脇役という名の隠れ蓑
「じゃあ、そろそろ時間だから僕は行くよ」
今後の予定を少しずつ話し合ったところで、ゆっくりと空を見上げたロジオンがぽつりと呟く。
「今日はどっちなの?」
いつのもようにその腕に触れようとするわたしの手は、するりと彼を通り抜ける。
「ああ、魔術の方ね」
「うん。ごめんね、行かないと」
「それ、持っていける?」
徐々に透けていく姿のロジオンが原稿だけはしっかり握りしめているのが不思議な光景だ。
「このくらいなら大丈夫!」
そう言うなり、ロジオンの視線は原稿に集中する。
そして、薄っすら開かれた彼の口元から何か聞き慣れない言葉が発せられる。
しゅるしゅるしゅるっという音を立てて、わたしの原稿はどこかに消える。
「えっ?」
「よし! うまくいった!」
「え? なに? どういうこと?」
未だに信じがたい光景に目を疑う。
いや、ロジオンが術を使うたびに驚いて言葉を失うのだけど、いつになっても慣れる気がしない。
「転移の術を使ったんだよ。あまり重いものはできないんだけどね。あのくらいなら……」
「あ……」
「ん?」
「あなた、本当に一体何者なのよ!」
「はは、どう? 見直した? これは……」
途中まで言いかけた彼の口が徐々に音をなくしていく。
ああ、時間切れか。
そう思ったとき、しゅっと音を立ててロジオンは姿を消した。
彼の影が本体に戻ったのだ。
最後にぼんやりと手を上げた彼の残影が見えた気がした。
「な、なんなのよ……一体……」
あんぐりとして空いた口が塞がらない状態のわたしは、ずいぶんまぬけな光景だろう。
でも仕方がない。
どなたか、わたしにどんなことがあっても驚くことのない鋼のメンタルをください!!
「ああ、もう」
いつもこうだ。
いつも驚かされてばっかりで、会うたびに新しい彼に出会っている気がしてならない。
同時に、いかに自分の毎日に変化がないことに気付かされてしまう。
きっとあれらの術も、彼はしっかり練習したのだろう。
魔術を学ぶことはそんなに簡単なことではないと聞いたことがある。
ロジオンは日々変化を続けている。
でも、わたしはどうだろうか。
今日のわたしは、昨日のわたしと何かかわったことがあるだろうか。
考えただけでため息が出る。
考えても無駄だとわかっていても考えてしまう。
これが、主役になる可能性を持つ人間と脇役の違いなのだろうか。
「いやいや、そんなことない……」
わたしは努力をしていないのだ。
これは主役と脇役だからどうとかいう問題ではないのだろう。
脇役には脇役の生活があるのだといつも言っておきながら、結局その脇役であることを言い訳に使いたくなる自分に嫌気がさした。
「だぁーーー、もうっ!」
書くわよ!
書いてやるわよ!!
この悔しい心境と、何もしていないのに脇役だからと悲観した惨めなモブの心境まですべて今日のネタにしてやるわよ!
脇役だからできないなんてことはない!!
負けないわよ、ロジオン!
そう意気込んで、わたしは勢いよく立ち上がった。
その後ろに、もうひとりの人影が潜んでいるとも知らずに。