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第十二話『師匠!』

 


「ん……?

 なんじゃ、ようやく起きたのか。おはよう弟子四号よ?」


「───ッ!?!、!!?!?!!!???!?」


 階段下からやって来た美女に話しかけられ、思わず目を丸くして声にならない叫び声をあげる。


 その間、俺の脳は停止と回転を繰り返しており、パニックに陥っていること明確の極みである。

 ぐるぐるよろよろと視線を泳がせ続け、動揺によって言葉を発することすら出来なくなっていた。


 所謂、キョドりと言うやつである!


 しかし、美女はそんな俺を気にも止めずに、軽く肩を竦めて口を開いた。


「風呂あがりついでに、そろそろ起こしてやろうかと思い来たんじゃが……どうやらその必要は無いらしいの」


 大胆にも腰に手を当てて、軽く息を吐く。

 タオル一枚しか纏っていないというのに、全然物怖じしてないぞこの人?なんて豪胆な精神なんだ……


 俺は熱を持ち始めた頭を落ち着かせるためにも、目の前の状況を冷静に確認する事にした。

 いや……別に見たいとかそういう訳では無い。断じてないぞ。


 どうやら彼女は本当に風呂上がりなのだろう。

 少し火照った様子を魅せる肌に、しっとりとした水気が見て取れる。

 そして、立派な角の生えた頭部で纏められた緑髪には、廊下に取り付けられた窓から差す光により綺麗な光輪が出来ていた。


 思わず目を隠してしまうほどの、その豊満な肉体。


 そんな彼女の肉体を隠すのは、肩から雑に掛けられている一枚のタオルのみ。

 しかし下へと垂れるタオルが、ちょうどいい具合に胸が隠れる位置に来ていて……?


 ……いや待て、よく見たら下着も着てたぞ!

 海外映画とかでよくある滅茶苦茶に際どいヤツ!

 家族団欒(かぞくだんらん)してる時、映画のワンシーンで出てこられると気まずくなる系のヤツ!


 良かったぁ。これで目のやり場に困ら……なくは無いな。うん。

 だってその下着、生地の薄さ的に履いてても履いてなくても誤差の範疇だし。


 どう考えても、目のやり場に困る光景に変わりはないよ……?


 という訳で観察……いや、考え込んでいたのだが……

 どうやら俺は考え込みすぎていたらしい。


「ふむ……来てそうそう無視か?

 まぁ良い。今からお主の待遇について色々と話があるので、妾にに着いて来るんじゃ」


 立ち止まっている俺に対し、彼女はじとっとした目線を送ってくる。

 そして、そのまま踵を返して、その急勾配な階段を(くだ)っていった。


 臀部から生えている緑色の尻尾が、ゆらりと揺れる。


 ───きっと、いつもの俺ならば直ぐに謝っていたであろう状況。


 ……だが、俺の脳には先程の光景が熱烈に焼き付いていて、今も尚思考を放棄している真っ最中である。


「えっと……?」


 案の定俺の足は一歩も動き出すこと無く、出てきた扉の真ん前で扉を閉めようとした状態のまま立ち止まってしまったのだった。


『チュンチュン……チュンチュン』


 俺の真っ白な脳内に合わせるように、ゆったりと流れていく時間。

 鳥の鳴き声だけが聞こえてくる世界。


 フリーズする俺を受け入れるように、進むことも止まることもしない代わり映えのしない世界。



 ───あぁ、このまま考えることを放棄していたい。



「ほら、何を寝ぼけておる?!

 こっちじゃこっち。早く行くぞ弟子四号よ!」


「あ……!?」


 ……だが、現実は非情である。

 そんな世界はいつまでも続かないのだ。


 きっと、いつまでも来ない俺に痺れを切らしたのだろう。

 一度降りた階段をどたどたと駆け上がって俺の元に来ると、ガッと俺の肩を掴み引き連れていく美女。


 そのせいで、距離が近くなって胸が……!?


「ぐっはぁッ……!」


 うぇいと、ウェイト、Wait! え、何?何この状況!?

 いや、めっちゃくちゃ嬉しいよ?!正直に言えばこの状況は凄く嬉しいんだけどもッ!

 でも、ちょっと一旦落ち着いて考えよう!?冷静になってもう一回状況を確認してみようか俺!?


 えーと。

 目が覚めたら見知らぬ部屋で、なんか色々考えながら部屋の中を歩き回って……


 で、ようやく部屋の外に出たら、階段下からタオル一枚姿……+際どい下着装備の美女が居て?


 そして、肌が触れるくらいの距離で肩を掴まれ、階段をおりている状況!?


「待って待って待って待って!?

 有り得ないって!夢だよね?これ夢だよね?!」


「なんじゃお主、今の今までずっと寝ておったのに未だ夢心地か?

 どうする?眠気覚ましに腹とか一発いっとくか?」


 困惑している俺に対し、そう言って睨みつけてくる美女。

 彼女は俺を掴んでいない方の拳を回して、俺に見えるようにしてギュッと握りこんだ。


 そして、そのまま軽く拳を振るう。


 すると……


『ビュンッ───』


 という小さな、しかしとても鋭い風切り音と共に、俺の隣にあった手すりが突如として円形に消え失せたのだ。


「……?」


 それを見て、興奮していた脳が一気に冷めていくのが分かった。


 急勾配な階段から落ちないように、幾つもの支柱が伸びている木の手すり。

 もたれかかって折れるようなものだと意味が無いだろうから、きっとそこそこ頑丈な木で作られている支柱。


 その支柱部分に、まぁるい拳サイズの穴が空いているよ……?

 なんか焼け焦げたような跡から、煙上がってるよ……?


 え……?

 こんな威力の腹パンくらったら死ぬ未来しか見えないよ???


 そんなことを考えている俺の視界に、こちらを見つめニコリと笑う美女の姿がうつる。


 そして───


「……どうする?いっとくか?」


 彼女は自らの拳と掌底を打ち合わせ、パァンッ!と音を鳴らした。


「すみませんでしたッ!」


 ……それを見た俺が人生史上最速の土下座を繰り出したのは、言うまでもないだろう。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「というわけで、少々パニックに陥ってました……

 ほんとすみませんでした……」


 階段をおりた先にあるダイニングキッチンにて、四人がけのテーブルに座り起きてからの経緯を説明していく。


「ふむ、お主そんなことで狼狽えておったのか。全く困った弟子じゃなぁ?」


 その対面にいるのは、もちろんのこと美女である。


 知らない場所で目覚めて、訳も分からず扉を開け。

 そしたら目の前にタオル一枚姿の美女が居て、脳がパニックを起こしてしまった。


 その一連の流れを対面にいる美女……


 俺の師匠である、龍人族のリュウコさんに説明していく。


 正直、俺がキョドってしまった原因である本人の前で話すのは、凄まじく恥ずかしい。

 加えて、そのタオル一枚美女が自分の師匠であるという現実……


 今の状況も相まって恥ずかしさ二倍マシだ。

 ダブルパンツ……あ、間違ったダブルパンチである。


「はぁ〜。

 女子(おなご)の裸ひとつぐらいで何を喚くことがあるのじゃ?

 その年齢の男児ならば、見たことない訳が無かろうに」


 うっわ。

 この、裸ぐらい別にどうってことなくね?みたいな反応、めっちゃ恥ずかしいわ……

 家に帰ってきたらお母さんの着替えにバッティングしてしまった中学二年生のあの日を思い出すわ……


 こっちが凄まじく動揺してる中、

「あー、おかえりきっぺい!晩御飯できてるよ!」って言われた時のあの感じと酷似してるわ……!


 入りたい。穴があったら入りたい。

 そして一生そこに閉じこもっていたい。


 しかし、相手は俺の師匠である。

 忘れられないあの日のように、恥ずかしくなって自分の部屋へ駆け出す訳にはいかないのだ。


 俺は折れかけた心を何とか修復して、リュウコさんとの会話を続けていく。


「いや、あのー……正直見たことないです、すみません」


「なんと見たことないとな?

 その歳でまさか童〇じゃあるまいし、そんなことが……」


「あ……えっと……」


「そんなに口ごもってどうしたんじゃ?

 いや、待てよ?その反応。お主もしや童〇、なのか……?」


「……」


「……」


 沈黙。


 二人で同じテーブルに座っているとは思えないほどの、気まずい沈黙。


 しかし、そりゃあそうである。

 こんなセンシティブでデリケートな話題、会話が弾む方がおかしいのだ。


 かく言う俺も、思わず返事を考えてしまった。

 ……いや、別に童〇って訳じゃなくて!ほんと、童〇じゃないから!その証拠に今から体験談話すから!


 ほら、行くぞ!

 3……2……1───ッはい!


「まさかそんな訳!実は自分百人斬りしたことが───」


「待て、もう何も言わんで良い。悪かった。

 ほんと、妾が悪かったよ……」


「いや、あの!?謝らないでください!?別にどどど童〇じゃ……!」


「うん……童〇、なんじゃな……可哀想に……」


 そう言って、俺に哀れみの目を向けるリュウコさん。


 く、くそう……!

 童〇の何が悪いってんだよ……!童〇だって生きてるんだ!

 別に童〇でもなんら問題は無いんだよ!


 経験してないことの何が悪いって言うんだ!

 くそう……くそう……世界が憎い……!


「さて、話も一区切りついたところで……とりあえず妾は着替えてくるからの?

 このままじゃと、お主の毒になりかねんからな……」


 俺が若干涙目になって机に突っ伏していると、依然哀れみの目を向けてくるリュウコさんがそう言って立ち上がった。

 どうやら、ようやく着替えてくる気になったらしい。


 気を使ってくれてありがたいことである……!全くな!


「はい、お願いします……」


「じゃあ、行ってくるから暫し待っておれ。

 ……気になるのなら覗いても良いが、こっそりな……?」


「別に覗きませんよッ!」


「くくっ、弟子四号が怒ったぞ!おぉ怖い怖い!

 という訳でほとぼりが冷める頃に帰ってくるから、大人しくしとくんじゃぞ〜」


 リュウコさんは茶化す様にそう呟くと、部屋の奥にある扉へと入っていった。


 はぁ……はぁ……!ようやく着替えに行ったか!


 リュウコさん、どんだけ癖のある人なんだよ……あれが師匠とか扱いずらすぎる……!

 プロ社会人の俺とて御しきれない逸材だぞあの人。天才的な悪たれだぞあの人?

 例えるなら、頭脳だけ老獪(ろうかい)になったガキ大将みたいな性格だ。


 少し分かりずらいか……?

 分かった。じゃあ、もっと簡単に例えよう。

 簡単に例えるならば……頭脳が出〇杉ぐらい天才的なジャイ〇ン?

 つまりそれって最悪の組み合わせじゃねぇかッ!


「ふぅ……ふぅ……待て、一旦落ち着こう……」


 ひとつ深呼吸をして、深く席に座り込む。

 何とかして気持ちを切り替えなければ、きっと悲しみに打ちひしがれてしまうだろう。

 今日の夜、ベットの中とかで思い出して静かに泣いてしまうかもしれない。師匠の内側に内包されている二人のことを思って、枕を濡らしてしまうかもしれない。


 しかし、なんとしてでもそれは避けたい事態である。


 何か、俺の心を落ち着かせられる何かがないだろうか?

 俺はインテリ横縞(よこしま)ガキ大将の夢なんて見たくないんだ!頼む!


 そんなことを考えて、俺は周囲を見渡す。

 すると、初めに目に付いたのは部屋の内装だった。


 目覚めた部屋より少し広めのダイニングキッチンと、その奥に続く廊下がひとつ。


 廊下の先には三つの部屋があるようで、

 そのひとつはリュウコさん(ガキ大将)が入っていったからリュウコさん(ガキ大将)の部屋なのだろう。


 そして、俺が今いるダイニングキッチンだが……


 綺麗に加工された木のテーブルに、そこから見えるキッチン。

 様々な調理道具が壁から掛けられていたり、複数の調味料が窓際に置かれていたり……何だかとてもそれっぽい。


 全体的にどこか温もりの感じられるその内装。

 言ってしまえば、キャンプ地にある大きめのログハウスのような感じだった。


 俺はその光景を見て、落ち込んでいた気持ちが晴れていくのがわかった。

 雰囲気良い部屋を見ただけで落ち着くとは……我ながら単純である。


「うわ、なんか懐かしいな?」


「懐かしい?お主、此処に来たことでもあるのか?」


 懐かしさのあまり思わず口をついた言葉。

 そんな言葉に対して、いつの間にか帰ってきていたガキ大将……いや、リュウコさんが疑問を口にする。

 

「いや、来たことは無いんですけど……

 建物の質感というか雰囲気というか。そういった物がなんか懐かしくって」


 うーむ、身に纏う赤いチャイナドレスがとても綺麗だ。

 やっぱり龍人はチャイナだよな。リュウコさん、分かってるな……


 俺はそんなことを考えながら、リュウコさんの疑問に返事をした。


 さて、懐かしいと言った理由だが。

 キャンプ地とかにあるログハウスって、初めて来た場所でも何故かすごく落ち着けたりするだろ?

 別に警備が厳重って訳でもないし、建材的に災害に強い訳でもない。

 ていうか、寧ろ手付かずの自然が近かったりするから危険まであるのだ。


 だと言うのに、頑丈な鉄筋で固められたビル群よりもずっと安心感を与えてくれる。

 何も言わずとも心にすっと寄り添ってくれる感じがして、とても居心地が良いような気がするんだ。


 だから、なんか懐かしい。


「懐かしいなぁ……よく泊まったなぁキャンプ場」


 俺は虫とかが苦手だったから、キャンプ自体は全然得意じゃなかったが……しかし友人の *****(-ERROR-) がキャンプ好きでよく連れ出されたのを覚えているよ。

 外にある炊事場で、飯盒(はんごう)ごはん作ろうとして失敗したっけなぁ。出来上がったご飯がびちゃびちゃで二人ともキレて……


 で、次のキャンプから飯盒(はんごう)使わなくなっ───


 ……あれ?今、何か記憶が……


「ふむ、お主は中々風流な考え方をするんじゃな?」

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