第十六話『来訪』
「───は?それで、あんたいま師匠と喧嘩してんの?!」
「い、いや、喧嘩というよりも何故か一方的に嫌われてしまったというか……!ぐふぅ……!」
昼ご飯も食べ終わり、時間は既に一時半。
太陽が空の頂点に登り目下を照らして、窓から暖かな光を届けてくれる和やかな時間帯。
そんな中、食後の腹ごなしがてら始まった世間話にて、紆余曲折を経て現在俺はラニィ嬢に首を締められている最中なのであった。
「あんた師匠怒ったらめんどくさいの知ってる!?
大ざっぱにみえて結構腹黒いんだからあの人……!わたしたちの修行にまで影響出たらどうすんのよ!?」
「は、はい゛……!まごどにもう゛じわけな゛……!!」
「ちょ、ちょっとラニィ様!きっぺいくんも悪気があってやったわけじゃないから許してあげて!?
それ以上絞めるときっぺいくん死んじゃうから!落ちるから!」
がくがくと首を揺らされながら、ギリギリと絞められていく首の感覚。頑張って抜け出そうとしても、ラニィ嬢の力が強く抜け出すことが出来ない俺。
今まさに生死の狭間を漂っている状況下である。
しかし、そんな中かけられたウィルちゃんの鶴の一声により、ラニィ嬢はパッとその手を離した。
「あ、ヤバ。力加減忘れてた……」
「ッはぁーーー!?し、死ぬかと思った……!」
その圧倒的な力の差に、思わず死を覚悟してしまっていた俺だったが、手を離された瞬間になんとか大きく息を吸い込み、新鮮な空気を肺に詰め込む。
美味しい……!空気が美味しいぞ!
今ならこの空気に食ログ評価5つけてもいいまである!!
どんな料理よりも美味し、いや世紀末料理人とウィルちゃんの手料理の次に美味しいと言えるだろう!
「だ、大丈夫ですかきっぺいくん……?喉とか潰れてませんか!?」
「あ、あぁ、ぜ、全然大丈夫……!ちょっと軽く死にかけただけだから余裕……!」
そんなことを話しながら、木のテーブルにだらりと顔をつける。
首を絞められるなんて経験はしたことがなかったが、こんなにも疲れるものなのか……!
「……飲め」
「え?あ、あぁ、ありがとうガイ!」
そんな風にぐったりとしていた俺の横合いから、ガイにより静かに差し出された水をゆっくりと飲み干す。
背中を摩ってくれるガイに軽くお礼を言って、喉の調子を確かめるために俺は口を開いた。
「あー、あーーー、あーーーーー……よし!」
……良かった、どうやら喉は大丈夫そうである。
残されたのはがくがくと揺らされたことによるちょっとした首の痛みと、すごい疲労感だけのようだ。助かったァ!
「……」
そうやって発声をしている俺を見て、ラニィ嬢が気まずそうに目を逸らす。
しかし、そんなラニィ嬢の指先は、もじもじと着いたり離れたりを繰り返しており、何となくこちらの様子を伺っているのが見て取れた。
その様子を見るに、ラニィ嬢は意外と心配してくれているようである。やっぱりラニィ嬢は優しいお嬢様だ……!毒舌だけど!
「すみませんラニィ嬢、この度はご心配をおかけしてしまい……」
「え?!いや、え、えっと……こっちこそ悪かったわね!
力加減を少し、ほんの少しだけ間違えちゃったから……」
「いやいや、元はと言えば自分がリュウコさんを怒らせたのが悪いので!だいたい自分のせいです!以後気をつけます!」
明らかに落ち込んでいるラニィ嬢に対し、平謝りを決行する俺。
ラニィ嬢を落ち込ませる事など、プロ紳士としてあってはならない愚行である!二流紳士に格下げされてしまう!
そんな訳で、俺はグッと親指を立てて、きらりと光る白い歯(当社比)を見せつけるようにニッコリと笑い元気だということをアピールする。
ふっふっふ……これでも一度死んだ身なのでな!あの程度の苦しみなど屁でもないのだよ!
そんな俺の対応を見て、ラニィ嬢がちょっとだけ俯きがちに、だがいつもの調子で口を開いた。
「ま、まぁ……それもそうね!
あんたが師匠を怒らせたのが事の発端ではあるものね?」
「はい、もう全然自分のせいです!じゃんじゃん首絞めてくれて大丈夫です!」
「いや……でも。わたしも今度から力加減を気をつけるわ」
「……はい、助かります!」
なんやこの子、めっちゃえぇ子やん……?
見た?ねぇ今の見た?!
雰囲気を悪くしないために一旦は相手の言い分を受け入れて、でもしっかりと自分の悪い所も理解して最後に付け加える所!
完璧お嬢様じゃないですか!一生ついて行きますよラニィ嬢!
……どちらかというと力加減より首絞める方が問題だけどね!
「ふふっ……二人ともおやつ有りますけど、食べますか?」
「おやつ!もしかしてウィル、クッキー焼いてきてくれたの?!」
「はい、みんなで食べようと思って!」
「マジですか!自分食べたいです!」
……とまぁそんな風にして、食後の一波乱が終了したお昼過ぎ。
ウィルちゃんが持ってきてくれた美味しいクッキーも食べ終わり、世間話を再開していたそんな矢先。
ガチャりという音と共に、またもやシェアハウスの扉が開かれた。客多いなこのシェアハウス?
「やっほー!愛しの新人くん達元気にしてる〜?」
そして入ってきたツインテピンク髪の美少女。
我らが理想の最かわロリお姉ちゃん、ミルミョル・テルラさんの姿がそこにはあったのだ。
「おぉ〜、お姉……テルラさん!今日も頼もしい可憐な立ち姿ですね!」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう〜!もっと褒めてくれていいのだよ〜?」
「よっ、星の知恵の最かわ警備長!皆の最強お姉さん!」
「ふっふっふ〜!きっぺいくん、キミは中々見所があるねー?」
「ははぁ〜、大変有り難きお言葉感謝します!」
嬉しそうに胸を張ったテルラさんが、大変可愛らしい。
こんなにも褒めがいがある人はきっと他に居ないだろう!
そんなことを考えていると、俺の後ろからラニィ嬢が静かに声をかけてくる。
「あ、あんた……
よくそんなテンションでテルラさんに話しかけられるわね……?」
その声はどこか緊張しているような、少しだけ怯えの交じったような声色であることが伺えるものだった。
そのラニィ嬢らしくない弱気な態度に、俺は思わず質問を返す。
「え?何でですか?テルラさんめちゃくちゃ話しやすいですよ?」
「いや、だって星の知恵のテルラって言ったら、『殺戮者』の異名を───」
「ラニィちゃん?そんな所でこそこそ話してどうしたのー?」
ビクリ!
と、ラニィ嬢の肩が跳ねる。
ウィルちゃんに案内されてテーブルに座っていたテルラさんが、ラニィ嬢に声をかけたのが原因だろう。
「い、いや、なんでもないわ……なんでもありません!」
「そっかぁー、それは良かった!」
……うむ。
なんでかは明記しないけど、テルラさんにはあまり逆らわない方が良い……ということだね?
ラニィ嬢……身を呈して教えてくれてありがとう。テルラさんに肩を組まれて顔を青くしてるのが不憫に思えてきたよ?
しかし、何がとは言わないけど『殺戮者』かぁ……。
今の可愛らしい見た目から一切想像が出来ないけど、もしやネココさん運転手モード的なアレ的なアレだろうか?
そんなことを考えている他所で、話が進んでいく。
「はい、テルラさんお茶どうぞ!」
「おぉー、ありがとうウィル〜!いただくよー!」
ウィルちゃんの持ってきたお茶をぐびぐびと飲むテルラさん。
ふぅと一息をついた後、その小さな口を開いた。
「いやー、今日はいい天気だね?
お日様があったかすぎて、ここまで来るのに時間掛かっちゃったよー」
「そうですねぇ。僕もさっき買い物して帰ってきたんですけど、ついつい眠くなるような日差しでした!」
うーーーむ、平和だ。
テルラさんの右手から逃げ出そうとしてもがいているラニィ嬢を除けば大変平和だ。
「ガイくんも元気そうで何よりだよー!」
「……(こくり)」
「うんうん、今日も熟練冒険者みたいな出で立ちだねー!」
平和だ。とっても平和だ。
テルラさんの腕の中で絶望の表情を浮かべているラニィ嬢の哀愁漂う姿を除けばすっごく平和だ!
そんなのどかな雰囲気を傍から眺めながら、幸せな気持ちに浸ること数十分。
俺としてはこのままテルラさんのほんわかとした話をいつまでも聞いていていいのだが……
「……」
しかし、そろそろラニィ嬢が限界そうである。
目が死んだ魚みたいになってきているからなぁ……これは流石に助けた方が良いやつだろう!
そう思った俺は、ラニィ嬢への助け舟を出すことにしたのだ。
「───で、団長がその偉い人に土下座を……」
「あのー、テルラさん?
お話の途中遮ってしまい申し訳ないんですが、今日はどのようなご予定で此方に?」
この程度ならば失礼にならないだろう。
そんなことを考えながら発せられた俺の言葉を聞いて、何やら考えこむテルラさん。
「あ!そうだった!」
そして、テルラさんは少し間を開けてから、ハッとしたように手を叩く。どうやら何か思い出したらしい。
……因みにテルラさんの一連の動作の合間に、ラニィ嬢は腕から抜け出すことに成功したようだ。
遠くでテルラさんを警戒しているラニィ嬢が、心做しか俺に感謝の眼差しを送ってる気がしないでもない。
「いやぁ、忘れてた。
今日はキミたちに伝言を預かって来たんだったよー!」
そう言って、テルラさんはこほんと息をつく。
そして、一つ間を置いてから、その重要な伝言の内容について語り始めたのだ。
「───実は、ゴンザレスちゃんがきっぺいくんを呼んでるんだよね!」
あー……聞かなければ良かった……




