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レディ・カモミール覚醒

「ノエル!」


 後ろから聞こえたのは金切り声だった。


「どこに行ってたのさ、探したんだよ」


 どこにって、いつもシルヴィアーナ様の別邸に……と言いかけて、ようやく今、自分が陽の光の下を歩いていることを実感する。


「ロジオン……」


 その名を口にすると、ぼんやりと過ごしていた一日のことが少しずつ蘇る。


「どうしたの? あわてて。わたしに何か用?」


「用? じゃないよ。君に忠告しに来たんだよ」


「忠告?」


 珍しく切羽詰まった顔のロジオンに嫌な予感がする。最近、こんなことばかりだ。


「聞いてるよね? シルヴィアーナ様のこと……」


 問われて、ああ、あのことかと納得する。


「聞いているわよ」


 怪盗バロニスがわたしたちの大切なお姫様であるシルヴィアーナ様を盗むのだと堂々と宣戦布告の予告状を出してきたのだ。


(盗むってなんなの? あのお方はものではないのよ!)


 腸が煮えくり返る思いだ。


 おかげでその一報が入った途端、わたしたちの滞在している別邸にはどこから現れたのか見たこともない近衛団たちが現れ、張り付いている。


 空気はとても張り詰めていて、どこに行こうにも彼らに質問攻めにされ、うんざりしているところだ。


「ねぇ、ノエル……お願いだから、無茶なことはしないって約束して」


「え……」


 深刻な表情をしたロジオンが訴えかけてきて驚く。


「君は、シルヴィアーナ様のこととなるとあまりに自分のことを考えない。身を挺して守ろうとするよね。それだけは絶対にしないって、約束して」


「でも、わたしはシルヴィアーナ様にお仕えしているのよ。部下が主を守らないでどうするの」


「シルヴィアーナ様を守るのは僕ら近衛団の役割だ。君じゃない」


「でも……」


「ノエル!!」


 わかっている。


 ロジオンがとても心配をしてくれていることも、わたしには何もできないということも、わかっているのだ。


「もしも、君とシルヴィアーナ様が同時に狙われたら、僕らは……」


「シルヴィアーナ様を優先してお守りするんでしょ。わかっているわ、ロジオン」


 いつも冗談で言ってたじゃないの。


 エヴェレナ様と君が一緒にいるときになにかあったら、僕は君を踏みつけてでもエヴェレナ様を守るって。わかっているのよ。


「ノエル! だからこそ、君はいつでも自分で逃げられるようにしておいてほしいんだよ」


「……わかってるわ」


 ロジオンにここまで言わせたのだ。


 わたしはわたしの身もしっかり守らないといけない。


「肝に銘じておく。あなたにそんなに心配してもらえることなんて、これから先ないかもしれないものね」


 ふふっと笑うとロジオンはバツの悪そうな顔をする。きれいなお顔が台無しだ。


「君に加護の術を施しておくから」


 ロジオンの手のひらに光が宿る。


「僕にもっと、アイリーン様のように力があったらいいんだけど……」


「十分よ。いつも助かっていて感謝してるんだから」


 わたしも慣れた手付きですっとその光に自身の腕をかざす。


 シュルルルルといつものようにわたしの体全身に光の波が走り、弾けるように消えた。


「ほんの少しの時間稼ぎならできるから」


「うん。ありがとう」


 申し訳無さそうなロジオンに笑いかける。


「ねぇ、ロジオン」


「ん?」


「明日からもっと、物語を書くわ」


「え? どういう風の吹き回し?」


「みんなが元気になれる作品を、よ。わたし、もっともっとたくさん書いていく」


「うん。それは素晴らしい心構えだけど」


「とても嫌なことばかり起きたから、楽しいことを取り戻したいわ」


「そうだね。それは僕もわくわくするよ」


 力なく笑う彼が今、どれだけ大変な思いをしているのかなんて想像はつかない。


 でも、わたしはわたしにできることをしたいと、そう思ったのだ。


「それにね。笑うところには福が来るって東洋の国では言われているそうなのよ」


「なにそれ」


「だから、もっともっと笑って、嫌なことを吹き飛ばしてしまいましょ」


「はは、ノエルらしいや!」


 そう言いながら、ロジオンが掲げた拳をわたしの方に向ける。


 だからわたしも自身の拳を彼のそれに当てた。


 不安なことはたくさんある。


 だけど、わたしたちなら大丈夫。


 魔物だって魔王だって怪盗だって、何も怖くないのだ。


 わたしは書くわ。


 人の心に平穏をもたらす物語を。


 そう決めたらこの上なくやる気が溢れてきて、わたしは意気込みを込めて全力疾走でシルヴィアーナ様のお部屋に向かった。


 人から見たらとても遅いのだけど、わたしは真剣で内面から燃えていた。

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