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レディ・カモミールの手記

 よく晴れた午後の日


 ふんわりと甘い香りがして


 彼女の訪れを悟る。


 慌てて扉を開いた先には


 やっぱり彼女が立っていて


 彼女は大きな瞳をさらに広げて僕を見る。


『体調は、大丈夫なの?』


 と心配そうに僕を覗き込んでくる彼女。


 銀色の長い髪が


 さらりと彼女の肩から流れ落ちる。


『平気だよ。君が来てくれるのを待っていたんだよ。君が来てくれたあとはいつも息苦しくないんだ』


 笑って見せると


 嘘ばっかり……


 と彼女は儚く美しい顔をくしゃっとした。


『本当だよ』


 本当にそうなんだ。


 幾度となく繰り返される


 吐き気も息苦しさも


 彼女がただそばにいてくれるだけで


 穏やかなものへと変わっていった。


 空気が変わる。


 世界が変わる。


 甘い香りが教えてくれる彼女の訪れは


 僕の唯一の楽しみで


 そして救いとなった。


『何もしてあげられないのに……』


 ガラス玉のような銀色の瞳が


 悲しそうに揺れる。


(ああ……)


 柔らかな気持ちが胸をいっぱいにして


 それからきゅっと締め付けられる感覚


 いつもの息苦しさとは違うけど


 彼女を前にしたときの


 特別な感覚なのだと僕は知っている。


(なんてきれいなんだろう……)


「今日も持ってきたのだけど」


 あなたが口にしていいか聞いてくるわね


 そう言うなり


 彼女は颯爽と踵を返し


 慣れた足取りでばあやの部屋へと向かう。


 もうすぐ春の訪れのような笑顔で


 ばあやの手を引いて戻ってくるに違いない。


 彼女の残した大きなバスケットには


 甘い香りのスコーンが入っていて


 彼女が胸に抱えてきた小瓶には


 薬草が入っている。


 彼女が自身の庭で栽培している薬草なのだと以前、教えてくれたことがある。


 それにお湯を注ぐとあるお茶になる。


 それが心の平穏に良く効くのだと


 いつも持ってきてくれる。


 心と体をリラックスさせてくれて


 よく眠ることができる効果があるのだと


 彼女は笑っていた。


 きれいなお花も咲くから


 育てるのが楽しいのだと。


 だけどその彼女の努力は


 本当は僕のためにしてくれたものだと


 僕は知っている。


 だから


 僕にもそれは大好きな飲み物になった。


 彼女が僕のために


 いつも頬を染めて走って持ってきてくれる


 そんな飲み物だったのだから。

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