第一話『ある日、森の中』
バリア(仮)との凄まじい?攻防戦から約30分。
俺は果てもなく周囲に広がる、鬱蒼と繁る森の中を歩き回っていた。
「抜け出せたはいいものの、本当にここはどこなんだ?日本なのかも怪しいぞこれ?」
うむ、現代日本では見られないほどに鬱蒼とした森だな。
これほどもりもりと茂っているのは見たことが無い……
よし……この森をもりもりの森と名付けよう!
もりもりと木が沢山生えてるからもりもりの森。我ながらいいセンスだ!
そんな風に俺は自分のセンスに酔いしれながら、森の中を歩いていく。
「しかし、知らない植物が沢山あるな?」
歩きながら周囲を見渡せば、日本では見た事のないような植物がいくつも生えている。中には、なんだこれは?って思う様なものもあった。
植物自体あんまり知らないけど、明らかにおかしいのだ。
「うーん、これはどうなってるんだ……」
例えば、今目の前にあるこの草。
姿形は細長いたんぽぽの草のような普通のものなのだが、風が吹いているわけでもないのに何故か不自然に揺れているのだ。
その他にもあっちにある、木に蔦が巻き付くように生えたような植物。木の上の方にある蔦の先に、白い卵のような果実?がついているのだが……
今、俺が見ていた目の前で飛んできた小鳥を喰った。
もう一度言おう。卵のような果実の中心がパカァ……と開いて、飛んできた小鳥を喰った。
そして、暫くじたばたと卵果実が揺れたあと、すっと動かなくなった。
しかも、俺の足元にあるトマトみたいなやつには目がついているし、今地味に隣を木が歩いていった。
うん、すごいなぁ……
色んな植物がいるんだなぁ……
でもこれでひとつわかったことがあるね!
「これ……日本どころか、地球かも怪しいかな?!」
くそが!ほんとにどこなんだここは!
あれか?異世界か?今流行りの異世界転生か?
俺はここに来る前何をしていた?
思い出せ!
……いや、とりあえずまずは落ち着こう。
はい…深呼吸して……吸ってー、吐いてー
「ひっ、ひっ、ふぅ……!」
よし、落ち着いたな!
足元にいる目がついたトマト……ト目トから凄い形相で見られてるけど、落ち着いたぞ俺は!
……いや待って、ちょっまじ怖いんだけどト目ト!
めっちゃ目充血し始めたんだけど!?
あっ、ぐちゃぐちゃに弾けた……!?
足元にある赤い果肉と果汁に、なにか哀愁のようなものを感じてしまうな……?
いや……待て、話を戻そう。よく考えてみれば全然悲しくないし、今こんなことをしている場合ではない!
えーと、俺はここに来る前何してたんだっけ?
「確か……」
俺はここに来る前の記憶を朧気ながら思い出す。
そうだ!確か怪しい薬を飲んで倒れたんだ!
それで、なんか行ってらっしゃい的なことを言われていた気がするがよく覚えてないな?
薬を飲んだところまでは覚えてるだがなぁ?
そっからの記憶が割とないな……でも、なんで怪しい薬を飲んだんだ俺?
「うーん?」
頭をひねって考える……が。
……わからん。
なんか大切なことを忘れてる気がするがわからん!
……まぁでも、分からないってことはそこまで重要じゃないんだろう。きっと大丈夫!
割と金に困ってなんかの治験とかで死んだのかもしれないしねッ!
ていうかここまできたら言うんだけど、恐らく死んだよなこれ?
いや、倒れた所までしか記憶ないけどさ……?
……ていうことはまじで異世界説濃厚か?
「異世界……!」
日本で見てきた様々な冒険譚を思い出す。
手に汗握る熱い戦い、仲間との友情、剣と魔法、秘められた力、隠された財宝、そして獣耳っ娘……!
「獣耳っ娘……か!」
……やべぇ。考えたらワクワクしてきたぜ!
どこかの戦闘民族並にわくわくすっぞ!
原作一回も読んだことないけど、そのうち強いやつに会いに行きたくなるかもしれない……!
うぉぉ!バトルジャンキーに俺はなる!
どんな奴でもかかってこいやぁ!
ガサガサ! しげみが おおきく ゆれている!
「ガァァァァア!!!!!」
あっ、野生の熊が あらわれた!
筋骨隆々で いまにも 襲いかかりそうだ!
「あっ、ナマ言いました許して下さい。」
「ガァァァァア!ガァァァァアゥッッッ!」
「無理って事ですね!?わかります!」
茂みからその大きな体躯を顕にした熊は、俺の胴ぐらいはありそうな腕を天高く振り上げた。
野生の熊の振り下ろし!
すごく鋭い爪が迫ってくるぞ!
「ッ危ねぇ!軽く死にかけたぜ……脳内で遊んでる場合じゃなかった……やば次来る次来るッ!」
ていうかこのくまヤバすぎだろ!
よく見たら背中部分にもう一対腕あるじゃねぇか!
合わせたら腕四本あるぞ!?足も合わせたら六本だ!
加えて俺の倍どころじゃ済まない体格、こんなのから攻撃をくらったら一瞬でお釈迦だ……
こうなったら、かくなる上は……
「逃げるんだよ!じゃあなもりもりくまさん!」
俺はサッと後ろを向いて走り出す。
三十六計逃げるに如かず!ばっちゃも言ってた!
「がアヴァアーアアゥッッッ!」
あっやばい。背後からなんか感じ……
「ぐはッ……!」
背中に強い衝撃が走る。
走っていた事が幸いしたのか死にはしなかったが、軽く10メートルくらい吹っ飛ばされた。
あっやば痛い。これ絶対肋骨折れてる。息が辛い。
死ぬ?これ死ぬの俺?
嫌だ!死にたくない。早く動かないと……
「はぁはぁ……ごぼッ……!」
這う這うの体で立ち上がる。
くそっ、血が出てきやがった……
ということは内蔵イカれてんのか……
早く治療しないと死ぬなコレ。
あぁこんな時でも俺ってやつは、あっこれアニメで見たやつだ!
みたいな感想しか出てこないなんて……とんだダメ男だよ全く。
ゆっくりと歩く。痛みを紛らわす為に馬鹿なことを考えていたがやっぱダメだくそ痛い。
もりもりの熊はもう急がなくてもいいと思ってるのかゆっくりと此方に近づいて来ている。
その目からは、生物に対する感情は感じられない。
もう食べ物としてしか見られてないんだろう。
あぁ嫌だ……食べられたくない。
「う……あ……」
だけど、もうダメだ。
痛みで足が前に進もうとしない。
どれだけ動かそうとしても、痛みと恐怖に支配されたこの体は、反応もしてくれない。
ただただ、熊と、死への恐怖で足を震わせるだけだ。
熊がすぐそこまで来る。
終わりだ。せっかく空中を生き延びたというのに……
せっかく異世界に来たというのに……
何もせずに終わるなんて……
俺がもっと強ければ……俺に力があれば……
弱々しい力で手を握り込む。
しかし、アニメや漫画や小説の世界ような展開など起こる筈もない。俺の目の前に立つ熊は、無情にもその鋭い爪を振り下ろさんと高くへと掲げた。
その行為は生物として、強者として当然のように堂々としていて、不覚にも惚れ惚れする様な力強さを持っていた。
……あぁ。さっきから呼びかけてみていたがバリア(仮)も反応する様子はないし万事休すだ。
振り下ろされた爪が迫ってくる。
もう避ける力もない。
だが、最後の抵抗として体を後ろに倒す。
……いや、嘘だ。立つ気力も体力もなくなってしまったのだ。
さようなら異世界。
こんにちは来世。
これ、前にも似た事を言った気がするけど……まぁいいか。
目の前まで来た爪が俺に刺さる。
バシュ!
「グガゥァアッ!?」
だが……刺さったと思われた爪は、重力に従って腕ごとごとりと下に落ちたのだった。
あ、まってまって重い重い重い!
だだでさえ肋骨折れてるのに腹に落ちてきた死ぬ!!!ぶべっ!顔に返り血が……
「大丈夫ですか!」
重さでもがき苦しんでいると、近づいて来た誰かが腕をどかしてくれた。
やばいな、目が霞んできた。輪郭がぼやけている。
だが、声からしてかろうじて女性と認識できた。
「に、逃げ……ゴホッ……」
「喋らないでください!気を強く持ってくださいね、すぐ終わらせます!」
「グガァァァァァアア!」
巻き込む訳には行かないので、逃げろと言おうとしたがダメだった。
熊と女性?は向かい合う。
先に動いたのは熊だ。
熊は腕を落とされた事で怒り狂っているようで、女性にやたら滅多らと腕を振り回す。
だが、その一撃一撃に無視できない力が篭っていることは傍から見ていても理解することが出来た。
……しかし、女性は死の象徴のようなその攻撃を、意にも介さず全ていなしてしまう。
「ふっ!」
女性が動く。
両刃の剣、所謂西洋剣と言われる武器をお返しとばかりに熊に振るう。
いや、振るうと言ったが、実際に俺が見た訳では無い。結果的に振るったのだとわかっただけだ。
「グカァ……?」
なぜなら、女性が動いた瞬間に、熊がばたりと倒れたのだから。
熊は絶命していた。叫び声をあげることがなかった所を見ると、切られたと認識する前に死んだのだろう。
あんなにも強い熊を、こうもやすやすと倒すのか……
すごいなぁ……異世界人はみんなこのぐらいの強さなのか?
だとしたら恐ろしいな、生きてけないかもな。
いや、もう死ぬのか……
「近くに私のキャラバンがあるので、そこまで行きます!少し揺れますが耐えて下さい!」
そう言うと女性は俺を背負いあげる。
背負うと同時に走り出した。
風を感じる。
相当急いでいるのだろう、がたがたと揺れるね。吐きそうだぁ。
いや、多分感じてないけど血ィ吐いてるわこれ……申し訳ないな。
……あぁ。意識が無くなる。
なんか……めっちゃいい匂いだな……とか
願わくば、次起きた時死んでませんように。
……とか、そんなことを思いながら俺は意識を失った。