雷の申し子 III 《街へ》
「ほう、魔法を操るグリフォンか…。討伐難易度で言えばAを超えるかもしれない大物だったのだな…」
揺れる馬車の中、シリウスはさっきのグリフォンについてをハリオットに話していた。
「その討伐難易度ってなんですか?」
「そうか、シリウス君は冒険者がいない村で育ったのだったな。そうだな……簡単に言えば、冒険者のランクを基準にした目安といったところだな」
「…ふむ……」
あまりピンときていないシリウスにハリオットは続ける。
「…例えば、C-の魔物ならCランクの冒険者なら容易く狩れる。Cの魔物も容易くはなくとも難なく狩れる。
しかし、これがC+となると少し事情が変わる。Cランクの冒険者が二〜三人以上必要となる可能性があるといったところだ。そしてB-にもなるとCランクじゃあ五人以上集まらないと相手にすらならない。それくらいの戦力の基準だと思うと良い」
「なるほど……」
「そして討伐難易度が跳ね上がる要因もある。例えば獣の魔獣化。討伐難易度がD-の熊が魔熊になるとC-に跳ね上がる。他にも単体なら大したことがなくても、群れになれば危険度は上がるパターンもある。そうなれば必然的に討伐難易度も上がる。
さっきのグリフォンもそうだ。通常ならB+のところを魔法を行使してくることから、最低でもAにはなるだろう」
「結構細かく分けているんですね。もっと大雑把なものかと思ってました」
「必要だからだよ。危険度の目安を作ることで死者数を減らす目的があるのだよ。冒険者とは死と隣合わせ。己が力を過信する余り、身に余る依頼を受けてしまうこともあれば、身の丈にあった依頼を受けても、情報不足でさっきのグリフォンのように危険度の高い魔物と出会うこともある。
数は減らせても0にはできていないのが現状なのだよ」
今の現状を語りながら、フゥっと一息つく。
「興味深い話をありがとうございました。とても勉強になりました」
「おっと、暗い話をしてしまったね。その点、街は安全だから安心するといい。街に着いたら、まず治療をして、服を買いにいこう。破れた服のままじゃ嫌だろう?」
「いえ、治療も服はお構いなく。治るので」
「…どういうことかね?」
「まず治療ですが、魔力を治癒力の方向に強化をすれば…」
シリウスがそういうと怪我の患部を中心に魔力が高まっていくのを感じる。すると傷がたちまち塞がっていく。見たことがない光景にハリオットが目を丸くしていると傷が完全に塞がる。
「これはすごい! まるで教会の奇跡を見ているようだ」
「光属性のような回復能力や他者を回復することはできませんが、訓練次第では傷を治せるのが魔力操作や無属性の良いところなのですよ。練度が高ければ、欠損部位も修復できますしね。で、服の方ですけど…」
次は服の破れた部分に魔力を集中させる。すると徐々に服の袖が伸びていき、破れて七分袖くらいだったのがたちまち元に戻ってしまった。
「…この服は?」
「祖父にもらったもので、何かの魔物を素材に作ったらしく、魔力を込めれば、鎧よりも硬く丈夫になりますし、破れても元に戻る優れものです。そして何より俺の成長に合わせて一緒に成長するのです」
「魔物が自分の魔石の魔力で傷を治すことがあると聞いたことがあるが…。着る本人を魔石と見立ているわけだな。加工してその性質を再現するとは素晴らしい腕の持ち主なのだな君の祖父は」
「はい、色んな装備を作ってもらいましたし、何よりも俺に魔法と戦い方を教えてくれた人なんです」
「ほう、装備の加工だけでなく、魔法までも高水準な人物とは凄まじい人物だな。是非会ってみたいものだな。もしや君の武器も祖父が?」
「そうですよ。銘は『雷霆』。雷や魔力を吸収して溜めて好きなタイミングで放出することができる武器です。もちろん能力はそれだけじゃないですがね」
ハリオットの疑問に答えながら、影から雷霆を取り出す。
「ほほう、シンプルゆえに強力な武器だな。で、等級はいくらかね?」
「等級はSランクになるそうです」
「なにぃ!? Sランクの魔法武具とな!? なら君は選ばれたと言うわけだな」
『武具の等級』耐久性や切れ味、素材などでA〜Eに区分されている。
『魔法武具』魔法が付与されている又は特殊な素材で作られた武具の総称。魔剣と呼ぶ場合もある。等級はS〜Cに区分される。
そして、Sランクの魔法武具には意思が宿ると言われている。そのため武具自体が相応しい持ち主を選ぶ。武具によって性格が異なり、徹底的に相応しい使い手を選ぶものもあれば、妥協で選ぶ場合もある。ちなみに雷霆は前者側。武器が後天的に意思を持つ例も稀ではあるが、一応は存在している。
「Sランクの魔法武具は現在確認されているのでもたったの六振り。未知の武具があったとしても全部で十振りほどしかないだろうと言われている。それほどまでに貴重な上、使い手を選ぶと言う性質から現在、使い手は二人しかいない。それほどの武具さ」
ハリオットの説明を聞きながら雷霆を足の間に置き、肩に立てかけて、大事にそして愛おしげに撫でる。
「我儘で高飛車な子で扱いが難しいんですけど、とても頼りになる相棒です。昔から助けられてばかりですよ」
「そうか…、大切にしてあげないとな…」
「はい」
ハリオットと話を続けていると、馬車の動きが止まった。すると、外からコンコンと馬車を叩く音がする。
「ハリオット様、街に着きました」
護衛の兵士が話しかけてきた。どうやら街に着いたようだ。窓から外を見ると大きな壁と門が見える。
ハリオットが護衛の兵士と少し話をしてシリウスと向き合う。
「楽しい時間はあっという間に過ぎるものだな。…オホン、では、改めてようこそ。私たちの街『ノーチェブランシェ』へ。歓迎するよ、シリウス君」
馬車は門を通り抜けると、街の大通りを進んでいく。
「すごい!! もう夕方なのにすごい活気だ!」
「そうだろ、そうだろぉ! ここは冒険者街と言ってね。別名『夜の来ない街』とも言われている街なんだ。時間に関係なく、冒険者が闊歩し続けている。冒険者なら一度は憧れる街というわけさ。
あの大きな建物が冒険者ギルドで依頼の斡旋や素材の買取を行う場所だ。そしてギルドの周りには、雑貨屋や鍛冶屋、宿や飯屋とかの冒険の必需品を買ったり、休んだりできる場所だ。あそこの区画全てが冒険者の生活になくてはならないのだよ」
「すごい街ですね。まるで冒険者のための街だ」
シリウスが外を見ていると途中から景色が変わり始めた。不思議に思い、周りを見渡していると…
「これから住宅街に入っていくぞ。こっちは主に住民のための街づくりを目指しているのだよ。
憩いの場を作り、買い物もしやすく、食事処もある。住民にできる限り不便がないように、住民の声を聴き、住民と共に街が住みやすくなるように努力してきたんだ」
「とても平和で静かな街ですね。さっきと同じ街とは思えません」
「ここは最初からこんな街ではなかったんだ。」
ハリオットは少し遠い目をして昔の惨状を語る。
「冒険者と元の住民。最初は衝突が多くてね…。外からくる冒険者は血の気が多く、問題を起こすことが多々あった。そして住民もそんな冒険者を嫌って追い出そうともしていた。
その問題は居住区とギルド区域を分けることで冒険者の問題に住民が巻き込まれないようになって、さらに住民の就ける仕事も増えた。冒険者がいることで外からの脅威から街を守ることができる。住み分けができるようになった結果が今の街さ。私はその手伝いをしただけさ」
優しく微笑み、そして誇りを持って今の街を眺めている。少し、無言が続いていると前に大きな家が見えてくる。
「もうそろそろ私の家に着く。兵士の一人に連絡に行ってもらった。家に着いたらまず風呂に入ると良い。その間に料理が完成するだろう。料理も楽しみにしておくといい」
「はい! 楽しみにしておきます」
家に着くと、馬車は門の前に止まり、シリウスとハリオットは馬車から降りる。遠くから見ても大きかったが、近くで見ると迫力が段違いだ。
「ここが我が家さ。家族三人と使用人が十数名暮らしている。食事の際に妻と娘を紹介しよう」
ハリオットに先導されて、家の中に入っていく。故郷では見たことがない大きく、煌びやかな豪邸に胸が躍る。
「おかえりなさいませ。ハリオット様」
ドアを潜ると執事とメイド一同が頭を下げて挨拶をする。見たことがない光景に少したじろぐ。
「ハリオット様、そちらの御仁がシリウス様で?」
「うむ、その通りだ。私たちの命の恩人だ。丁重にもてなせ」
「はい、かしこまりました。では、シリウス様。湯浴みの準備が整っております。こちらにどうぞ」
「は、はい…」
初めての光景と慣れぬ扱いにシリウスは困惑を全く隠せない。先導されるがままに脱衣所に着き、服を脱ぎ、風呂に入る。
(広ッ)
見たことのない広さに驚きながら、汚れていたので湯船に浸かる前に体をしっかりと洗う。ゆっくりと湯船に浸かり、一息つきながら、ここ数日間を振り返る。
(色々あった……。長いような…、それでいて短いような…。奇妙な感覚だなぁ)
そんなことを考えながら湯に浸かる。どれだけ時間が経ったのか、少しのぼせたのでゆっくりと湯船から上がり、脱衣所で体を拭いて用意してもらっていた服を着る。元々着ていた服に魔石を置き、魔力を込めて影の中に収納する。それと一緒に影から腕輪を一つ取り出して、腕につけておく。
着替えを終え、脱衣所から出ると周りに誰もいない。
(ここで待っていれば、誰か来てくれるのか? それともハリオット様たちを探して歩き回るか…)
シリウスはしばらくその場で考えていると執事の人がこちらに向かってきてくれた。
「シリウス様、お待たせして申し訳ございません。食事の準備ができております。どうぞこちらへ」
そう言って執事が先導してくれるのに着いていくと大きなドアがあった。開けてもらい、中に入るとテーブルにはすでに三人の人物が座っていた。
シリウスも言われるがままに着席する。三対一の構図になっている。
「どうだい、シリウス君。サッパリしたかね?」
「はい、やはり運動の後は汗を流すのが一番ですね」
「ははは、あれを運動と言ってのけるとはねぇ。君はやはり大物になるだろうね。…ん? その腕輪…。さっきまでつけてなかったが、それも魔法武具かい?」
目敏く腕輪に気がつくハリオット。
「そうですよ。能力はすごく強いんですが、魔法を使ってくる相手にしか効果がなくて、あの周辺の獣や魔物には意味がほとんどないんですよ。
まさか魔法を使う魔物と出くわすとは思ってもいなかったので…」
「確かにな…、普段はあの辺りでCランク以上の魔物が現れることすら、ほとんどないからなぁ…。ましてやAランクのそれも魔法を使う魔物なんてほとんど現れない。そう思うのも仕方ないな。でも何故つけてるんだい?」
「元の服は影の中で自己修復中ですので…。何も装備しないのは少し不安ですので……」
「君は用心深いな。とても良いことだがね」
食事が運ばれてくるまでの間ハリオットとの会話を楽しむが、それを良しとしない者がいた。
「お父様! いつになったら私たちのことを紹介するのよ!」
「おっとそうだった、ごめんよ」
机を叩きながら少し怒ったような物言いで凄む娘にたじろいでしまうハリオット。やはり彼も父親なのだろう。
「オホン、彼はシリウス君。王都からの帰りに我々を魔物から助けてくれた命の恩人だよ」
シリウスは前に座る二人に頭を下げる。
「シリウス君。まずは私の横に座っている彼女が私の妻のカリンだ」
そう言われて彼の横に目を向けると、穏やかな雰囲気で金色の髪が美しい女性が目に入る。年齢で言えば三十代中頃くらいだろうが、ぱっと見では二十代前半にも見えるほど若々しい女性だ。
「ふふっ、よろしくお願いしますね。シリウスさん」
「こちらこそよろしくお願いします。カリン様」
「で、妻の横に座っているのが、娘のアリスだ。歳は君より一つ下だ。仲良くしてやってくれ」
カリンさんの横を見ると金色の髪に翡翠のような透き通った翠の瞳を持つ可愛らしい少女が一人。
カリンさんは美しい系の女性だったが、彼女はかわいい系の少女というやつだろうか。
「アリスよ。よろしくね、シリウス君」
「シリウスです。よろしくお願いします、アリス様」
「自己紹介も済んだことだし、早く食事にしよう。とても空腹だ。早く食べたい」
「元はと言えば話が長くて、早く紹介しないお父様が悪いんじゃない!!」
「それを言われると、弱いなぁ」
その反応に全員が笑ってしまう。程なくして料理が来た。美味しい料理に舌鼓を打ちながら、会話を楽しむ。
「そういえば、シリウス君はどうしてあんなところにいたんだい?」
「えっ? あぁ、そういえば話してませんでしたね。俺、冒険者になりたくて村を出たんです」
「えっ? シリウス君は冒険者になりたいの?」
アリスが驚いたようにこっちを向く。ハリオットとカリンも顔を見合わせて何か言いにくそうにしている。
(何か、反応がおかしいような…)
シリウスも不思議に思い、三人を見つめる。やがて言いにくそうにハリオットが口を開く。
「そうか…、シリウス君は確か冒険者がいない村出身だったね。なら知らないのも当然だな…。
……とても言いにくいんだが…、冒険者は年齢制限があってね。成人を迎える、つまり十五歳以上じゃないと冒険者にはなれないんだ」
「えっ?」
シリウスは唖然としてしまい、持っていたフォークを皿に落としてしまい、皿がガシャーンと音を立てる。
「いや、もちろん君の強さを疑ってるんじゃないよ。ただ、規則でそう決まっていてねぇ…。こればかりは私でもどうしようもないんだよ……」
「そ、う…です…かぁ………。どうしようかな、これから……」
「ま、まぁこれからのことはまた考えればいい。それに今日はもう遅いから泊まって行きなさい」
食事も終わり、気まずい空気を残して、来客用の部屋に案内されようとした時にアリスがシリウスに話しかける。
「シリウス君って魔法は使えるのよね?」
「え? はい、一応使えますけど…。それがどうかしましたか?」
「じゃあ、魔法学院に入れば? 卒業は十八歳になっちゃうけど、許可を取れば在学中も冒険者のライセンス取れるんでしょ?」
「そうか、その手があったか!! でかしたぞアリス。そういえば試験は一ヶ月後だから、今から出せばまだ間に合うはずだ。そうと決まれば、私が推薦状を出しておこう!」
「あの、水を差すようで申し訳ないのですが、魔法学院ってなんですか?」
「あぁすまない、置いてけぼりにしてしまった。魔法学院は正式名称は王立セントラル・ソーサリー魔法学院。魔法の教育機関として王令で作られた、世界最高峰の魔法教育機関だよ。今年で創立108年を迎える歴史のある学校でもあるよ。
君には必要かはわからないが、国内の有名な魔法師たちやあの五神と名高い最強の魔法師たちもこの学院の卒業生さ。入ってみる価値はあると思うよ。どうかな? 入ってみる気はあるかい?」
(魔法学院ではピンと来なかったが、王立セントラル・ソーサリー魔法学院なら聞き覚えがある。そこでもっと魔法を磨き、仲間を見つけることができるなら……)
「ハリオット様、入ってみたいです」
「よし、ならすぐに推薦状を書こう。明後日には向こうに届くだろう」
「ハリオット様、感謝します」
改めてハリオットに礼を言い、頭を下げる。
「なぁに、この程度感謝されるようなことではないよ。それに合否がわかるまでうちにいるといい。通知が届かないってのは笑い話にもならないからね」
「しばらくお世話になります」
シリウスはハリオットと家族に頭を下げる。全員が頷き、歓迎してくれた。
「構わんさ、代わりと言ってはなんだが…、アリスに魔法を教えてやってくれないか? この子も来年、魔法学院の試験を受けるんだが、どうにも伸び悩んでいてねぇ」
そう言われ、アリスの方に目を向ける。少し沈んだように顔を伏せている。
「えぇ、構いませんよ、その程度。少しの間お世話になるのですから。それにある程度コツを掴めるまでは、誰かの教えを乞う方が効率がいいですからね」
シリウスが快諾すると全員の輝くような笑顔を浮かべる。
「本当か!? よかったなぁ、アリス」
「えぇ、ありがとう、お父様」
二人が抱き合っているのを微笑みながら見ているカリン。
(本当に仲の良い家族だな…)
仲の良い家族を見ているとシリウスも少し自分の家族が恋しくなってくる。
「それで、魔法の指導はいつから?」
「明日から!!」
「えっ? そんなに急に? 予定とかはないのですか?」
「大丈夫よ、シリウスさん。アリスは友達もほとんどいないから、予定はほぼないのよ。シリウスさん、アリスをよろしくお願いしますね」
カリンの容赦のないカミングアウトに二つの意味で驚きつつ、気にしない方向でシリウスはアリスと向き合う。
「では、アリス様。また明日からよろしくお願いしますね。それでは皆さん、おやすみなさい」
そう言ってシリウスは来客用の部屋に案内してくれる執事に着いて部屋を後にする。
「シリウス様、こちらです」
案内された部屋もやはり大きい。少し落ち着かない気分になりながらも、明日も早いためシリウスはすぐにベットで横になり、眠りについた。
ありがとうございます