新たな朝、新たな街
いくらか泣いた後にまたも眠ってしまっていたらしいドルドは無理な体制で泣き、眠っていたこともあって体の節々に痛みを覚えた。ゆっくり立ち上がり体を伸ばすとバキバキと至る所から音がした。それから窓を開けて深呼吸をする。まだ朝方なのだろう、仄かに明るい街並みが今までいた場所と違うことを如実に表している。
いまだ肌寒さを覚える空気を感じ、朝であることを実感するとベッドに腰掛ける。
受付に言えば色々な者を用意してくれるとは言っていたがすべて頼るわけにはいかないと、せめて食い扶持だけでも稼ぐ手段を探さなければと思い立つ。しかし、自分ができることと言えば薬草採取くらいであり、本当に日銭くらいしか稼げないかもしれない。
そんなことを考えていると、部屋の隅にいくらかまとめられた荷物が目に入った。それは、ここに来るまでに集めていた薬草の入った革袋と、父、母がそれぞれ大事にしていた革で出来た財布だった。中を見ればすべて無事なようで、きれいに残っているものの、日が経っているせいでいくらかの薬草は痛んで売るにはかなり厳しいものになっていた。
加えて父と母の財布は血で滲んでおり、中の銀貨や銅貨も汚れている……はずだったのだが、銀貨も銅貨も磨かれたようにピカピカになっており、血痕など見当たらないほどだった。財布は血で滲んでしまっているが、べったりと付いた血のりが乾いたというほどには見受けられない。
もしかしたら拾った騎士の人たちが何とかしようとしてくれていたのかもしれないし、単純にうまいこと汚れなかっただけかもしれない。それはドルドが分かることではなかったのでとりあえず置いておくことにした。
銀貨、銅貨を数えてみると父の財布には家族三人が半年ほど働かなくても食べていけるほどのお金が入っており、おそらく商談資金なども入っていたのだろうことが伺えた。
母の財布には主に銅貨が入っていたが、大きさや入っているものの量、そして普段見かける財布でなかったことからドルドはこのお金がどこから出てきたものかを感じてしまった。
おそらくだが、これはドルドが渡してきたお金なのだろう。財布と呼ぶには随分と大きな革袋であるし、この財布にドルドが渡したお金を入れているところを何度か見たことがあった。おそらくそういうことなのだろう。
そんな母の思いを感じてしまい、思わず涙が滲むが、あまり泣いてなるものかと腹に力を入れ堪える。いざというときのためにこれらのお金はあまり使わないようにしようと決意をしつつも、とりあえず朝食などを揃えるためにと、銅貨十数枚ともしものための銀貨を一枚だけ取り、まだ売れそうな薬草だけを選別したのち、革袋を手に部屋を出た。
驚いたことに、部屋を出ると一人の騎士が壁にもたれた状態で座り込んでおり、よく見ると軽いいびきを立て寝ている。おそらく見守りのつもりでファリスがつけてくれたのだろうと少しドルドはうれしくなった。
扉を開けたままいったん部屋に戻り、眠る騎士のために新しい掛布団を一枚手に取り、そっと掛けてから音をたてないように扉を閉め、出かけた。
ギルドの受付はいまだ閑散としており、さすがに早朝なのだろう人の姿は見受けられなかった。ドルドは受付台まで向かうと、そこに座っていた一人の女性に小声で話しかける。
「すみません。こちらの町の市場か商店街に行きたいのですが、この時間から開いていますか?」
「はい。それでしたら市場の方が開いております。そちらから出ていただいて、右手に進んでいただくとしばらくして見えてくると思いますよ」
受付の女性はニコリと微笑み丁寧に教えてくれた。念のためと地図を広げ、現在地と示し合わせ詳しい道順やらを教えてもらうと、
「あと、薬草を売りたいと思っているのですが、買い取ってくれる方はいらっしゃいますか?」
改めてドルドが問うと、しばらく悩むような素振りを見せる。数刻の後、手元にある木板の束から一枚の木板を取り出すと、
「市場の中に薬品を取り扱っている錬金術師の方がいらっしゃいます。その方が確かいくらか薬草を欲していたので、そちらに行っていただくと買い取っていただけるかもしれません」
と、木板を渡してくる。続いて、
「そちらを見せていただくと、冒険者ギルドからの紹介という証明になりますので多少楽に取引していただけると思いますよ」
「ありがとうございます」
受付の女性に礼をすると、言われた通りに冒険者ギルドの入り口を出て右手へ向かった。
ゆっくりと石畳で整備された道を歩いていく。周りの家々を見ればきれいな石造りの家であり、綺麗な街並みから治安の良さが伺える。
とはいえ、路地裏に入れば顔が変わるのは町の常であるため、極力そういった場所には近付かないようにしなさいというのが両親からの教えだ。幸い教えてもらった道は通りのみを通る道であるためその様な場所には無縁にはなるのだが。
薄明るい道をしばらく進んでいると、何やら賑わいを見せる場所へとたどり着く。ここが市場であろうことは一目瞭然であり、その活気にドルドは少し驚き戸惑った。
大きな通りを埋め尽くすとまではいかないが、とても日が昇る前に集まる人数であるとは思えないほどの人が集まっており、思い思いの商品を取引している姿が伺える。
港町の早朝市場で見た光景にも驚いたが、その時とはまた違った活気が、人の賑わいを感じる。
入口ともいうべき場所で驚き戸惑っているだけでは何も変わらないと一旦気を引き締め、冒険者ギルドに紹介された錬金術師が開くという薬品店へと足を運ぶ。大まかな場所だけしか聞いていないため見つけられるかという不安はあったが、たどり着いてみればなんてことはない。薬品店はそこ一つのみであった。