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シルヴィアーナとそれから

「ああ、これはどういうことなのかな」


 誰もが見惚れるほど眩しい笑顔を浮かべて、殿下が入室してくる。


 相変わらずこのお方はその存在だけであたりの景色を明るく変える。


 まるで春の日差しのようなお方だ。


「あまりに楽しそうな声が聞こえると思ったら」


「殿下……」


 とはいえ、あまりにも突然いらっしゃるものだから、とても驚いてしまい、ご挨拶をするのにほんの少し間が空いてしまったのだけど、いらっしゃいませ……と腰を上げかけると、大丈夫だよ、と制してくれるその笑顔は心なしか引きつっているように見える。


「あら、お兄様。ノックもなしにレディの部屋に入ってこられるなど、ずいぶんとマナーがなっていないのではないでしょうか」


 わたくしの前でこれまた存在感たっぷりのまばゆい輝きを放ち、優雅にお茶をすすっていたエヴェレナ様がさきほどとはまた別人ように冷たい視線を殿下に向け、言葉の刃を放つ。


「エヴェレナ、君が今日もまたシルヴィの部屋に居座っていると聞いたものだからね」


「ええ。お姉様もまた来てくださいねとおっしゃってくださったもの」


「君には社交辞令という言葉がわからないのかな」


「いえ、殿下、本当にエヴェレナ様には感謝しております」


 わたくしが口を挟むと、ほらご覧なさいという様子でエヴェレナ様は口角を上げる。


「それにしても限度ってものが……」


「お心遣い、感謝しております」


 そう。殿下の用意してくださったお部屋に身を移してから、不慣れなわたくしを気遣い、エヴェレナ様がわざわざ足を運んでくださるようになったのだ。


 慣れ親しんだ……というほど充実した日々を過ごしていたわけではないが、この国に来てからずっとお世話になっていた別邸を離れるということに不安がなかったわけではなく、右も左も分からなかったわたくしを導いてくださった彼女の存在はとても大きなものだった。


 お姉様、お姉様と、とても可愛い妹(いえ、そんな風に言ってしまうとなんだかとても恐れ多い気がしますけど)のような存在ができてわたくしはいつも内心ドキドキする胸の鼓動を止められないでいる。


「シルヴィ、君は心優しいから何も言わないと思うけどね。それでもエヴェレナのわがままに付き合う必要はないんだよ。あまり遅くなると君が疲れてしまうといけないからほどほどにしておくようにと言い聞かせたつもりだったんだけど……」


「いえ、殿下……わたくしはとても楽しく結意義な時間を過ごしていますのよ」


「ああ、シルヴィ……」


「あら、お兄様こそ、今宵は大人しく王宮内にいらっしゃるのですね。夜な夜な隙を見計らっては光のごとくお姿を消していたお方とは思えないくらいで驚いておりますわ。わたくしはお姉様が寂しくないようにと様子を見に来ただけですのよ」


 なにか心境に変化がございまして?とエヴェレナ様の反撃は手厳しい。


「エヴェレナ、シルヴィの前で誤解を招くような発言は控えていただきたいね」


「すいぶんこちらにもいらっしゃらなかったじゃありませんか。それをどうご説明なさるおつもり?」


「あれはアイリーンがわたしにだけ結界を張ってだね」


「うまい言い訳が見つかってよかったですわね、お兄様」


「エヴェレナ!」


 あまりにも美しい存在が目の前で向かい合い、見た目とは裏腹なセリフを投げかけあっていて、あまりにも礼儀正しい口調での麗しい言い争いを始めたため、わたくしは言葉なくその光景をじっと眺める。


 最近よく目にするようになったおふたりのやりとりはあまりに賑やかで、物珍しく、実の兄とはほとんど口を利くことのなかったわたくしとしては羨ましくも思えた。


 そして、今までひとり部屋に閉じこもっていたわたくしにとっては新鮮で微笑ましく、自然と頬が緩むことが多かった。


「本当に、君の作品どおり、入ってこられただけで景色を一変させてしまうお方だね」


 後ろで小さな声がして、背中にエヴェレナ様の護衛の男が立っていることに気づく。


「まぶしいね」


「ええ、最近ますますパワーアップしているように感じるわ」


 素敵よね、とお二人から目を離さぬよう努めつつ、わたくしはいつものように返す。


「早くペンが握りたくて仕方がないわ」


「どう? 最近は順調?」


「もちろんよ。次の新月の夜は楽しみにしておいて」


 見上げた先で、ロジオンがゆっくり微笑んだのが目に入る。


 あれから数日。


 もうしばらくはペンを握ることが叶わないと思っていたわたくしだったのだけど、アイリーン様の張ってくれた結界のおかげで少しずつ自身の力を抑えながら物語を書くことができるようになっていた。


 もちろん条件もあって、一日にたくさん書かないことと殿下に用意されたお部屋にいるときにしかペンを握れないのだけど、それでも何もできないよりは有り難く、とても有意義な時間を過ごしている。

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