どんな時だって、高貴さを忘れない
「この度、あなた様の召使いとして働かせていただく、マリーヌ・ヌメッサと申します。
どうぞ、よろしくお願いします。」
まず、一番右に座っていた女性が話し始めた。
ほう、第一声はこの女性か。
この館には召使いが足りていない。高貴な私が存在するこの館を任せられる者はそう多くない。
今回、召使い候補を執事がそれなりに見繕ってきたようだが、果たして1人でも採用できるだろうか。
いわゆる面接の場。すらっとした出で立ちのこの女性は前ぶりもなく急に話し始めた。
面白いと思ったのは、私の召使いになることがすでに決定しているかのような口ぶりに関してだ。
勿論この場では、まだ召使いになることは確定していない。
そう、この場に居る7人の者の中で、誰が私の召使いにふさわしいのか。
それはまだ、決まっていない。ふさわしくないものすら決まっていない。
私は顔採用するような非高貴な選抜を行わない。さっきから顔面蒼白で吐きそうな女性も座っているが、この面接が終わるまでは最終判断を下すつもりはない。
この傲慢なヌメッサも同様。
「ヌメッサさん。あなたが召使いとして働けるかどうかは、まだ決まっていませんよ。」
静かに窓際にたっているメイド長、スーザンがヌメッサをたしなめる。
彼は、私の優秀な召使いの一人だ。なぜ、メイド長を彼が名乗っているのかは謎だが。
「すみませんスーザンさん。ですが、この場にいる召使い候補の中では、私が一番だと確信したので、そう申し上げた次第でございます。」
ガタッ
と隣の椅子が軋む音がした。ミランダだ。すごく不機嫌な顔をしている。
おそらく彼女だけではないだろう。ミランダを含む他の候補者6人みんな、ヌメッサに対して好意を抱いている様子は見受けられない。いや、一人。気分が悪すぎてそれどころじゃなさそうな
「ヌメッサさん。お言葉ですが、あなたは誰よりも召使いに向いてはおりません!」
我慢ならなくなったのか、隣に座っているミランダが叫ぶ。叫ばれるヌメッサは意にも留めておらず飄々とした表情のまま。
ミランダはおそらくダメであろう。この程度で取り乱すようでは、私の召使いになれないと分かってないようだ。
一番左に座るカーミラが静かに呟く。
「マナーがなっておりませんよ。ミランダ、それとヌメッサ。ご主人様の御前でみっともないことをするべきではありません。」
そうして、緩やかな動きで席を立ち、うやうやしくお辞儀をする。
「わたくし、カーミラと申します。あなた様の召使い候補に選ばれましたこと、誠に光栄に思います。どうぞ、よろしくお願いします。」
礼儀作法も十分。召使いとしての素養もある。発言のタイミング、大胆さも申し分ない。
他の無発言の候補や、ミランダ、ヌメッサに比べて、この時点ではカーミラは群を抜いているだろう。
だが、まだ足りない。私の高貴な屋敷を任せられるようなモノはここにはいないのか・・・・。
ため息をつきながら、スーザンに後を任せて部屋を出ようとすると、
「オエェェェェ」
嫌な音が響いた。
はっとして振り向くと、真ん中の席に座っている、さっきから気分が悪そうだったケーシーが汚物を床にぶちまけていた。
しかし、その顔は何事もなかったかのように晴れ晴れとしていて。。。
「あら、床が汚れているようですね。わたくし、掃除してきますわ。道具を取ってまいります。」
颯爽と部屋から出て行った。さっきまで腰を曲げて顔面蒼白だったのに。
その変貌ぶりは異様そのもの。他人を蹴落とす為の傲慢でもなく、他人の行為に対する憤慨でもなく。
他人というものは関係なく、世界が自分で完結しているかのごとく。
採用面接等や館の主等、きっとどうでもいい。あるがままに流れる水流のごとく。
決めた。彼女だ。彼女こそが高貴にふさわしい。
きらきらした目で振り返ると、メイド長のスーザンは、はーっとため息をついた。