応接間
周りを見ながらも三人に着いていくと、女性が装飾の豪華な大扉に手をかける。
「体も心も辛い時にここまで歩かせてしまってすまないね」
ゆっくりと扉を押し開く。中には円状の机が数脚あり、その机一脚に対して椅子がそれぞれ三、四脚ほど備えられている。壁際にはしっかりとした食器棚などが備え付けられており、客人をもてなす為に作られていることが伺える。
「そちらにぜひ腰かけて寛いでくれ。少々準備を済ませてくる」
そう言いながら女性は点在している燭台に手際よく火を灯していく。ドルドは案内された机の方へ向かう。燭台も今まで見た中で最も細かい細工がされてあり、高級品であることが伺える。椅子に座りしばらくすると、体格のいい男性が応接間の奥にある扉から現れる。いつの間にそこにいたのかと驚いていると、銀盆にソーサーとカップが乗っていることに気が付いた。同時に、燭台から何やら甘い良い香りが漂ってくることにも気が付く。
「カモミールティーです。落ち着きますよ。そのまま飲んでもおいしいですが、ジャムを入れてもおいしいですよ。ジャムは三種あるので好きなものを入れてください」
甘い香りはこのお茶かとも思ったのだがどうも香りが全く違うようだ。
「あまり良い茶菓子はないが、多少の焼き菓子ならばある。もし小腹がすいていたら食べるといい」
いつの間にか長身の男性もいくらかの焼き菓子をもって席に座っていた。広げられた焼き菓子は仄かに甘い香りを漂わせている。
「あのようなことがあった後で済まないのだが、いろいろ聞かせて貰いたくてな。辛いだろうから無理強いはしないが、良ければわかる範囲で教えてもらえると嬉しい」
燭台に火を灯し終わった女性も席に着き、体格の良い男性が持ってきたハーブティーに濃い紫色のジャムを少し入れるとゆっくりと飲み始めた。
釣られてドルドもカモミールティーと言われたものを飲む。甘酸っぱい香りに少し緊張が、不安が解れたような気がした。カップを置き気が付いたのだが、どうやら甘い香りは燭台の方から漂ってくるようだ。おそらく蝋燭ではなく蜜蝋が使われているのだろう。
長身の男性は抱えていた紙束の中から一枚を抜き出すと、辛くなったら言ってくれ。と一言いい、紙を見ながら話し始めた。
「ヴェルデル街道にて起こった事件について、我々が知りえた情報を報告しようと思う。まず、二日前の事件だが、物取りによる襲撃事件としているのだが、夫妻の懐にはそれなりのお金の入った財布が残されており、荷馬車が空であった。荷馬車に乗っていたものを知るものが誰もいない。それでいて、荷馬車が空であったためここを現状空白としている。何が乗っていたかわかる範囲でいいのだが、教えていただけるだろうか」
ドルドの体がピクリと揺れる。事件のことは極力思い出したくないと思うのが本音だが、そうも言っていられないだろうし脳裏に焼き付いた昼の光景は到底忘れることなどできないだろうことを考えれば調査に協力し、少しでも早く犯人を見つけてもらうことが先決だろう。だがそれよりも気になる言葉がそこにはあった。
「二日前、ですか?」
「そうだ。君は丸一日気を失っていた。心配したよ。なかなか目を覚まさないものだからね」
柔らかい表情を見せる女性がそう答える。そんな気はしなかったが、まさかそんなにも長時間寝ていたなんてと自分に少し驚いた。それほどまでにショックだったのだろう。と長身の男性が付け足す。
「そう、ですか……。あ、荷馬車でしたね。荷馬車には、えっと……ちょっと待ってください。荷馬車だけが、空だったんですか?」
「そうだ。我々が到着したときには既に荷馬車には何も残されていなかった。革袋の財布は手付かずでだ」
「それはおかしいです……。正確にすべて覚えている自信はありませんけど、乗っていたのは依頼された魔石剣が三十本と加工用の鉱石が相当数。それに僕たちの食料と旅商許可証が入った革袋にカカの作った衣服が数着と、港町で仕入れた箱入りのリンゴが一箱分くらいですよ……?」
そう。おかしいのだ。旅商を狙った物取りにしたって財布は狙うはずだ。金になるものをただの一つも残していかないところを見てもだ。だが、それは盗らず剣と石と食べ物だけを取っていくというのはなかなかに考え難い。
加えて鉱石は加工前は価値が低い上に重量があるのでこれを盗むというのはなかなかない。運搬中に襲われた馬車に鉱石だけが残されていたということもあったくらいだ。それほどまでにそれを持っていくというのは非効率的なのだ。それらまで取っていくものが財布を探さないというのもまた違和感が強く浮き出る。
「トトは……父は旅商ですが、鍛冶師です。町にある貸し工場で仕入れた鉱石を叩いて加工して販売するために鉱石を買っていました。それに魔石剣は一目見ただけでは普通の剣と変わりありません。これもよほど売れる地であれば良いですが、比較的治安のいい、ましてや戦争などもしていないこの国では、よほどの販売ルートでもなければ売りさばくのは難しいと思いますし、嵩張るので荷物にもなると思います……」
知りえた情報をトトから教わった知識と共に旅をした経験から自分の見解を加えて話した。男性は、ふむ。と小さく相槌を打ち、紙にいろいろと書き加えていく。
「ありがとう。ところでその魔石剣はどこに卸す予定だったとかは聞いているか? 30本となるとよほどの大口依頼だと思われるのだが」
「王国騎士団からの依頼だったと聞きました。私たちの向かう先はヴェルデル街道を抜けた先のガルドという町でした。そこで王国騎士団の方と待ち合わせをし、中央まで同行する手筈となっていました」