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日常

 「おはよう、愛弟子マークくん。」

「おはようございます。師匠。」


 俺が雑貨屋兼葬儀屋の店番で木のカウンターにある椅子に座っていると、来店のベルの音とと共に、親の顔より見た色気全開の胸元の開いた服を着た女が現れた。


 「あれ?私の聞き間違いかな?。」

「はぁ、おはようございます。ルーナさん。」


 もう二百年以上生きている死霊使い(ネクロマンサー)の師匠は年齢を気にしている為、師匠と呼ばれるのを嫌っている。


 「今日も閑古鳥が鳴いてるね。ちゃんと商売してるの?。」

「死霊使いの店なんかに来るのは死霊か、死体だけですよ。」


 俺と師匠はこの王国に二人しかいない珍しい死霊使いだ。


 人は珍しい者を嫌う。だから英雄になろうが、魔王を倒そうが、その扱いが変わることはない。


 「王国からの報酬はまだ届くんですか?。」

「愛弟子にしては、つまらない質問だね〜。」


 師匠は何をするでもなく、店に陳列してある雑貨を手に取ったりしていた。


 「私、ルーナ・フォン・エーベルトは王国を魔王の手から救ったのよ。私が死ぬまで養ってもらわないとね。」

「そのことですが、魔王の死体に憑依したルーナさんはこの先、俺よりも生きますよね?。」


 師匠は二百年も昔、魔王を倒した七人の英雄の一人だ。師匠だけ生き残り、魔王の体のお陰で二百年以上も生き続けている。


 「何を言ってるのかな?愛弟子マークくん。君もピッタリの憑依体を見つけることが出来れば、何百年でも生きられるわよ?。」

「そういうことを言ってるんじゃないですよ。」


 俺は立ち上がり、少し声を大きめに話した。


 「人の寿命は六十年ですよ?。魔王の爪痕は知っていても体験した者はもういないんですよ。」 

「それでも王は快く払ってくれるわよ?。」


 魔王の爪痕、それは地形が大きく変わっていたり、都市がいくつか壊滅したり、多くの被害をもたらしたが、どこも記録があるだけで、復興していたり、伝説や噂の様な物になっていたりする。


 「それは、魔王を倒し、その体に憑依した師匠を怒らせたら国が滅ぶからですよ。」

「あーもう、その話はおしまい、それに私はお姉さん、マークちゃんは反抗期なのかな?。それともこの村の外に出たくなっちゃった?。」


 師匠の気の抜けた態度に俺は大きなため息をついて椅子に座り直した。


 「物心つく前から育ててくれたルーナさんなら分かってるでしょ。俺が何を心配しているのか。」

「お姉さん、分からないなー。しっかり説明、してくれないと。」


 師匠は俺の顔に当たってしまうくらい顔を近づけ、誘惑するような目で鼻を指先で触ってきた。


 「俺が心配なのはその、ルーナさんとのゆったりとした今の暮らしが終わってしまうことですよ。」


 俺は師匠にわかってもらう為、長々と説明した。


 「誰も来ない雑貨屋、近くの村から聞こえてくる冒険者たちの掛け声や子どもたちの遊ぶ声そして、いつも皮肉や冗談を言ってくれるルーナさん、俺はこの日常に慣れすぎて、失うことを恐れているんです。」


 師匠は何故か少し悲しそうな顔、いや、無というべきか、何とも言えない表情をしている。


 「私の可愛い愛弟子くん、私は君が望むなら何でもしてあげたい。私は君が来てくれたお陰で人の見方が変わったからね。」


 師匠は俺の後ろに周り、抱き締めた後、今度は座ってる俺に目線を合わす様に目の前にしゃがみ、俺を真っ直ぐ見つめた。


 「でもそれは無理なのよ。月日は流れるし、村も無くなるかもしれない。王国が痺れを切らして、私を討伐する勇者を集うかもしれない。マークくんも良く分かっているはずよ。人はいつか死ぬ、形あるものには終わりがある。それが英雄であってもね。」


 俺も死霊使いだ。死がどういう意味なのか、その重みと理解しているつもりだ。しかし、俺はもう子供ではない、いつまでも師匠に甘えてる訳にもいかないのも分かっているはずなのだが…。


 「それでも俺は少しでも長く続いて欲しいんです。」


 師匠は少し笑顔を見せ、いつもつけているペンダントを外し俺に見せた。 


 「これは知ってると思うけど、闇の魔石、これをマークくん、いえ、貴方にあげる時がきっと来る。」 


 英雄の七つの魔石は選ばれし英雄しか使えない。それを渡される事はこの日常の終わりを示している。しかし、師匠の優しい声に俺は何も言わなくなっていた。


「それまではいつもの変わらない日常を楽しみましょ?。」


 不安は消えることはないはずなのに、この包まれるような安心感、矛盾する二つの気持ちが俺にはあった。


 『ドンドンドンッ』


 それは店のドアを勢い良く叩く音だった。

 

 「はぁ〜ほら、いつも通り何てことはないのよ。」


 師匠はもう一度抱き締めようとしていたが、邪魔が入ってしまった為、ドアの方に向かった。


 「オープンて書いてあるのが読めないの?。開いてるわよ!。」


 店に入ってきた者は、がたいが良く黒い髭をはやした男だった。


 「失礼します。まさか、ルーナ様がいらしていたとは。」

 

 俺はこの男をよく知っている。この村のギルド長をしている男で、冒険者の件で何度か関わることがあった。

 

「ルーデンさん。どうかしたのか。」

「はい、マークさん。ですがルーナ様のお邪魔でしたのならで直しますが。」


 ドアを叩く前からその気遣いをしてくれれば良かったのだがな。


 「いいから要件を言ってくれ。」

「では単刀直入に言わせていただきます。」


 どうやら服の乱れや息切れからして、随分急ぎの要事なのかもしれない。


 「先日、レッサーオーク討伐の為、洞窟に入った冒険者の捜索をお願いしたいのです。」


 前関わった案件と同じような内容だ。わざわざ村から隔離されてる死霊使いに頼むのは、単独で洞窟に入り、生きていても死んでいても必ず連れてきてくれるのは、俺しかいないからだ。


 「分かった。確認だが、亡くなっている可能性はあるのか?。」

「それはかなり低いはずです。皆あの洞窟には慣れたものですし、二パティー合計十人でレッサーオークを倒しに行ったんですから。洞窟内は複雑ですから、オークを追いかけていたら迷子になったのではないかと思っています。」

 

 レッサーオークを十人なら取り囲んですぐに倒せる。冒険者ギルドは死人を出さない為に万全を期したらしい。


 「迷子て、まぁわかった直ぐに支度するよ。」


 俺がカウンターの椅子から立ち、鞄を探し始めていると黙っていた師匠が口を開いた。


 「じゃあ私も行こっかな。」 


 俺はいつも用意してある鞄をを見つけ肩にかけた。


 「ルーナさんは店番頼みますよ。」

「えー、こんな店に客なんて来ないよ〜。まぁ冗談だけどね。」


 師匠は俺に向かってニコッと笑い、俺が座っていた椅子に座った。 


 「ありがとうございます。報酬は銀貨十枚でよろしいですか?。」 


 捜索だけでレッサーオーク討伐報酬と同等の値段なら悪い話ではない。


「いや、もし冒険者がただの迷子じゃなかったら銀貨三十枚は貰わないと割に合わない。」


 お金には困っていないが、多いことに越したことはない。


 「それならレッサーオーク討伐もお願いして、合わせて銀貨二十五枚でどうですか?。」


 


「まぁ仕方がない。しかしレッサーオーク以外の魔物を倒した時はその報酬も貰うからな。」


 あの洞窟にはゴブリンや狼が生息していて、遭遇すれば倒すしかない。それならその報酬も貰わない手はないのだ。


「はい、もちろんです。では私はこれで失礼します。お気を付けて行ってくださいマークさん。」


 そう言い残してルーデンは逃げる様に店から出て行った。師匠のことが怖かったのだろう。


 そして、俺は師匠と少し会話し、早々に洞窟に出かけた。


 「この洞窟で迷子なんて、やっぱりおかしいよな。」


 俺は洞窟の入口で脚を止めていた。この洞窟は初心者の洞窟と呼ばれるぐらい魔物が弱い。三年に一度出るレッサーオーク以外なら単独の冒険者でも余裕で帰ってこれる洞窟だ。


 (まぁ考えていても仕方ないな。)


 俺は洞窟に脚を進めた。このあと恐ろしい物を目撃するとも知らずに。


 銀貨一枚は銅貨三十枚分。金貨一枚は銀貨五十四枚分です。


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