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忘れじの七小節

作者: 寺崎 征十郎


聖なる夜も更け、世の子供たちは寝静まり、カップル達もお楽しみを終えたといった時間。


俺はようやく見えた自分の部屋に、痛む足に無理を押して早足で向かっていた。


年内最後の業務という事で、作業を残す事のないようにと、常に暇そうにしている上司からお達しがあり、俺が作業を終えた頃には既に終電の時間は過ぎていた。


そういう訳で、仕方なしに数時間かけて歩いて帰ってきたという次第だ。


部屋に入るとすぐ、スーツに皺が出来るのもお構いなしにベッドに倒れこむ。


汗の不快感も疲れからくる睡魔には勝てず、俺の意識は深みに落ちていった。





彼女との思い出は、その多くが茜に染まった音楽室の中にあった。


放課後の静まり返った校舎。


その静寂に響き渡るピアノ。


手先の不器用な彼女の、拙い旋律が俺達の合図だった。


多くの事を語った。


学校生活の事。私生活の事。将来の事。


些細な事から大切な事まで。


どんな事でも、二人で話している時はとても楽しかった。


この時間がずっと続けばいいのに。


俺たち二人は、そんな夢物語のような事を当たり前のように思っていた。


尤も、その時語った将来の夢は、俺も彼女も叶う事はなく、どちらもつまらない仕事をしている訳だが。





遠くからピアノの音が聴こえてくる。


あの頃と何も変わらない。


拙くて暖かい旋律。


急速に意識が戻ってくる。


目を開くとベッドの横、備え付けられたピアノを弾く彼女がいた。



――――――おはよう、よく眠れた?



幾分か大人びたが感じるものは変わらない。


あの日の茜によく似た眩しい笑みが、俺に向けられていた。


それだけで、疲れなんて全て忘れてしまえる。


夢は叶えられなかった俺達だけど。


一番大切なものはずっと続いている。


あの頃の思い出も、今の生活も。


このピアノの旋律を合図に進んでいる。


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