいの? こんなに貴重なものを…」
「俺には無用の長物です。それに倉庫の中で眠っているよりも使ってくれる人のところに行く方が本も喜びますから」
「…ありがとう、大切にするね」
アリスは本を大切に胸に抱きながら感謝をする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やぁ、シリウス君。アリスの調子はどうだい?」
アリスとの授業を終え、部屋に戻ろうとしていると、後ろからハリオットが声をかけてきた。
「えぇ、とても順調ですよ。何より彼女はとても筋がいいので教えていて楽しいですね」
「ほほぅ、そうかそうか。君ほどの人物に言われるんだ。アリスもさぞ嬉しいだろう」
ハリオットは満足そうに頷く。娘が褒められるのが嬉しいのだろう。
「おっと本題を忘れるところだった」
「…? えぇっと、何かありましたっけ?」
「あぁ、願書と推薦書は無事に学園に届けたとミネルーガから知らせがあった。そして試験は大体三週間後だ。二日間に分けて実施される。それまでにできる準備はしておきなさい」
「わざわざ、ありがとうございます」
「試験会場のある王都へは早くても二日は掛かると思ったほうがいいだろう。道中何が起こるかはわからんから、早めに王都についている方がいいだろう。しばらくは向こうで過ごせばいいだろうしな」
「色々とすみません。本当に助かります」
「君には恩もあるが、何より期待してるんだ。君なら神の称号も夢ではないとね」
魔法師は強さによってランク分けがされており、通常のランクがA〜Eで分けられている。そして更にA以上と認められた場合に限り、更に上の称号を得ることができる。称号は王, 皇, 帝, 神と分けられており、神の称号を得た人物は歴史上でも十人にも満たないほどである。
「では、その期待に応えれるように頑張ります」
「うむ、励んでくれたまえよ」
シリウスの肩に手でポンと叩き、ハリオットは自分の書斎の方に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シリウスがハリオットの家で世話になってから、一週間が経った頃、いつも通りアリスと魔法の練習をしていた時に似た服装をした数人の人物が屋敷に訪ねてきた。
「ん? なんだあの集団は?」
「え? あ〜、彼らはギルドの役員よ。でもおかしいね…。うちに来ることなんか滅多にないんだけど…」
やはり少し珍しいことなのか、アリスも首を傾げている。
「何かあったら、ハリオット様が教えてくれるでしょう。魔法の練習に戻りましょうか」
「そうね、そろそろ《ウインド・カッター》が完成しそうなのよ」
「かなり早いですね。もう中級に入ってるとは…」
「初級は少なかったからね。中級はまだ一つしか習得できてないよ」
アリスの言葉を聞きながら、頭に浮かんだ一つの案を持ちかける。
「的当てや読書ばかりでは飽きてきたでしょう。一度、気分転換として模擬戦でもしてみませんか? 状況が変われば、何か見えてくるかもしれませんしね」
そう言いながら、シリウスは上の服を脱いでシャツになる。ついでに腕輪も外して両方を影に放り込む。
「確かに……。でもいいの? 私結構強くなってるよ?」
「望むところです。アリス様は使えるものを全部使ってください。俺は初級と魔力操作のみでやりますよ」
シリウスは準備運動がてら、軽く身体を伸ばす。笑みを浮かべているシリウスに対してアリスの眉間には皺が寄ってきている。
「ハンデのつもり?」
少しムッとした様子で聞いてくる。
「戦闘は俺の方がかなり強いですし、魔法も一日の長がありますからね。フェアに行こうという気持ちですよ。勝敗ですが、攻撃を三回当てられたら負けでどうでしょう?」
「それでいいよ、でもどうやって判断するの?」
「確かに自己申告ならいくらでも誤魔化せますし、怪我をするかもしれませんからね。……では、これを使いましょう」
シリウスは影からナイフと皿を取り出す。それを見てアリスは首を傾げる。
「なにこれ? 食事でもするの?」
「これ単体では意味がありません。このナイフは指先を少し切って血を出すために使います」
なにを言っているのか理解できていないアリスは未だにクエスチョンを浮かべている。
「まぁ見ていてください」
ナイフで指先を傷つけて、血を三〜四滴ほど皿に垂らす。その上に手を翳す。
「《アイス・ドール》」
シリウスの魔力が冷気を帯び、皿の上に氷の人形が現れる。更に人形に手を翳し、魔力を込める。
「《サクリファイス》」
呪文に呼応するように、魔力が吸い込まれていき、人形が光を放つ。光はすぐに収まり、元の氷人形が鎮座していた。
「これで俺の身代わり人形が完成しました。これをアリス様の分も作ります。…アリス様?」
反応のないアリスに不思議に思い、声を掛ける。
「なっ、な、なによこれぇぇ!!!」
シリウスはあまりの声量に耳を塞いでしまう。
「アリス様? どうしましたか?」
耳が痛いと思いつつ、アリスに声を掛ける。
「なにこの魔法。今まで見たことも聞いたこともないよ! なにをしたの!!」
「アリス様、質問は一つずつにしてください。まずこれは人形を用いた魔法で、簡単に言えばゴーレムの一種です。今回は身代わり人形としてのみ使うので魔力消費も少ない上に動きませんが、これに更に戦闘機能を追加することも可能です。
ゴーレムには魔石を核にすることが一般的ですが、コイツは血を媒介に魔力を込めることで効果を発揮します。俺が外殻を作るのでアリス様は血と魔力をお願いします」
「…わかったわ」
納得がいっていない様子だが、制作してくれるようだ。後で問い詰められそうだが……。
「えっと……こう?」
軽くナイフで指先を切り、皿に血を垂らす。
「そうです、そんな感じです。じゃあ、《アイス・ドール》」
アリスの方の皿に氷人形が作り出される。
「アリス様、魔力を込めてください」
「わ、わかったわ」
人形に手を翳し、魔力を込める。最初の頃に比べたら断然スムーズに魔力を込めているアリスにシリウスは舌を巻く。
「そんな感じです。では、ご一緒に」
翳されているアリスの手に手を添えて魔法を使う。
「「《サクリファイス》」」
アリスが込めた魔力が人形に吸い込まれていき、人形が光を発するが、すぐに収まった。
「完成しましたね。この人形は今回の設定だと三回まで攻撃を肩代わりしてくれます。三回を超えると崩壊しますからね。ダメージを喰らわないからといって油断しないでくださいね」
人形が余波で壊れないように周りに結界を張って少し離れる。
「わかったわ、こっちは準備完了よ」
アリスと向き合うとやる気満々で次の瞬間には襲ってきてもおかしくないほどだ。
「いつでもどうぞ」
その言葉を合図にアリスが杖をシリウスに向けて、魔力を込め、魔法陣を展開する。だが、それよりも早くシリウスはアリスの懐に潜り込んでいた。
「なっ!?」
「展開まで早くなりましたが、次手の構築はまだまだですね」
アリスは腹に手を添えられた感覚だけがわかった。
「《スタン》」
左手から発せられた微弱な電気がアリスの中に一気に流れ込み、体が硬直してしまう。
(これは!? ダメ、体が言うことを聞かない!)
「まずは一回ですね」
麻痺によって体が動かないアリスに魔力を帯びた掌底が腹に撃ち込まれる。体の軽いアリスは吹っ飛び、二、三転して地面に倒れ込む。魔力は電気を帯びていたために更に体が痺れて言うことを聞かないはずだが、アリスはゆっくりと立ち上がり杖を構える。シリウスはそれを見て一気に間合いを詰める。
「《ウインド》」
(ッ!? 魔力を込める動作がなかった……。…杖か!!)
杖には魔石が組み込まれており、魔石に魔力と魔法陣をキープすることができる。
アリスは初手の魔法を掌底の直前にキープすることでシリウスの不意を突く。不意を突かれた上の突風にシリウスは吹き飛ばされるが、体勢を崩さずに着地し、着地と同時に突っ込む。
吹き飛ばすことによって、生じた僅かな隙を逃さずにアリスは別の魔法を展開する。
「《トルネイヴ》」
突如生じた目の前の風の壁に驚きつつも即座に魔法を放つ。
「《エレクトル》」
正面からくる竜巻に電気をぶつけることで相殺する。竜巻も電気も霧散する。
「なんっで! 間に合うのよ!!」
雷属性の魔法の優点。それは準備から発動までの時間が極端に短いこと。後出しでも攻撃に対応できる俊敏性こそが他の魔法より遥かに優れた点。風魔法も発動までの時間は短いが、それでも雷には敵わない。
「《サンダーボルト》」
アリスの真上から雷が落ちてくる。
「くっ!」
「焦りが見えますよ。一度落ち着いてはどうですか? 《サンダーボルト》」
上から降ってくる雷を避けるのに必死でそれどころではない。杖に魔力を込めてはいるが、陣を展開する余裕がない。
雷が止んだと思うとシリウス本人が突っ込んでくる。
「くっ! 《エアロ》」
アリスよりも大きな空気の塊がシリウスの雷を纏った拳を防ぐ。
「ッ! 知ってるのか?」
「えっ?」
空気は絶縁体。電気を通さない。それが圧縮されて塊となっているなら尚更だろう。
「まぁいい…、ぶち抜いてやる」
さっき以上の電気を拳に纏い、空気の塊に放つ。空気は絶縁体。とはいえ、一定以上の電圧という負荷が掛かれば裂けるし、電気に対して絶対の防御を誇るというわけではない。
塊に対して雷を拳に纏って打ち込む。バチチッと音を立てて雷が炸裂し、空気の塊を裂いても尚、拳は止まることはなく、アリスを目掛けて進む。
「シリウスくんなら破ると思ってたよ。《エアロ・ボム》」
「!?」
目の前にさっきのより遥かに小さい空気の塊が七個程浮いている。手刀で四個程を割くことができたが、残りはレンジ外にあったため、手が届かない。シリウスから見て一番奥の空気弾が破裂する。それにより残りの二つが爆風に乗って向かって来る。シリウスが左手を伸ばすのよりも早く空気弾が破裂、爆散し、シリウスにダメージを与える。
「やった! ついに当たったわ」
「二発ですね…」
シリウス本人は埃で汚れてはいたが、全くの無傷だった。が、氷人形を見ると、より空気弾に近かった左手がへし折れて無くなり、顔の左側から太もものあたりにかけて大きなヒビが入っていた。
「あれは俺のダメージを肩代わりした結果ですね。悲惨なことになってますね」
それに釣られてアリスも氷人形を見る。腹のあたりに丸い穴とその周りにヒビが入っていた。あれを喰らっていた思うとゾッとする。
「これで、ダメージが入らないことはわかったでしょう。遠慮せず何発でも撃ち込んでくださいね」
そう言い終わると同時にシリウスは真っ直ぐに突っ込んでいく。
(えっ? 後一発だけで負けるのになんで真っ正面から? だったら望み通り何発でも撃ち込んでやる!)
杖を構えて魔法陣を展開し、竜巻を複数展開してシリウスの行動範囲を狭める。
(俺が使える手札は初級魔法と魔力操作だけ。全部の手は見せているわけではない。それでもアリス様のことだ、手札は割れていると思ってもいいだろう。その上でアリス様は近接戦は不得手。さらに距離があれば多少はやれると思っている。接近は特に警戒されているだろう。だからこそ、あえて近接で行く!)
行く手を阻む竜巻にのみ、雷を落とし、引き裂いて、強引に道を切り拓き、シリウスはさらに加速する。アリスの意識が追いついた時には既に目の前に立っていた。
「んな!?」
杖を持っている方の腕を握られる。驚いたがすぐに魔力を掴まれている腕に集中させる。
(驚いたけど、これで多少は麻痺を緩和できる。そして、近距離じゃリスクがある分、高威力の魔法は使えない!)
杖を別の手に持ち直し、シリウスに向け、魔法陣を展開する。
(魔力の移動も速くなっている。それに思ったより冷静だな。でもまあ…)
「ごっがはぁ!??」
アリスは後方に真っ直ぐ飛んでいってしまう。
(何、をく…らったの?)
氷人形の方を見ると胴体から真っ二つに分かれている。
「スタン対策に魔力を一点に集中する案は中々良かったですよ。ですが、一点集中には相当のリスクがありますね。今回みたいに防御が厳かになりますからね。気をつけた方がいいですよ」
フラつきながらもアリスは立ち上がる。
「はぁ……はぁ…」
(ダメージは肩代わりされてはいるが、ダメージにもならない程度の電気が体内に蓄積されているっぽいな。立ってるのも限界だろうな)
震える手を押さえて杖を構えて、魔力を込める。その姿にシリウスの口角が上がる。
「素晴らしい闘志ですね。惜しむらくは魔法に頼りきりなところですかね」
アリスは杖を前に突き出して、魔力を込める。
(イメージは刃物が無数に飛び回る感じ。威力は度外視に手数とスピードを重視する感じで……)
「《ウインド・カッター》」
風の塊がアリスの前に生み出される。そして一気に解放されて風の刃と化してシリウス目掛けて飛んでいく。
「…!? この土壇場で成功したのか? 面白い! 《ライトニング》」
魔法陣の向きを変え、風の刃一つ一つに雷を炸裂させていく。ほとんどは相殺できたが、できなかった分は全部回避する。ふと、アリスの方を見ると、彼女も完全復活とまでは言えないが回復している。二人ともニッと笑う。
「さぁ次はどうくる?」
再び二人が魔力を込めていると…。
「コラぁ!!」
ビクッとして声のする方に振り返ると、さっきの屋敷に訪ねてきた人たちがこっちに向かってきていた。
「君たち何をしている!!」
中心に立っていたおっさんが大声で怒鳴りつけてくる。その横にはハリオットさんが立っていた。どういう関係なのだろうか?
「魔法の訓練ですよ。的当てだけでは退屈ですし、伸びにくいですからね。実戦に勝る訓練はありませんし、安全性は保証されてますからね」
そう言って氷人形を指差す。さっきまでの怒りは何処へやら、毒気の抜かれた顔になっていた。
「訓練? 喧嘩ではなかったのか? そうか、それはすまなかった」
突然、頭を下げて謝ってくる。どうやら魔法を使って喧嘩をしていたと勘違いしたようで、危険だと注意がしたかったのだろう。
「いえ、こちらこそすいません。俺たちも誰かに許可を取ってなかったので、怒られても仕方ないです」
「まあまあ、そこまでにして本題に入ろう。そのためにシリウス君を探していたのだろう?」
「俺を探していた?」
「おっと、紹介が遅れたね。彼はギルドマスターのエリオ。これでも元はSランクの冒険者だ。仲良くしていて損はないよ」
ハリオットに紹介されたエリオという男性。髪の毛はやや白髪混じりの茶髪を短く切り揃えて逆立てている。年齢はハリオットと同じくらいだろうか。見た目もやや窶れ気味ではあるが、重心や眼力は歴戦の猛者そのもの。目の前に大型の魔物でもいるような感じだ。
「エリオだ、よろしく頼む」
握手を求めているのか、手を前に差し出す。
「シリウスです。よろしくお願いします」
手をしっかりと握り、握手を返す。手を握るとよくわかる、岩のように硬い、よく鍛え込まれた剣士の手だ。
「ハリオット様から話は聞いている。君だな、あのグリフォンを討伐したのは」
「えぇ、討伐しましたが、何かありましたか?」
「いや、あのグリフォンに異常があったわけではない。特殊な個体ではあったんだが。問題はそこではない」
何か勿体つけた話し方だ。何か言い難いことでもあるのだろうか。フゥと一息ついて話し始める。
「最近、付近の森で謎の魔物が現れた。調査を依頼した冒険者たちが帰ってこないのだ。不審に思い、Bランク以上の冒険者四人を送り込んだんだが、一人しか帰ってこなかった。それも瀕死の状態で、だ。治療室で話を聞いてみるとただ一言、白い魔物とだけ言い残して生き絶えてしまった」
「白い魔物ですか……。ドラゴンとかユニコーンとかでしょうか。この辺にそんな魔物いるんですか?」
「あぁ俺も不審に思って、白い魔物を調べてみたが、この辺にはそんな魔物は存在しなかった。強いて言えば先日のグリフォンとかも白い魔物だ」
「でしたら、グリフォンだったのでは?」
シリウスが口に出すとエリオは首を横に振る。
「確かにアレもこの辺には本来生息しないが、アレが討伐された後も目撃情報と被害は続いている」
周りの全員が頭を悩ませる。
(…白い魔物……。白は周りの風景に溶け込む色ではない。雪原地帯とかならいざ知らず、この緑の森では白は目立つ。なら被食者ではない。なら捕食者? それもかなり上位の…。いずれにしても相当な強さの魔物であることだけは確かだな……)
「ところでなんで俺を探してたんですか?」
「ん? ハリオット様から君があのグリフォンを倒したと聞いたんだ。なら今回の調査依頼を出せると思ったんだが…、君は幼すぎる。依頼はまた別の人間に出すことにしようと考えていたところだ」
なるほど、さっき言い渋ったのはそういうわけだったのか。
「いいですよ。その依頼受けますよ」
「何?」
「近いうちに魔法学院で入試があるんです。最近体が鈍ってきてるんで、ちょうどいいと思いまして。それにソイツが街に来る可能性もありますからね」
「君!わかっているのか? 相手はAランク超えの怪物の可能性もあるんだぞ! 我々が対応するから」
「ならこうしませんか? 三日以内でギルドは信頼できるメンバーを三人まで選定する。その中に俺も参加する。それなら名目上はギルドが達成したことになる。そして俺が勝手をしないように監視もできる。それならどうですか?」
シリウスの提案にエリオは腕を組み、頭を悩ませる。しばらく悩んだ後、ため息を吐く。
「んんん、……はぁ…よしわかったそれでいこう。これ以上認めなければ我々の目を盗んで行きかねない。三日後、街の入り口に来い」
「わかりました。ではまた三日後に。俺も準備しておきます。それではアリス様、今日の訓練は終わりってことで」
近くに置いてあった皿を回収した後、手を振りながら屋敷に戻っていく。アリスも意味ありげにエリオたちを見た後にシリウスの背中を追いかけて屋敷に入って行った。
「全く侮れない子供ですね。では我々もギルドに戻ります。ハリオット様、今日はありがとうございました」
一礼してエリオたちはギルドの方へと戻っていった。残されたハリオットも屋敷へと帰るのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
街から少し離れた森の奥にソイツは存在していた。
全身が白く、ヌメヌメともスベスベとも見える表皮が月の灯に照らされて輝いている。
ソイツは太く地面に届きそうな腕と巨大な手、そして足は小さく、短いが貧相な印象は受けず、ガッチリとしていた。頭部は比較的小さく、口は嘴のように前に突き出し、ワニのようなに大きな口は顔の半分まで裂けている。特徴的な頭部をしているが、耳や鼻といった器官は見当たらない。
何より特徴的なのが、全体が黒く中心が赤い目が額の部分に一つだけ存在している。
ソイツは森の中を悠々と歩いている。目的もなく、ただゆっくりと………。
ありがとうございます。