見知らぬ女性
どれほど時間が経っただろうか。ドルドは気が付くとどことも分からない部屋のベッドで横になっていた。直前の出来事のことが思い出せず、しかし強烈な疲労感と頭痛が何かあったことを如実に物語っていた。どのようにしてここまで来たのか、なぜここにいるのかと疑問ばかりが浮かぶ。
ふと周囲を見回すと、窓が見える。そこからは明らかに日の落ちた薄暗い町がちらりと見え、今が夜であることが察せられた。両親の姿を探しても見つからない。数刻の後、脳裏に浮かぶ嫌な光景。無残な両親の亡骸が今になってまた鮮明に思い出された。そうだ、両親は何者かに殺されたのだ。
発狂しそうになるのを必死に堪え、現状を整理する必要があると感じる。幸いドルド自身には怪我はなく、衣服も暗い室内でははっきりとは分からないが多少汚れてはいるが目立った汚れはないように見える。
再び流れてくる涙を抑え、ドルドは立ち上がる。両親の亡骸も今どこにあるのかが分からない。体に異常がないことをしっかり確認すると少々おぼつかない足取りで部屋の扉を開けた。
扉を開けた先は広めの廊下があり、それなりの数の部屋があることが伺える。おそらく宿か何かなのだろうとは感じられた。でなければ豪邸ということになるが、つくりはいたってシンプルで装飾も少ないことからその線はほとんどないだろう。
廊下はあかりで照らされており、それなりの明るさがあった。明かりを頼りにとりあえず右手側に進んでいくと、おそらく階段を上っているのだろう音が聞こえた。どうやら下から数人が来ているようで、多少の会話も聞こえてくるがはっきりとは聞こえずどういったことを話しているのかまでは分からない。
などと考えていると向かう先の廊下奥から人が出てくるのが見えた。
上品そうな恰好をした女性と、護衛なのか男性が二人ともに歩いてきた。ドルドの顔を見るなり女性は少々慌てたような表情を見せ、こちらに駆け寄ってくる。
「君! もう大丈夫なのか?」
近寄ると分かるがドルドよりかなり大柄な女性だ。金色のような赤色のような長い髪を揺らし、少々強い力でドルドの肩を持つ。
「はい……いえ、あまり大丈夫ではないかもしれないです……」
突然のことと、に少し動揺をするも、何とか返事を返す。見覚えは全くないのだが、どうやらドルドのことを知っている人物のようだ。
「そうか……。ともかく気が付いたならよかった。君に会いに行こうと思っていたところだ。気が付いていたなら連絡したいこともあったのでな」
少々固い話し方をする女性の後ろから一人の男性が近寄ってくる。長身の女性よりもさらに大きなその男性は、見れば小脇に何やら紙の束を抱えている。
「ここではなんです。応接間が下にありますので、そちらで話しましょう」
その男性が女性にそう話しかける。力強く肩を握っていた手から力が抜ける。大きく一息つくと立ち上がり、「取り乱してすまない」と一言だけ告げると、元来た道を戻りだす。
「なにか落ち着く飲み物でもお出ししますので、良ければこちらへどうぞ」
もう一人の少し小太り……いや、体格のいい男性がドルドを誘導し始めた。廊下の先にある短い階段下り、下階に降りると先ほどまでの扉の並んだ廊下とは一変し、宿屋の受付というよりかは商会やギルドの受付というようなイメージの場所だった。