日常の簡単な壊れ方
方角を常に確認しながらどれほど探索しただろうか。それほど時間は経っていないような気もするし、時間が経っているような気もする。
この森にはこちらの地方特有という薬草がいくつも群生しており、世界的に見られる雑多な薬草が多数点在していたこともあり思わず夢中になって採取をしてしまった。どうやらこの森は自然豊富で土地も肥えているようだ。
想定よりも夢中で採取をしてしまったが、これ以上の探索は両親に迷惑をかけるかもしれないし、あまり心配させてはいけない。ドルドはそんなことを考えながら周囲の目ぼしい薬草を選別し、あらかじめ持ってきていた革袋へと種類別に放り込んでいく。特にこの土地特有の薬草は乾燥させて効能が現れるものがあり、保存しておけば他国に行った際にいい取引ができるかもしれないと、それらを中心に急いで採取をしていった。
ポンド単位で売れるような薬草は嵩張るため、今回は採らずにおいたが、それでも短期間で集められた薬草の数は大きな革袋三つが溢れんばかりに膨らむほどだった。
なかなかの収穫があり自然と笑みがこぼれた。ドルドは一定の方角に常に進んでいたため、帰りは逆方向へと進むだけで元の荷馬車へとたどり着く予定だ。
方位磁石を見ながら間違えないようにとゆっくり歩いていると、いかほどかで元の街道と思われる道がうっすらと見えてきた。思いの外奥の方まで探索に行ってしまったらしい。
街道の傍らには見慣れた荷馬車があり、そこにはトトとカカが呆れた顔で待っている。
はずだった。
ふと吹いたそよ風に乗って鼻腔をくすぐったのは生臭いような、鉄のような匂いだった。
先ほどまで浮かれていた気分とは一転して、ざわっ……と胸に嫌な感覚を覚える。
少し慌てて駆けだすと、先ほどまでの薄暗い森とは打って変わり、ほぼ真上より射す陽の光により眩むほどの明るさを見せる街道が見えた。そこには多少の人だかりが出来ており、その先には見慣れた荷馬車と見慣れない黒っぽい水たまりのようなものがあった。
「トト! カカ!」
ドルドは声を荒らた。抱えていた革袋を抱えることも忘れ、荷馬車までの短い距離を急いで詰める。まさか、まさか! 脳裏に浮かぶ嫌な光景を払拭しながらそこへ駆け寄った。
人だかりが出来ている先には、数人の騎士姿の人と地面に寝転ぶ男女の影があった。叫びながら近寄るドルドがよほどの剣幕だったのか、野次馬であった数人は離れ、少しばかり道を開ける。
寝転ぶ男女の影。それらは両親の見慣れない姿であることがはっきりと見えた。
黒っぽい水たまりのようなものは両親から流れ出た血液であり、量を考えても無事では済んでいないことが伺える。体には切創が多数あり、頭部に致命傷と思しき打撲傷も伺える。
荷馬車と馬車馬は無事のようだが、馬の方は明らかに冷静さを欠いており、離れたところで騎士数名になだめられているのが見える。荷馬車に至っては無事なのは本体のみで積荷は全てなくなっている始末だ。
ドルドは溢れる涙で前が霞み、ほとんど錯乱状態であった。騎士を押しのけ両親に縋りつくと、仄かに暖かい体の至る所から赤黒い液体が流れ出た跡が見て取れた。
騎士姿の女性が何かをドルドに言うも、錯乱状態であるドルドはその言葉に耳を傾けることもなく泣き叫んでいた。仕方がないといった様子で回りの状況から判断し始める騎士たち。凄惨な現場だったこともあってか、野次馬も気が付けば少なくなり時たま数人の通行者が通るだけの道へと戻っていった。