薬品店
店主であろう人物が椅子の上で眠っているような様子であったが、ここの防犯は大丈夫なのだろうか。などと思いながら売られている薬を拝見すると、多種多様……飲み薬から塗り薬、張り薬に希釈剤など、薬に留まらないまさに薬品店と言った品ぞろえにドルドは感嘆した。
「お若い人。これが分かるのかい?」
突如前方から上がった声に驚き、手に抱えていた革袋を一つ落としてしまう。しっかり口は閉じているつもりだったがそこからいくらかの薬草がするすると顔をのぞかせた。
顔を上げれば先ほどまで眠っていると思っていた店主が驚かせて済まないと言いながら革袋を拾い上げる。
「カイナ草だね。なかなか面白い薬草を持っているね」
拾い上げた革袋をドルドに渡し、元の椅子へと腰掛ける。寝ていると思っていたがほとんど目を開けていないように見えるだけのようだ。
「あ……すみません、ありがとうございます」
渡されたものをしっかりと抱えなおすと、先ほど渡された木板を取り出した。
「おや、冒険者ギルドからの紹介だったかな? 気が付かなくて失礼。私の名はクーディア。ここで錬金術を研究しながら薬を販売しているよ」
ご丁寧に挨拶までしてくれる。木板を出し切る前に言われたものだからまたも驚いてしまったことは言うまでもない。
「ドルド、です。こちらなら薬草を購入して頂けるかもしれないと言われて、えっと、新鮮とは言いづらいのですが、見ていただけますか?」
「おやおや。こういったことは初めてと見える。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。私にはね。他ではもう少し緊張した方が、詐欺などに巻き込まれることが減るからよいかもしれないね」
クーディアは、ふふふと笑いながら椅子の下に入れてあった少し大きめの箱に手をかけた。開くと売り上げであろう硬貨がいくらか見えたが、まじまじと見るのは失礼かと思い目線をそらす。
「そちらのカイナ草。それなら一オンスで銅貨三枚くらいでしょうか。一ポンドなら……銅貨五十枚ほどでいかがでしょうか。そちら四ポンドほどと見受けられますので……銅貨二十百枚でいかがですか?」
手元の算盤をはじきながらクーディアが言う。急なことに頭が回らずいると、ふふふと笑うクーディアが続ける。
「ゆっくり考えていただいていいですよ。重さはそちらに秤を用意していますので計っていただいて大丈夫ですよ。四大精霊ウンディーネに誓って細工などはありませんので」
ウンディーネはこちらの国で信仰している四大精霊の一柱だ。この国はウンディーネが作ったとされる水の国に属しているため、四大精霊に誓うというのは神に誓うに等しい。これを口にするというのは、それが謀りであった際には命を失っても構わないということに等しい。もちろん、それを悪用するものはいるが、そういったものはこういった場所で店を出すことはまずない。
つまりはおおむね信じて構わないということだ。
お言葉に甘えて。と、ドルドが分銅を使いながら重さを計ると、四ポンドと一オンスという、クーディアの見立て通りであった。
「おっと、一オンス分多かったですか。では、銅貨二百五枚ほどでいかがですか?」
「えっと、それでよろしければ、それでお願いしたいです……」
この人の言葉には一つも嘘がなかったし、こちらを騙す意図もないことが感じ取れた。それが分かったドルドは提示された条件を飲み、受けることにした。
「それではこちらが二百五枚の銅貨になります。ちょうどカイナ草を切らしていたので大変助かりましたよ。ちなみにもう一つの袋に入れられている……ネムでしょうか。私の知り合いが欲しがっていたのでそちらに譲っていただけると大変助かります。お題はもちろん、このくらいは出させていただきますので」
算盤を弾き額を提示、する。その金額にあまりに驚いたドルドは思わず声を荒らげそうになるのを押し殺す。確かに袋の中の薬草はネムだし、カイナに比べれば貴重な薬草だし、とてもポンド単位では売れないような薬草ではあるのだが、それでも相場の倍ほどの金額を提示されているのだ。
ふふふと不敵に笑うクーディアはさらに続ける。
「今ネムをちょうどその袋一袋分ほど欲していましてね。少ない量であればすぐに買い付けは可能なのですが、なかなかそれだけの量を一度にというのは難しく、さらに採取から七日ほど経過すると品質が落ちてしまうため、手早く売られてしまうことが多くてここまで入ってこないのですよ」
そう言い、またも不敵に笑い、
「もしよければ四半刻ほど後にもう一度来てください。市場は楽しいところですから、ぜひ一度見て回ってください」
とだけ言うのだった。
ドルドは分かりました。と、ひとまず銅貨のみを受け取ると、その場を後にした。