魔法指導 I 《初級》
シリウスが朝目を覚ますと、見慣れない天井が目に入る。
「そうか…ハリオット様の家に泊まったのか」
ベットから降りつつ、背筋を伸ばす。
「ふぅ……顔でも洗いに行くか…」
昨晩教えてもらった部屋に備え付けられている洗面台に向かう。
「流石は貴族だな…。風呂はともかく、洗面台は全部屋に備え付けられているとは…」
洗面台の水は水属性の魔石から供給される。そのため定期的に魔力を供給しておかなければ、水は出てこない。
来客用の部屋のため、魔石の魔力は空だったので洗面台の魔石に触れると魔力が抜けていく感覚に襲われる。ある程度流し込んで、バルブを捻ると水が蛇口から流れ出てくる。
それを確認すると影から歯ブラシと歯磨き粉を取り出して、歯を磨く。歯を磨き終えると、歯ブラシを水でよく洗い、影にしまう。水で口を濯ぎ、顔を洗う。
「ふぅ、サッパリした」
タオルで顔を拭いているとコンコンとドアを叩く音がする。ドアを開けて顔を出す。
「はい? どうしましたか?」
「おっとシリウス様、起きてらっしゃったのですね。朝食の準備が整いましたので、呼びに参りました」
「あっ、わかりました。すぐに行きます。少し待っててください」
そういうと、シリウスは影から昨日片付けた服を取り出して、広げて確認する。汚れが一つもなく、傷やほつれがない。まるで新品のようだ。
「よし、完璧だな」
執事を待たせているので手早く確認してすぐに服を着る。
「すみません。お待たせしました」
「いえ、とてもお早いですよ。ここだけの話、お嬢様だとこうはいきませんから。というかそもそも起きてすらくださらないことの方が多いですからね」
さて今日は早く起きてくるのか、少し心配になってくる。朝食の後は魔法の練習もあるのに…。そうこうしているうちに食堂に着く。
「おはようございます」
一礼をしながら中に入る。そこには昨日と同様全員が揃っていた。全員、挨拶を返してくれる。
「やぁ、シリウス君。おはよう。朝食の準備は済んでいる。早く食べよう」
そう言われて、席に着く。シリウスが席につくと全員が食べ始める。シリウスを待っていたのだろう。
そして、アリスだけすごい勢いで食べ進めている。昨日はもう少し上品だったはずだが、今は見る影もない。
「コラ! アリス! もう少し落ち着いて食べなさい!」
「だって、早く食べて魔法の練習したいんだもん!」
なるほど、アリスが早く起きていた理由が今わかった気がする。そして食べ方の大半がシリウスのせいだった。
「まずはゆっくり食べましょう。時間はありますから」
「は〜い」
食事を再開して、ゆっくり食べ終え、少し休憩を挟んだ後、魔法の練習に入った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝食の後、家の庭に移動する。魔法の練習用なのか、的がいくつか置いてある。
「では、アリス様。まずは今のあなたの魔法を見せてください」
シリウスはそう言いつつ、的の一つを指差す。
「わかったわ」
そう頷き、アリスは手に持った杖を前に翳す。
「《水よ、我が声に応え、敵を突き抜く無数の槍と化せ》」
アリスの詠唱によって杖の前に魔法陣が現れる。杖の前に魔力が集まり、陣を通すことで魔力は水の塊と化する。
「《ウォーター・ジャベリン》」
水の塊が無数の水の槍となり的を目掛けて飛んでいく。
が、アリスから距離が離れるごとに勢いと水の量が減り続けていく。辛うじて的を貫くことができたが、小さな穴しか空いていない。
「こんな感じで距離を離せば威力が激減するのよ。どうすればいいの?」
「なるほど、なんとなくわかりました」
「え?」
何がわかったのか、と驚き半分、疑い半分の視線をシリウスに向ける。
「ハッキリ言いましょう。あなたに水属性は向いていません。ですが、初動は悪くはなかったので、苦手な水属性をしっかりと練習していたのは伝わりました」
「えっ? でも水属性は初心者向けの使いやすい魔法で誰でも簡単に扱えるって話じゃ……」
「…? あぁ、それはある程度の適性と魔力量がある場合に限ります。確かに水属性は癖が無くて扱いやすいらしいですが、それはあくまで適性在りきの話です」
「でも…」
「それに俺は水属性は使ったことはないですね。最初から適性の高い雷属性か無属性の魔法しか練習してませんからね」
「えっ、うそ…? 雷属性は操作性に難があって初心者には向かないって話だったんじゃ……」
「まずその初心者向きとかいう考え方を捨てましょう。全く誰ですか? そんなくだらない価値観を貴方に植え付けたのは? ハッキリ言って三流以下の魔法師ですね」
バッサリとアリスの価値観を切り捨てる。
「更にいうなら、詠唱をする必要はありません。詠唱魔法は言葉によって魔力の流れを制御する手法です。
本来、魔法をまだ使いこなせていない者が魔力の流れを感知するための練習用として作られたものであって、それを攻撃のために使い続けていては全く伸びません。
それに魔力の流れを掴むためにも自分の適性にあった魔法を扱う必要があるのです」
「で、でも適性なんかわかるわけないじゃん! 全部の詠唱魔法を撃ってしっくりくるのを選べっていうつもり?」
「それも一つの手です。しかしもっと簡単に知る方法があります」
そう言って、シリウスは影に手を入れてあるものを引っ張り出す。手には丸い水晶のようなものが握られていた。
「これは、魔法の適性を調べるための魔法道具です。祖父の家にあったものを持ってきました。これに魔力を流し込めば適性がわかります」
「わかったわ! じゃあ早速…」
「ちょっと待ってください」
水晶に手を触れようとした時に静止が入る。
「えっ? 何よ!」
「そもそも、アリス様はまだ意図的に魔力操作をすることはできないでしょ? これはある程度、魔力を操作できないと魔力を流し込めませんよ」
「じゃあ、どうすればいいのよ!
魔力を感じるために詠唱魔法を使う。詠唱魔法は適性が合ってないと意味がない。適性を知るためには魔力を操作する必要がある。魔力を操作するためには魔力を感じなければならない。
八方塞がりじゃない!!」
アリスは指を折りながら、現状をまとめながら詰め寄ってくる。
(意外と冷静で理解力があるのかもしれない。まぁアリス様の言い分もわかるし、言ってることは正しいが…)
現状の状況でしか、魔法を知らないのだろう。ならまず教えるべきことは……
「そうですね、アリス様。貴方の言っていることは正しい」
「ほら見なさい、なら…」
「現状ではそうですね」
「えっ?」
アリスの追求が止まる。
「では、一つ昔話をいたしましょうか」
「は? 今は魔法について教えて欲しいんだけど?」
「聴いていて損はないですよ。俺も昔に教えてもらったものです」
そういわれてアリスは黙る。不満そうだが、話を聴くということを態度で表しているのだろう。
「詠唱魔法は魔王軍との戦いが激化し、魔物の活性化や魔族の襲撃に対抗するためにできた、言わば即興で魔法師を量産するための方法です。
魔力操作を習得して適性を調べて魔法の練習に励むようでは時間が掛かりすぎますからね。当時は即戦力を求めていましたから。尚更です」
昔、祖父に魔法を教わっていた頃に教えてもらった詠唱魔法の成り立ちをアリスに話す。
「ある時期から魔力操作のコツを掴むための詠唱魔法が戦いに使われ始めました。戦力拡大のためでしょう。でも、いざ実戦に投入してみても、たかが下級魔族を一体倒すのに数人から十数人掛で挑まないと相手にならない程度でした。
それでも戦力としてはいないよりマシ程度の魔法師ですね。まぁそもそも実戦で使えたものではないですからね。
詠唱魔法は簡単に言えば、誰でも適性さえあれば魔法師になれる可能性を秘めていた練習キットといったところですね」
そこまで話すと一息をつく。アリスを見ると真剣に話を聴き、自分なりに噛み砕いているのだろう。
百聞は一見にしかず。片手を的の方に向ける。
「的の方を見ていてください。《雷よ、我が命に従い、敵に打ち抜く雷撃を》」
初めて詠唱魔法を使ってみるが、なるほど少し奇妙な感覚だ。言葉によって、魔力の量と流れを自動的に制御される感覚。
魔力が手に集まり、陣が展開され、魔力が陣に流し込まれていく。
「《ライトニング》」
数本の雷撃が重なり、的に向かって飛んでいき、的に当たり上半分を消し飛ばす。
「んな!? なんて威力なの!?」
「……? 的の真ん中を狙ったはずなのに少し逸れてしまった」
アリスは自分の魔法との威力の違いに驚愕をし、シリウスは自分の魔法の操作性に違和感を感じていた。
「じゃあ、もう一度的を見ていてください」
さっきの的の一つ横の的に向かってもう一度片手を向ける。さっきの魔法以上の魔力が片手に集まるのをアリスは感じる。
魔法陣が展開され、魔力が魔法陣に流される。
「《ライトニング》」
さっきよりも太く、範囲の広い雷撃が真っ直ぐに的に向かって飛んでいく。
的を撃ち抜き、衝撃や音が轟き、周囲を飲み込む。
「さっきの《ライトニング》とは威力が全然違う……。本当に同じ魔法なの? いいえ、そんなことよりも…」
一気にいろんなことが起きて困惑しているのだろうか。アリスの様子がおかしいと感じる。
「なんで初級魔法で中級魔法より威力が出てるのよ!!」
少しアリスの勢いに飲まれかける。
「えぇ、アリス様の言ったようにあれは雷の初級魔法です。俺があの場で中級魔法を使うと周囲への被害がもっと悲惨なことになっていたので自重させていただきました」
「あ、あれ以上の被害?」
的を見てアリスの顔色が青くなる。それはそうだろう。今ので的が三つ丸ごと消し飛び、後ろの地面にまで焦げ跡が残ってしまっている。
「詠唱魔法での威力の差。あれこそが適性と魔力量の差です。そして詠唱と無詠唱での威力の差。これが魔力の自由度の差です。わかりましたか?」
アリスはさっきまで以上に真剣な表情でシリウスを見つめ、頷いていた。
「本来の魔力操作を学ぶ練習をしましょう。そうすれば貴方はもっと強くなれる。大丈夫ですよ、俺もその練習から入りましたから。効果は保証します」
「わかったわ! 頑張るから、しっかり教えてよね!」
「その意気ですよ、アリス様」
強い意志を持つアリスに応えるために練習メニューを考える。
「では、早速始めましょうか。手っ取り早くコツを掴みましょう。俺の手を握ってみてください」
「んぇ? なんでよ! 魔法の練習となんの関係があるのよ!」
「俺の魔力を送り込みます。魔力の供給と循環。その流れを感じることがコツを掴む近道です。まぁ、アリス様は元々、詠唱魔法を使っていたので、感覚はすぐに掴めるかもしれませんね」
「……わかったわ」
「《魔力供給》」
少し釈然としない様子で、恐る恐る手を握る。シリウスは自分の手を通してアリスに魔力を送り込む。
「んがぁ!? 何この感覚!?」
「それが魔力の流れです。普段あまり意識してなかったでしょ? それは俺の魔力を流し込んだだけですので、その感覚を忘れないうちに自分の魔力を手に集めてみてください」
「えぇ…、意識的に操作するのって難しいわね…」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。コツさえ掴めれば、すぐに上達しますから。後、供給が必要であればいつでも言ってくださいね」
アリスが魔力を練り、操作をしようと集中している。
邪魔をしないように少し離れて椅子に座り、影から魔法の研究書を取り出して、アリスの様子を伺いつつ、読み進める。
(魔法には八属性と各属性に十一段階の適性が存在する。水晶に魔力を流し込めば、適性のある属性に対応した色で光る。光が収まった後に八角形のグラフが現れ、そこに十一段階の適性が現れる。
俺の見立てでは、彼女の水属性は二か三、てところだろう。それ以外は、見ていないからわからないが、あの調子だと近いうちに見れそうだな)
時間にして二時間ほどの魔力の操作練習で、徐々にアリスの魔力が手に移動しているのがわかる。もうコツを掴み始めたのだろう。
(想像よりかなり早いな。やっぱり、適性なしとは言え、長期的に詠唱魔法をし続けると無意識とは言え、感覚があるものなのか?)
自分が体験したことがないためわからないが、認識を改める必要があると考える。
「で、できた!」
「おめでとうございます。俺の予想よりも遥かに早い習得でしたね」
ゆっくりだが、魔力を手に集中させることができている。
「あとはそれをスムーズにするだけですね。常に魔力を集中させる訓練をしてみてください。手以外でもいいですよ。魔法のキモとなるのは魔力操作ですからね。後は魔法のイメージをしっかりと持つことです。想像力と創造力が魔法を大きく発展させます」
「わかったわ!!」
少し疲れの見えるが、嬉しそうに力強い返事を返すアリス。その様子にシリウスも少し笑みが溢れてしまう。
「では、適性を見てみましょうか。適性がある属性の色で光ります。0〜10の十一段階中、六以上の適性がないと水晶は光りませんよ」
シリウスは水晶を近くの机に置き、一、二歩ほど下がる。それを見てアリスは水晶の前に立つ。
「では、魔力を手に集中させる要領で、水晶に魔力を込めてみてください」
アリスは頷き、手に魔力を集める。ゆっくりだが、確実に集中しているのがわかる。魔力が手に集まったことを確認して水晶に翳す。アリスが魔力を水晶に込める。
すると、水晶が強い赤, さっきよりかなりも強い緑, 赤よりやや強い黒の三色の順番に光る。
「赤,緑,黒ですが、火と風と無属性の魔法の適性がありますね」
水晶の中に八角形のグラフが浮かび上がる。
《赤 7, 青 2, 黄 3, 緑 10, 茶 1, 白 4, 紫 1, 黒 8》
「すごいですね! 風の適性が最高値ですよ。魔力を安定して操作できるようになれば、少しずつこれらの魔法のイメージトレーニングを行い、中級魔法までの練習していきましょう」
「どうして中級までなの?」
「上級以上は庭で使うには危なすぎますからね。最終的には俺と模擬戦をしていって、魔法をより実戦的に仕上げましょう。的当てだけでは伸びるのに限界がありますからね」
「わかったわ! …でも一つ気になることがあるんだけど、いいかな?」
小首を傾げながら、質問してくるアリス。
「なんでしょう? なんでもお聞きください」
「シリウス君の魔法の適性が見てみたいんだけど、いいかな?」
「俺の適性ですか? 別に構いませんが…」
そう言ってシリウスは水晶に手をかざす。
魔力を集中させると、パリッと火花が飛ぶ。そして水晶の色が変わり出す。
「えっ? なに、これ……」
アリスは目の前の見たことのない、おそらく本来ではあり得ない光景に目を疑う。
ありがとうございます