第六話『もくひょう!』
子供たち襲撃騒動の後、なんとか立ち直った星の知恵メンバーに連れられて、俺は星の知恵の拠点にある応接室みたいな所に通された。
星の知恵の拠点は二棟に別れているようで、依頼を受け付ける為のカウンターや書類仕事をする為の事務室、その他諸々の施設が備えられた本館。
そして、クラン団員や従業員の宿舎、食事処などがある別館があり、加えてキャラバンの整備場やだだっ広い中庭、トレーニング器具や様々な武器が揃った訓練施設まであってすごい広かった。
……ちなみに最終的に通された応接室は本館にあったので、さっきまで案内されていた道程は完全に拠点の中を案内されただけだったことが分かったのだが。
まぁそれはいいとして。
「……」
「……」
……俺はちらりと対面に座っている団長に目を向けた。
先程の失態を気にしてか何処かぎこちない様子の団長は、居心地悪そうにそわそわしている。
……うん!
建物は全体的に年季が入ってるが、味のある木造ですごい落ち着くな?
実家が古い木造だったから、何だか懐かしい気分になるよ。
応接室に置かれている柔らかいソファに座り、そんなことを考える。
「……」
「……」
……
これは話しかけた方が良い奴だよなぁ……
団長、あきらかに居心地悪そうだもんなぁ……?
……よし!
このままでは空気が不味いし、少しだけ話しかけてみるか!
「……え〜と、味のある木造でいい部屋ですね?」
「……ッ!そうだろう?
ここはな、トレントの木材でできているんだ」
「へぇ〜そうなんですね!トレントの木材ですか……」
「あぁ。トレントだ。燃えにくく、耐久性に優れたあのトレントだ。うん…………」
「あのトレントですか……」
「あのトレントだ……」
「へ、へぇ〜……」
「あ、あぁ……」
「……」「……」
気まずいな……
とんでもなく気まずいな。
「……えっと」
ガチャリ。
その重い沈黙に耐えかねて何かを話そうとした時、部屋の扉を開けて誰かが入ってくる。
「はいはい二人とも。気を使いあった気まずい会話はそこまでにして、さっさと本題に移ろう?はいお茶どうぞ〜」
テルラさんだ!
どうやらお茶を持ってきてくれたようで、お盆の上に三つの木のコップを持って入ってきた。
ありがてぇ……!これで話が進むだろう。
団長はテルラさんに「ありがとう」とひとつお礼を言ってお茶を口に含んだ。
そしてようやく落ち着いたのか、ゆっくりとこちらを見て話を始める。
「ふぅ……
さて、テルラも来た所で本題に移るが。
……君はこのクラン、星の知恵に入りたいと言っていたな?」
「はい、そうですね。自分はこのクランに入りたいです」
このままでは、この世界で生きていけない気がする。
だからこそ、この良き人達がいるクランで生きる術を学びたいのだ。
俺はそんな気持ちを込め、団長に向けてはっきりと言葉を発する。
「そうか……ならば君には試験を受けて貰わねばならない」
すると、団長はそんな俺に対しそう言って、深く手を組みこちらを見つめてきた。
俺はその至極真面目な様子に、先程とのギャップからか少しだけ圧倒されながらも話を続ける。
「試験……どんな試験ですか?」
「それは……ランクC魔物の討伐だ」
おぉう……やっぱりあるのかランク制度!
そうだよなぁ。異世界ものだと定番の指標だよなぁ……!
しかし、そうなってくると……ランクCって割と高くないか?
「ランクCって、どんな魔物ですか……?」
「そうだな。最近有名なのだと……
……あぁいや、君もあったことがあるだろう」
あっなんか嫌な予感がしてきた。
俺の脳裏に、とあるシルエットが浮かび上がった。
その山のように大きな肉体と、その身を覆う分厚い毛皮。
生物として有り得ない様な構造をした四本の剛腕には、全てを切り裂く鋭い爪がついている。
本当に違っていて欲しいが、俺があったことのある魔物なんてあれしかいない……
「それは」
「……」
「君が森で襲われた魔物、"四腕熊"と同格の魔物だよ」
やっぱりあいつかよ……
うっわぁ……
まじで普通にトラウマなんだが……それと同格……うっわぁ。
「……まじですか?」
「まじだ。大マジだ」
「マジすか……
え?……ってことは、まりあちゃんとかこのクランに入ってる人全員あのもりもりくまさんに勝てるんですか?!」
「あぁ、勝てる。もうワンパンだ」
まりあちゃんあれに勝てるのか……驚きだぁ……
でもなんでこんなに厳しい試験なんだろうか……
「厳しいと思ったろう?」
「少し……」
「だが、この試験には理由があるんだ」
「理由……?」
団長の言葉の真意を読み取ろうとして、俺は頭に浮かんできた疑問を隠すことも無く問いかける。
団長はそんな俺を見て、ゆっくりと息を吐いて……
「まぁ、それを話す前にうちの志から知ってもらった方がいいだろう」
いつになく真面目な表情でそう言葉を発した。
「志……それは?」
「あぁ……クランにはな。それぞれ志があるんだ。
単純に強くなるだったり、困ってる人を救うだったり、なかには自分たちの楽園を作るとかだったり……本当に様々なものがある。
入団している団員たちはその志に向けて、一丸となって進んでいく訳だ」
ねここさんも言ってたな。
クランは志を共にする仲間だって……
「そして、星の知恵の志だが……
この……『世界の真理を解き明かす』だ」
……
「世界の真理を……それは」
それは果てしなく……
そんなふうに呟こうとした俺の言葉を遮るように、団長は話を続ける。
「そうだ、果てしなく無理に近い志だ。
だが我々は本気で取り組んでいる。たとえ周りにおかしいと思われようともだ……
君には、その覚悟があるか?」
俺には……あるのだろうか?
俺には、"世界の真理"なんて、大それたものを追い求める覚悟が……
俺には……
「俺には……
……まだ、わかりません」
「ほう?」
「ですが、少しの間ですが、皆さんと接してすごくいい人たちで……なんというか……
この人達になら、ついていけるって……この人達となら弱い自分を変えられるんじゃないかって、そう思ったんです!」
「……」
「だから……だから、このクランに入れてください!
……お願いします!」
「そうか……
君は、ちゃんと自分が弱いとわかった上で、そう言っているんだな」
怒られてしまうのだろうか……?
これでダメだったら、諦めて他の道を考えよう……
まぁそれに、今回がクランに入れる最後のチャンスって訳でもないし。
入れなかったら、強くなってまた来ればいいしな……!
そんなことを頭を下げながら考えている俺を見て、団長は少しうんうんと頷いた後……
顔をばっとあげて俺に向き直った。
「……ならば良し!このクランに仮入団することを認めよう!」
え?
今の流れから了承され……!?
……いや、仮入団?
「えっと、仮入団とは???」
「いや君まだ弱いだろう?」
「まぁ……はい。そうですね。弱いです」
「だろ?
なら一旦仮入団にして、1~3ヶ月くらい君に師匠付けて強くする!」
「はい……?」
「その時にランクCの魔物を倒してもらって、それで晴れて本入団となるわけだ!いや〜我ながら完璧なプランだ!」
そう呟いて一人頷く団長の姿に、俺は唖然としながら口を開く。
「えっと?なんでそこまでしてくれるんですか?
こんな何処の馬の骨ともしれない自分に……」
「……だって君、今回がダメでも強くなってまた来るつもりだったろう?」
「!?……そうですね」
……また来ようとしてるの読まれたんだけど!怖っ!?
「だよなぁ……それはめんどいからさ、ならこっちで修行させた方が早いじゃん?」
「はぁ……そうです、ね?」
「という訳で、君には今からこの星の知恵のメンバーと……君が一緒に修行する三人の新人を紹介するから!」
なんか、星の知恵団長は凄い不思議な人なんだなぁ……
真面目な顔で問いかけてきたと思えば、もう軽い感じで笑ってるし……
それに、なんか俺と同じ境遇の人が三人いるっぽいし……
「いや〜よかったよかった、活きのいいのが入ってきてねぇ!なぁテルラ?」
「そうですねー」
「じゃあ、これからよろしくぅ〜!
あっ、俺シェロラン・カーターって名前だから。
シェロラン団長でもシェロさんでもカーターさんでも好きに呼んでね。」
「あっはいわかりました了解です」
やっぱりなんかすごいなぁ……?
長命のエルフという種族だからなのかもしれないが、テンションというか考え方というか……
なんか、そういった部分が俺とは根本的に違っているような感じがするよ。
……それに、心読んでくるし。
「さーてと、皆のところに行くかー!こっちだぞー」
団長とテルラさんが応接室を出ていく。
どうやら、団員のみんながいる所へ行くようだ。
……
「……仮入団、か」
俺は、3ヶ月後にもりもりくまさんを倒せるようになるだろうか?
あの、絶対に勝てないとさえ思えた、"捕食者"を……
……いや、違うな。
なるんだ、なってみせる!
「俺は、強くなってみせる……!」
一人になった部屋の中で、噛み締めるように呟く。
その言葉は、異世界に来てからふわふわと浮いていた俺の心を、しっかりと地につけてくれるような……
心の中からどんどんと困惑がなくなっていって……
そして、それを埋めるようにどんどんワクワクが溢れてくるような。
そんな、自分の中に何かを確立してくれる、心強い感情を俺に与えてくれた。
「どうしたのーきっぺいくん?こっちだよー」
「……はーい、今行きます!」
部屋から出てこない俺の様子を見にきたテルラさんに、笑顔で返事をする。
そういえばこれから、星の知恵の団員達と一緒に修行するっていう三人のメンバーに会うんだったな……
うーむ。これから大変そうだなぁ?
でも……取り敢えず今は、仮入団出来たことの喜びを噛み締めるか!
そんなことを考えながら、俺は応接室の外へと足を進めるのだった
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