第九話『 同期と宴会!』
「あんたがわたしと同じ仮入団?
こんな弱そうな奴を受け入れて古参クランを名乗るなんて……ほんと、呆れるわね!」
なんだ……?
何が起きたと言うんだ……?
紫色のツリ目で、銀髪サイドテール。
服装は全体的に黒と紫の装飾で彩られた、ゴシックロリータ系統のものを着ているゴスロリ少女……
目の前にいるこの少女は、今、俺になんと言ったんだ……?
「ふん!近くで見てもやっぱり弱そうな見た目ね!」
「は?」
近くへと歩み寄ってきたゴスロリ少女にそんなことを言われ、思わず口が開く。
え?
な……え??今煽られた?
わざわざ近くまで来て煽られた???
いや確かにそういうことを言いそうな、勝気な見た目の美少女ではあるが……
高飛車お嬢様風の美少女ではあるが、だが初対面でそれはどうよ?
初対面でそれは、ちょっと礼儀がなってないのではないだろうか……!?
だってその証拠に、後ろに居る団長がめちゃくちゃ頭抱えてるし……
「あんたこのわたしに向かって、は?って言った?それがどういうことかわかってる訳?」
「……」
銀髪高飛車ゴスロリ少女が俺を睨みつける。
その口調は明らかに喧嘩を売っている様なもので、酷く高圧的だ。
どうやら、先程の「は?」という発言で怒らせてしまったらしい。
しまったな……
俺の同期になる人だろうから、怒らせたくなかったんだが……
「……何黙ってるのよ?」
「……」
うーん、なんて返そうか?
……
だめだ。全然良い返事が思い浮かばない。
人から悪感情を向けられると、いつもこんな風に固まってしまうのだ。
なんて返せばいいか分からなくて、ずっと考え込んじゃうんだよなぁ……
きっと、こういう状況に対する普通の対応は"無視する"か"喧嘩を買う"か……はたまた穏便に済ませるか……
うーん。どれもピンと来ない。
もっと良い解決法がある様な気がしないでもないんだがなぁ?
そんなことを考えて、俺はゴスロリ少女の顔を見つめた。
「顔見つめないでくれる?キモイんだけど」
「……」
おぉう。本格的な悪口が来たぞ?
これは精神的ダメージがデカそうだ。
今は客観的に世界を見ることでダメージを軽減しているが、きっと次に意識を戻した時に俺は凄まじく凹むことだろう。
おそらく目に見えて落ち込むだろう……もしかしたら最悪泣くかもしれない。
きっと大号泣だ。産まれたてのあかさんぐらい喚き散らすぞ?
いいのか?俺は泣くとなったら引くぐらい泣くぞ?
「ねぇ、ちょっと聞いてるの?」
「……」
しかし……うーむ?
なんだろうか。なんなのだろうか?
この、不思議な感覚は……?
「…………なんなの?怒ってるの?
わたしはホントのこと言っただけでしょ?」
「……」
銀髪高飛車ゴスロリ少女は長い沈黙に耐えかねたのか、少しだけ居心地悪そうに目を逸らす。
すると、彼女のきめ細やかな銀髪サイドテールは揺れ、彼女の美しい紫色のキレ目が儚げに細められた。
考え事をしている内に、より機嫌を損ねてしまったらしい。
やってしまった……最近どうも会話中に考え込んでしまうことが増えたな。悪い癖だ。
……まぁでも。
最初に喧嘩を売ってきたのはあっちだしいい……
…………
……
……?
……いや、待てよ?
「ちょっと……何とか言ってよ。なんで言い返さないの?」
銀髪ゴスロリ美少女が口を開く。
困った時の癖なのだろう。お腹辺りで両手をあわせ、そわそわと動かしているのがわかった。
その姿は非常に可愛らしく、美しいもので……?
───その光景を見た瞬間、俺の脳内に電流が走るッ!
同期に初対面で絡まれた挙句、果てには長い沈黙が待っているという展開。
これは一見して厄介イベントのようではある……
しかし、よくよく考えてみれば、明らかなご褒美案件なのでは!?
その事実に気がつけば気がつくほど、どんどんと深みにはまっていく。
銀髪ゴスロリ美少女に罵倒されるというこの状況ッ!
加えて罵倒だけではなく、この可愛らしい仕草付き……
紳士だったらそれだけでご飯三杯いけるし、プロ紳士である俺ともなればご飯がなくても生きていける案件だ……!
嗚呼、なぜこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう!
お嬢様風の銀髪ゴスロリ美少女に罵倒されるなんて、男としてむしろ望む所だというのに……
だというのに俺と来たらッ……!
「は?」って、どんな反応してんだよッ……!
美少女の言葉に対して楯突いてしまうなんて、あってはいけないことだ!
むしろありがとうございますと即答するべきだったんだ……!
俺は心の中でがくりと膝をついた。
自らの浅はかさに絶望し、心が暗黒面へと落ちてしまったのだ。
……だが、いつまでもこうしては居られない。
人は過ちを正すことの出来る生き物。たった一度の失敗で止まってはいられないのだ。
「もうッ!わたしの顔を見つめたまま黙らないでくれる!?
文句があるなら言いなさ───」
「ありがとうございます!このうえないお言葉!」
始まりを間違えてしまったのならば、あとは行動で示すのみ……!
そんなことを考えて、俺は喋りかけてきた銀髪ゴスロリ美少女に深く頭を下げた!
「え?ちょっと?思ってたのと反応違……」
「いやもう一生ついて行きますよはい!
離れろって言われてもついて行かせて頂きます!よろしくお願いします!」
俺の反応が予想外だったのか、思いきり目を泳がせた銀髪ゴスロリ美少女。
そんな彼女に対して、全力で自らの手をこねくり回しながら笑顔をつくる。
俺が社会人になってから身につけた奥義のひとつ、超目上の方に対する最強礼節法である……!
今の俺に出来ることはこれだけだ……あとは相手の出方次第……!
「……い、いいわ!分かればいいのよ!
えーと、、わたしの名前はラニィ=ヒャンウィッチ。あのヒャンウイッチ家の産まれよ!
得意な得物は魔動鉄鞭。覚えておく事ね!」
「はい、よろしくお願いします!」
良かった!どうやら直ぐに気を取り直してくれたようだ!
ラニィ嬢は自己紹介をしたあと、誇る様に胸を張り"鉄でできた鞭のようなもの"を見せてきた。
何らかの機械的機構が施されている鉄鞭は、神秘的な淡い紫の光を纏っている。きっと凄いものなんだろう。
……だけど、俺そういうの知らないんだよなぁ?
なんなんだろうソーサリー・ウィップって?
魔術的な鞭……?RPGとかでいう魔導具的な何かだろうか?
……まぁ、これからもっと仲良くなった時にでも聞けばいいか!
「……じ、自己紹介も終わったし、わたしはもう向こうに行くから!ここで長く過ごしたいならあまり調子に乗らない事ねっ!」
「心配してくれるなんて……ラニィ嬢優しい……!」
「……ッ!?う、うるさい!
次に優しいなんて言ったらぼこぼこにするから!覚えておきなさいよッ!」
ラニィ嬢はそれだけ言うと、顔を赤くして走り去ってしまう。
尊敬されると恥じらう辺りも含めて、完璧なまでの高飛車お嬢様だ……!
これから是非とも仲良くしていきたい所存である!
そんな時、先程まで後ろに居た団長が申し訳なさそうな表情で近くにやってくる。
「よし。ヒャンウィッチ嬢の紹介は終わりだな。
一触即発の状況だったというのに、団長として助けてやれなくてすまなかった」
「いえいえ、全然大丈夫です!」
「……そうか、大丈夫なら良かった。
ヒャンウィッチは家柄が家柄だから手が出せなくてな……
一時はどうなる事かと思ったが、良くやったぞきっぺい」
俺の返答を聞き軽く笑った団長。
反応を見るに、どうやら俺のことを心配してくれていたらしい。
うーむ。残念系とは言えどやはりイケメン。普段の行動に反して意外と気遣いの出来る良い人だ。
「そうですね。
自分のミスでラニィ嬢を困らせてしまった時は正直絶望しましたが……何とか修正できて良かったです!」
「……ん?お前のミス?
いったい何の話をしているんだ?」
俺の言葉に対して、団長が少しだけ眉間を寄せる。
その様子は訝しげというか懐疑的というか……歯に何か詰まっている、といった様な表情をしていた。
うーん?
何か俺の答えに納得のいかないところがあったのだろうか?
……ならば、今一度しっかりと説明しなければっ!
「いや、あんな銀髪ゴスロリ美少……美しいお嬢様に罵倒されるなんて光栄なことですから、あの場面は初手で感謝するべきでした。
それにすぐ気が付かない辺り、紳士として自分もまだまだだと実感したところでございまして……」
「感謝……?
ちょっと待てよ?おまえは何を言っているんだ?」
なんと……!
まだ理解できないと言うのか……!?
よろしい!ならばもう一度説明しようじゃないかッ!
「あんな美しいお嬢様に罵倒されるなんて紳士として光栄な事なので、あの場面では当然感謝するべきでした。
あれは紳士としての自分の未熟さがでてしまいましたね……ですので、今回の件はしっかりと反省して次に活かそうと思います」
「……」
「……」
───沈黙。
何故か続く謎の沈黙。
俺はちゃんと1から100まで説明したというのに、なぜこんな気まずい空気になっているんだろうか?
そんなことを考えて首を傾げる。
「あの、団長?どうかしましたか……?」
「あ〜……いや。
なんでもない、なんでもない。お前が気にしてないならいいんだ……考え方は人それぞれだもんな……?うん。そうだよな……
じゃあ、次の新人紹介するから……」
団長が哀れみの感情を多量に含んだ眼差しで俺のことを見つめる。
そして、足早に次の仮入団員を連れてきた。
くそう……なぜこんな目を向けられているんだ……!
きっとなにかを誤解されてるに違いない!これは理解出来るまで懇切丁寧に説明しなければならない。
ラニィ嬢がどれだけ尊い存在かというところから、1から100まで数時間かけて説いて行かなければ……!
……しかし、今は仲間に挨拶をすることが先決だ。
人を待たせるのはいけないことだからな!
というわけで……
「どうもどうも、同期の田中 吉平で……ッ!?」
そんな風に団長が連れてきた新人さんへ、先手必勝とばかりに挨拶を始める俺だった……のだが。
ズン!と目の前にやってきた男。
……いや、漢の姿を見て言葉を詰まらせる。
その服の上からでも分かる強靭な肉体、漂う圧倒的強者の風格、傷のついた歴戦の戦士の様な顔に荒々しい赤髪をオールドバックにしたナイスガイ……
団員面前自己紹介の時にチラリと見た、明らかに新人では無いなにかがそこに居たのだ……!
な、何だこの漢……!?
恐ろしい……恐ろしすぎる程に迸る覇気ッ……!?
これ、が……新人?
その後ろにもう一人女の子が居るが、目の前のこいつから目が離せねぇ……!
「……ガイだ。宜しく」
「え、あ……よろしくお願いします……!」
……怖ぇ!まじで怖ぇ!
夜道で会ったりしたら死を覚悟する威圧感してたぞ?!
明らかに何人か殺してそうな眼力してたもんね?!あんな目で見られたら子供泣くよ?!絶対泣いちゃうよ!?
……ていうか若干涙目だよ俺!?
「……では、失礼」
「ッあ、えっと、これからよろしくお願いします……!」
「……(こくり)」
俺の捻り出した言葉を聞いて頷き、すっと後ろに下がっていくガイさん。
そして、そのまま何も言わずにラニィ嬢のいる方へと歩いていった。
「……はぁーーーー!」
俺はある程度離れたのを確認してから、吹き出る冷汗と共に安堵のため息をつく。
こちらの世界に来てから凄く個性的な人達に出会ってきたが、ガイさんはその中でも特に異質だった……!
なんというか、見えない覇気、オーラのようなものが一種のバリアのように全身から溢れている感じである。
例えるなら人を寄せつけないというか、常に緊張感を身に纏っている様な……
"住んでる世界が違う"というのは、こういうことを言うのかもしれないな……?
そんな風に考え事をしながらぼーっとしていると、突如として俺の近くから声が掛かる。
「あの、大丈夫ですか?」
「はえ?あっ全然大丈夫です、はい!」
俺は慌ててその声に返事をして、そして周囲を見渡した。
……すると、気がつけば目の前。
というか俺の正面、目線を下ろしたその先に、こじんまりとした可愛らしい女の子が居るのがわかった。
「大丈夫なら良かったです!
何やら固まっているようでしたので、つい心配になってしまいました……」
髪は水色でショートボブ。
金色のぱっちりした目は、人の良さそうな印象を受ける。
服装は首元で緩く留められているフードつきのローブと、中に着てる厚手のタンクトップのような水色下着、それに黒い短パン?を履いている。
見た目からの第一印象でいえば、「スポーツも出来る文学少女」といった感じだな!何はともあれ、とりあえず挨拶だ!
「心配してくれてありがとう!
自分は田中 吉平といいます。
これから共に修行をする同期として、ぜひ仲良くしてくれると嬉しいです!」
軽く頭を下げ笑顔で言葉を発する。
すると、彼女は俺へ笑顔を返す様ににぱっと笑い、話し始めた。
「ご丁寧にどうも!
僕は"ウィル・マティストス"です。得意な事は魔法全般です。よろしくお願いします!
……あと、そんなに畏まらなくてもいいですよ?
僕は別に貴族様などの身分ではありませんので!」
「おぉそうか!なら、これからよろしくウィル!」
「はい、よろしくお願いしますね。きっぺいくん」
うんうん!ウィルちゃんはめっちゃいい子そうだな!
修行どうなるか心配だったが、これなら多少は話せる人も居そうだ。良かった!
それに、魔法全般が得意ときた……
だとすれば、個人的に難関だと思っていた目標である『魔法を覚える』の手助けになってくれるかもしれない。
いつかゆっくりと話を聞いてみよう!
───そんな時、俺たちの方をちらりと見て頷きながら団長が口を開いた。
「……さぁ、お前ら!
次は新入団員お祝い会及び、宴会だ!
各々好きな様に飲め!騒げ!めんどい奴は解散しろ!以上!」
どうやら俺たちの自己紹介が終わるのを待ってくれていたらしい。
団長の言葉によって、一時の沈黙がクラン食堂内を覆い尽くしていく。
しかし……次の瞬間。
「おいお前らぁ!この"空鳥揚げ"は俺のだ!近寄んじゃねぇぇぇぇえ!」
「はっ!こういうのは食ったもん勝ちなんだよッ!」
「なんだとテメーこのやろう!?これは俺んだァ!?」
「あぁん?やんのかてめぇ?!ぶちのめすぞ!?」
クラン全体で一斉に歓声が湧き上がり、皆一目散に料理を食べたり酒を飲んだりし始めたのだ!
場所によっては小競り合いのような喧嘩も起こっていて、お腹を空かせた団員たちが飯を巡り殴り合いをしている姿がそこかしこで見受けられた。恐ろしい……!
……しかし、恐怖してばかりでは居られない。
何故ならば、今、俺は凄まじくお腹が減っているのだからッ!
「沢山食って、体力を回復させないとな……!」
よし!そうとなれば早く飯を確保しなければ!
きっとこのペースでいけば、すぐに食べ物が消失してしまうだろう……!
そう思い、俺は空いてるテーブルを見渡す。
中心部にはメインディッシュとなりそうな何らかの肉料理がずらりと並んでいる。
「それを寄越せ空間の整備人ッ!
その甘美なる肉塊は我が渾沌への供物であるぞ……!」
「ハッハッハッ!この空鳥揚げがお前のものっていう証拠はねぇだろォ?
確保したいなら名前でも書いとけよぉ〜ノア!」
しかし、あそこが一番の激戦区。
今もノアールさんとナットさんが空間を移動しながら殴りあっている最中だ。
近づくと巻き込まれて死ぬ未来しか見えない……!
そしてもうひとつは、向こうにあるサラダコーナー。
刻まれたみずみずしい緑野菜が盛られていたり、ちょっと奇抜な色をした根菜があったりと大変ヘルシーな場所である。
身体が資本の団員たちにとって野菜はあまり好まれてないらしく、席は空いている。
空いているのだが。
……しかし、正直一番近づきたくない。
「あぐあぐあぐあぐ……!もっと、もっどよ……!
たくさん食べてヘルシーなワタシになるのよおおおぉぉお!」
理由としては、その場所の中心部に座している存在。
ゴンザレス・エル・エレガンツさんが、サラダというサラダを鷲掴みにして喰らっているからである。
あぁ……可哀想に……
テーブルの上に並べられている、目のついたトマト……
もりもりの森に生えていたト目トが虚ろな目でこちらを見つめている気がするよ……
ていうか、あいつ食用だったんだ……?
「さて、あとは……」
端っこにある数席と、料理を直接注文できそうなカウンター席。
端にある席にも、少ないながらも料理は置いてある。
……それに、見知った人達、ねここさんやテルラさんらがゆっくりとご飯を食べているのがわかっているのだ。
みんな優しいから俺が行っても受け入れてくれるだろうし、単純にあそこへ行ってもいいが……
「うーーーむ。しかしなぁ?」
それではちょっと面白みにかけるというか、なんというか……
なぜかは分からないが、話すメンバーを固定してしまうのはなんか嫌なんだよなぁ?
というのも、せっかくの新人歓迎会なんだし新しい繋がりを見つけたい、というか……
もっと、色んな人と話したいというか……
……
「……」
いや、正直に言えば、"直感的に何となく"だな。
"新しい繋がり"だの"色んな人と話したい"だの、頭で考えているこれらは目的の為の理論武装に過ぎない。……たぶんだけど。
というのも、なにか、何か別のモノを探し回った方が良い……という謎の直感が俺の足を引き止めているのだ。
───なにか、『これから"重要な出来事"が起こるぞ?』
……とでもいうように、俺の思考がぐるぐると回るのだ。
でも、それは何だろうか……?
それは……