暖かい人々、平和な日常
しばらくほとんど食べてない朝食も購入したいし、何よりこれだけ活気のある市場を見て回らない手はない。と、再度端からゆっくりと市場を見て回った。
市場には生鮮食品をはじめ様々なものが並んでいた。一番目についたのは魚介類だ。近くの港から引き揚げてきたものをそのまま運んできているのだろうそれらはとても新鮮で、モノによっては新鮮さをアピールするつもりだろうか、まだ生きて生け簀を泳がせているところもある。生け簀事運ぶのはさぞ大変だろうにと考えてしまうのは何か違うような気がすると、少し苦笑いをした。
次いで鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが漂ってくる。食欲を刺激するその香りは、なかなか嗅げない芳しい香りだ。
「焼き立てのパンだ……」
思わず声が漏れた。その声が聞こえたのか、店主と思しき女性がこちらを見て笑顔を見せた。
「どうだい、一つ食べてみるかい?」
女性はこちらに皿を差し出した。細かく千切られたパンが乗っており、試食という形をとっているようだ。じゃあ……と一つ摘まんで口に運ぶ。小麦粉の豊かな香りが焼き立てであるが故か鼻からすっと抜ける。香ばしい香りとは異なる柔らかな触感、そして甘さが口いっぱいに広がる。
しばらくまともに食べていなかったこともあってか、感動的なほどに豊かな味わいだった。笑みが零れていたのか、女性がうふふと笑うと、
「そんなにおいしそうな顔されちゃ堪らないね! ちょっと小さくなって売り物にはできないやつだが、味は保証する! 持っていきな!」
と、一つのパンをドルドに手渡してくる。受け取ることを躊躇していると、いいから! と無理やり手に持たせてくる。なんだか人の優しさに触れたような気がして嬉しくなったドルドは、アンパンと書いてある不思議なパンを一つ購入することにした。
これが狙いだったのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。美味しいものを食べて元気を出さないといけないとも思っていたし、丁度いい。
どうやらアンパンとはパン生地で餡と呼ばれる甘味を包んだパンらしく、この地方で採れる豆と高級品であるはずの砂糖をふんだんに使った料理らしい。それが銅貨十五枚で買えてしまっていいのかと疑問になるが、東の国では砂糖の原料の栽培が盛んで特産品にもなっていることを思い出し少し納得した。
紙の包にくるんで渡されたそれを袋にしまう。紙も砂糖の原料の廃棄物から作れるとかで、この国では他国に比べて相当紙が安く買える。だからこそなせる行為だろう。
貰った小さなパンは食べ歩きが盛んだから食べながら見て回りなと紹介されたこともあり、食みながらのんびりと市場散策を再開する。
確かによくよく見れば色々な者を食べながら歩いている人が多く見受けられる。
それにしても本当に食品関係の店が多い。野菜も新鮮そうなものが多いし、肉は生肉から干し肉まで、果実もそのまま売っているものもあれば、薄く切って蜜に漬けたような漬物まで売っている。漬物に関しては目玉が飛び出るほどの値段が見え、思わず目線をそらしてしまったが。
しばらく回って見つけた肉屋から干し肉とヤギの乳を一杯いただいた。ヤギの乳はその場で頂いたがこれもまた鮮度がいいためか、とてもおいしかった。
小腹を満たしたところで日持ちしそうで、かつすぐに食べられるようなものを選びいくらか購入する。思わず両親の分も購入しかけるが、寸でのところで思い出し、量を減らす。割り切ったつもりでも心の中ではまだまだ納得できていないのだと、自分が少しいやになる。
そんなこんなで回っているうちに四半刻ほど経過しただろうかと先ほどの薬品店へと向かい始める。辺りがずいぶんと明るくなり、先ほどよりさらに活気が増したのを感じる。
薬品店が見えてくると、先ほどの店主であろうクーディアの横に小柄な少女の姿が見えた。