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第十一話『夜の太陽』

 

「う〜ん……みんなありがとぉ……」


「はいはい、分かってますよきっぺいさん。どういたしまして」


 空に昇る月の下、背中に暖かな重さを感じながらゆっくりと歩いていきます。

 首元にかかる息がくすぐったくて思わず笑みをこぼしそうになりながらも、その温もりを落とさない様に……


 ゆっくりとゆっくりと……


 そんな私の肌を冷たい夜風が撫でますが、けれど別に嫌ではありません。

 昔から、このような夜には趣を感じる性格というのもありますが、理由としてはもうひとつ。


「獣耳っ娘って神……異論は認めな……ぐぅ……」


「ふふ……どんな寝言ですかそれ?」


 こんな感じで、背中に乗せているきっぺいさんが寝言を言ってくれるので楽しいのです。


 ほんとに寝てるのかなってぐらいハッキリと言うものですから、私も思わず返事をしてしまって……もうほとんど会話みたいになっています。


 その内容も突飛な物が多くて面白いですし、それに……


「きっぺいさんと話していると、なんだか落ち着くというか。

 自然と笑顔になれるというか……」


 そんなことを少しだけ口篭りながら、私は呟きます。


 この言葉になにか返してくれるんじゃないかって、ちょっとだけ期待を込めながら……


「うーん……おれはへんたいじゃないぞぉ……

 仮にへんたいの中でもどちらかというと紳士……」


「……」


 ……はぁ。私は寝ている人に何を言ってるんでしょうか?

 寝言だというのに、思った言葉が返ってくるはずありません。


 というか、ひとりでこんな事を呟いてしまうなんて恥ずかしいです……!誰かに聞かれていたらどうするつもりなんですか私!?


 そんなことを考えて少しだけ顔を赤くしながら、火照る頬を冷ますように足早に進んでいきます。


「ぐぅ……ぐぅ……」


 ……でも、話していて思うんです。


 きっぺいさんが口にする言葉は一見してひょうきんなものに思えますが、それは人を傷つけるという行為を極限まで減らしているからじゃないかって……


 思い返せばその言葉の節々から、相手を思いやっているような感情が伺える……気がしてきました。


 まだ出会ったばかりですが、とても悪い人には思えません。


 だって初めて会話した時、獣人の私を見下さないどころか寧ろ褒めてくれて……そんな人今まで見たことがありませんでした。


 ……しかも、その後。

 あの超大国シュペルトを"最低"だと言い切ったんですよ?

 そんな発言、シュペルト国の国民に聞かれでもしたら処刑されかねません。


 なのに、ノータイムで気遣いの言葉を掛けてくれるなんて。


「ほんとに、いいひとです」


 私の人生において獣の耳を貶されたことはあっても、神秘的だなんて言われた事はありませんでした。

 今でこそ獣人の地位が確立され、その人権が認められるようになってきていますが、それでもまだ人族至上主義思考の国は沢山あります。


 かくいう私も、祖国にいた頃の扱いは酷いものでした。


 幼くして両親を亡くし、生活が苦しくなって……

 それで、生きていくために冒険者になって働き始めて。


 しかし、獣人である私に回ってくる仕事は、給金も良くない、依頼主には絶対服従、常に死と隣り合わせの殆ど奴隷と変わらないような物ばかりでした。


 もう、何度生きるのを諦めかけたか分かりません。

 しかも、確実にそれの倍以上は死を覚悟していますし……



「……」



 でも、そんな時に出会ったのがこのクランでした。


 とある依頼で大怪我を負った挙句、その時の依頼主に捨てられ報酬も無くなり……

 路頭で文字通り死にかけていた私を、見返りも求めずに助けてくれた恩人。


 彼らは私を治療して、ご飯をくれて、そして自分たちのクランへと誘ってくれました。


 獣人である、私をですよ?

 その当時だったら、人権なんて無いに等しい獣人の冒険者をですよ?


「おなかすい……ぐぅ……」


「……」


 ……まぁとにかく、当時はそんな時代でしたから。

 私も『身売りされるんじゃないか?』なんて考えて、ビクビクしながら仲間になって……


 でも、そんな思いを吹き飛ばすかのように、クランの皆が私のことを歓迎してくれて……


「本当に、良い人達に恵まれました」


「けみみみは最高だ〜……」


「……ふふっ。ありがとうございます」


 考えてみれば、そういう所が似ているのかも知れません。


 きっぺいさんと話していて落ち着けるのは、私が初めて会った時のクランの皆と雰囲気が同じだからかも。


「……」


「ぐぅ……ぐぅ……おなかすい……」


 空に昇る月が、私たちを照らします。


 そんな中で思い出すのは、きっぺいさんと出会った時のこと。


「きっぺいさんが襲われていた奥地にあった"大きなクレーター"……あそこからは、相当な魔力の流れを感じました」


 ギルドの脅威度指数で表すならば、特A級……


 いや、純系の龍や大精霊級の魔物が分類される、S級といっても過言ではありませんでした。


 だって、A級冒険者である私が近づけない程の濃い魔力です。

 必然的にそれぐらいの危険度になってしまうのは間違いないでしょう。


 ……そう、あの場に残った魔力だけでそのレベルなのです。



「それを起こした存在は、一体どれだけの力を持っているのか」




 ───そして、地面についていた足跡から察するに、あれを起こしたのは……




「……ぐぅ……ぐぅ……」


「きっぺいさん。貴方はいったい何なのでしょう?」


 身元も不明、言っていることもちぐはぐ、特A級危険区域にいた謎の人物。


 高密度の魔力に慣れていないとその圧力によって潰されてしまい、生きていくことすら難しいあの空間で、何ともない顔をしながら歩いていた一般人。


「私はそんな貴方を警戒して、そして……」


 ……貴方がどれぐらいの脅威度かを図る為に、私はずっと物陰から観察していたんです。


 魔物に襲われている貴方をそのままにして。



「そして、もしも私だけで勝てるようなら、そのまま討伐するつもりだった」



 ……



「……でも、貴方はとても弱くて。

 そして、とても、とても辛そうな顔で何かを見つめていて……」



 何かを成し遂げなければならないとでも言うように、悔しそうな目で空を見つめていて。



「だから私は、貴方を……」



 昔の私とよく似ていた、貴方を……



「ぐぅ……ぐ……うわ……


 まって、おまえそれ一味かけ過ぎだって……目玉焼きが充血してるって……!


 ───ほんと"ひくれ"は……」


 しばらくの間静かになっていたきっぺいさんが、突然寝言?を話し始めました。

 相変わらず寝言とは思えない程はっきりとした口調です。


 "ひくれ"……誰かの名前でしょうか?


 きっぺいさん、とても楽しそうに笑っています。


 きっと、大切な人なんでしょうね。

 だって、少し聞いただけでも分かるくらい口調が愛おしそうなものでしたから。


 察するに、恋人とかでしょうか?


 ……何故かは分かりませんが少し羨ましいですね?


「おれが必ず……みんな……」


「……」


 しかし、そんな中。

 きっぺいさんは先程までとは打って変わって、酷く苦しげな声で寝言を呟きます。


 それは、とても普通とは思えない悲愴的な声色で……

 それでいて、何か覚悟の様なモノが感じられる声色。


 きっと夢にまで出てくる程の強迫観念によって紡がれている、何らかの記憶によるものなのでしょう。


「……」


「ぐぅ……」


 ……本来ならば、きっぺいさんはクランに連れてこない方が良かったのかもしれません。


 どうやら問題を抱えているのは確実な様ですし、何より得体が知れない。


 本来ならば、すぐに衛兵へと突き出すぐらい関わらない方が良い存在です。



「でも、そんな貴方に、私は惹かれてしまったんですよ」



 そう。



 夜を照らす、あの綺麗な月のように……






「もしくは───」








 夜を明かす、未だ昇らない太陽のように。








「この世界という夜に囚われた私たちを、救ってくれるとありがたいのですが」



 さぁ、どうなる事やら。









「あと百年、百年寝かせて……

 百年後に本気だすから。ぜったい本気だすからマザー……」


「うーん、これは……」



 ……これからに期待ですかね?


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はっ!?ここどこだ!?」


 チュンチュンといった小鳥の声で目が覚める。


 部屋に取り付けられた窓から指す光が、俺の寝ぼけた目を覚ましてくれてどこか心地よい。

 そして、そんな俺を包み込むのは、暖かな温もりを保ったふかふかのベット……


 と、こんな前口上は割愛して!


「今はやるべきことがあるだろう俺!」


 情緒も情景も関係ない!

 まずやるべき事が俺にはあるのだ!


 という訳で、すぐさま周囲を見渡して今の状況を確認する。


 柔らかな印象を受ける薄い色をした木製の部屋。

 そこにあるのは、知らない木のベットに、知らない木のタンスに、知らない扉……


「そして、知らない天井だな?……よっしゃぁぁぁあッ!」


 そう言うと俺はばっと立ち上がって高笑いし、無駄にハイテンションになりながらベットを抜け出して床に着地する。


 気分はさながらスーパーヒーロー!


 ───シュタッ!


「ッ!?……コケたんだが?!」


 今のはきっちりと決めなきゃダメだよ俺?

 一番大事なところだったよ俺?朝の着地の成否で今日の運勢決まるからね?大凶だよ?コケたら大大大凶だよ?


 はぁ。人生終わっ……


 いや、待て!

 今はそんなことで落ち込んでいる時間ではない!


「はっはっはっ!

 こんなにも早くこのセリフが言えてしまうとはッ!感無量だ〜!!!」


 そう!

 俺がここまでウルトラミラクルハイテンションな理由ッ!


 それは、死ぬまでに言いたいセリフランキング一桁ナンバーズの『……知らない天井だな?』を言えたからに決まってるだろう?!


 いやぁ、まさかこんなところで言えてしまうとは……全く、異世界様々だな!

 大好きだぞ異世界!何度か殺されかけたことは恨むけど!

 ……一生根に持って生きていくけどっ!



「……ふぅ」



 うん。とりあえず落ち着いたね。


 今のでオチもついたし心も落ち着いたね?


 ……うん。今のスルーする所だから。

『え?オチついた?』って見直さなくていいからね?

 あんまり見られると田中くん恥ずかしくなっちゃうから。そういう純情な心を持ち合わせたピュワな子だから田中くんは……


「……と、そんなことよりもだ。

 いったいココは何処なんだろうか?」


 冷静になり、俺は改めて周囲を見渡す。


 四畳半より少しだけ広いかな?ぐらいの大きさをした木製部屋に、そこそこな大きさのベットが等間隔に三つ並べられている。

 その他にも小さめのテーブルだったり、タンスだったり、小物だったり……


 睡眠や身支度に必要な最低限度の物なら、だいたい揃っている感じの部屋だった。


「うーむ、何度見ても知らない部屋だ……」


 そんなことを呟きながら部屋の中を歩き回る。


 何となくテーブルを撫でてみたり、タンスの上を見てみたり、ベットの下を覗いてみたり……


 ───そして、窓の外を眺めてみたり。


「……朝だなぁ。なんか落ち着くわ」


 どうやらここは2階のようで、下を見れば離れた場所に土の地面が有ることが分かった。


 しかし、あまりはっきりと見える訳では無い。

 どうやら窓についているガラスがあまり純度が良くないらしく、遠くに何があるかはよく見えなかった。

 言うなれば、すりガラス(弱)みたいな感じだ。


 ……分からない?

 まぁ適当にぼやけたガラスだと思ってくれればいいよ。


 兎に角、そんな少し純度が低めなガラスが使われている木窓から、燦々と照りつける太陽が見え隠れしている。


 どこまでも広がっている青空に、ゆっくりと流れていく白雲。


 そして、それらと踊るかのように悠々と飛び回る鳥の群れ。


 うーむ。このままぼーっとしてたくなるな。

 気分は縁側で座りお茶を啜っているおばあちゃんである。


「……しかし!」


 ……しかし、それでは何も始まらない!

 RPG初めの王様の選択肢で、"いいえ"を選び続けるのと同じくらい何も始まらないのだ!


「という訳で……

 俺はこんな所にいられるか!外に出させてもらうぞ!」


 俺は盛大にフラグを立てながら、バンと扉を開けて外に飛び出す。それはもう盛大に飛び出したぞ!漫画だったらぜったい集中線引かれてたね!


 ……と、そんなことは置いといてだ。


 そこには、木の廊下を挟んで向かい側にもう一部屋、加えて質素な調度品と下に続く階段。


 そして……


「ん……?

 なんじゃ、ようやく起きたのか。おはよう弟子四号よ?」


「───ッ!?!、!!?!?!!!???!?」


 その階段から此方に登ってきている、タオル一枚の美女の姿があったのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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