2022/02/12
2714.
「友よ!」
「「・・・・・・」」
「友どもよ!」
「「・・・・・・」」
2715.
「今日集まってもらったのは他でもない。あの日が近付いているからだ」
「バレンタインですわね?」
「いかにも。私ら女子高生にとって、人生で3本の指に入るほどのビッグイベントだ」
「なるほど。1年生でのバレンタイン、2年生でのバレンタイン、3年生でのバレンタイン、で3本ですわね?」
2716.
「考えてもみたまえ。私らは華の女子高生だというのに、色気のイの字もない。つまりこれは、バレンタインに乗っかるしかない」
「色気のイの字もないから諦めて引き下がるという考えには至らなかったの?」
「至ったらそこでバレンタイン終了だよ、みずき君。最後まで諦めずに、渡す相手を探そうではないか」
「いつもクジ引きで適当な男子にあげてるクセに何言ってるのよ」
2717.
「それで、どうするんですの? わたくしたちは渡す側ですから、その気になれば誰にでも渡せますわよ?」
「それでは意味がないだろうサバ令嬢君。残り2日で頑張って誰でもいいから強引に想いを寄せる必要があるのだよ」
「“強引に”とか言ってるんじゃないですわよ・・・」
「というか別に想いまで寄せる必要はないでしょう。適当に理由付けて誰かしらに渡しましょうよ」
2718.
「みずきさんまで何を・・・そもそもみずきさんは涼太さんに渡すのではなくて?」
「受け取ってもらえないのよ・・・去年は美々香を経由しようとしたら美々香に食べられちゃったし」
「何をしてるんですのよ美々香さんは」
「まだ根に持ってたのかよみずき。心配しなくても、チョコの味はちゃんと兄に伝えたぜ?」
2719.
「しょうがない。じゃあこうしよう。どう考えたって、ものの2日で誰かを好きになるなんて不可能だ」
「美々香には何十年かかっても無理でしょうね」
「そもそも美々香さんに人を想うという感情が存在していますの?」
「お前らマジぶん殴るよ?」
2720.
「とにかくだ、今から人を好きになるなんて無理だから、他の誰か、直接渡す勇気がないとかいう子猫ちゃんのを預かって、食べて、代理でその想いを伝える役になろうではないか」
「何で食べる必要があるのよ」
「食べなきゃチョコに込められた依頼主の想いが分からないだろ?」
「だからそのチョコを渡せって話なのよ」
2721.
「全く美々香さんは・・・何でそんなことが思いつくのか不思議で仕方ありませんわね」
「そういうサバ令嬢はどうすんだよ。お前が“実は意中の殿方が・・・♡”とか言えば最高に盛り上がるんだが」
「仕方ないでしょう、お金にもサバにもならない庶民しかいないのですから」
「だからこそ敢えて庶民に恋をしろと言ってるんだ」
2722.
「というかサバ令嬢さん、ハーモニーの方はバレンタイン商戦で忙しくないの?」
「何言ってんだよみずき、サバだぞサバ。バレンタインにこじつけるのは無理だろ」
「ええ。わたくしどもハーモニーも必死に考えました。そして、30年以上にわたり開発を続けてきましたがついに辿り着いてしまったのです。サバとチョコレートでは相性が悪いという結論に」
「30年もかけんなよ」
2723.
「こっちも結論に入ろう。まず、私はチョコを渡す勇気がない子猫ちゃんを探す、みずきは私の兄に渡す方法を探す、そしてサバ令嬢は好きになれる相手を探す、だな」
「わたくしだけハードル高すぎませんこと?」
「何言ってるのよサバ令嬢さん、私の方が1200倍難しいわよ」
「何言ってんだよみずき、私なんて大事な大事なチョコをこの私に託すお馬鹿さんを探さなきゃいけないんだぞ」
2724.
「とても難儀な3件が並びましたわね・・・」
「これらを同時に達成する方法はただひとつ。サバ令嬢が私の兄を好きになり、みずきの分まで一緒に私が預かって食べる、だな」
「だから何で美々香が食べるのよ」
「チョコを食いたいからだ。作ったり渡したりするだけがバレンタインの楽しみ方じゃない」
2725.
「・・・いずれにせよ、さっきのはとても現実解とは思えませんわね」
「それもこれもサバ令嬢が乙女じゃないのが悪い。というワケでこうしよう。満月美々香劇場、もし世界サバ・フィル・ハーモニー社長令嬢が一般庶民に恋したら」
「え、いきなり何なんですの?」
「諦めた方がいいわ、こうなったらもう美々香を止めることはできないから」
2726.
「社会勉強のために庶民の学校に通い始めたご令嬢。なんと、隣の席の服部君に恋をした」
「ウチのクラスに服部なんていたっけ?」
「工藤ならいるぞ」
「服部でいきましょう」
2727.
「ああ、服部君、あなたはどうして服部君なの」
「どこかで聞いたようなセリフね」
「あなたはどうして工藤ではないの・・・!」
「色々おかしくありませんこと?」
2728.
「もう、だめ・・・あふれる想いが、抑えきれない・・・」
「どうせこのヒロインの苗字が工藤ってオチでしょ?」
「毛利かも知れませんわ」
「ああ、服部君・・・今度のバレンタインで、わたくしは、あなたに・・・」
2729.
「いよいよ当日を迎えたバレンタイン。果たして、サバ令嬢は服部に想いを伝えることができるのか?」
「そういえば、もしもわたくしが恋をしたらって話でしたわね・・・」
「チョコの1つや2つじゃ伝えきれない・・・そうだ、わたくし自身にラッピングをして・・・」
「随分とベタな方向に持って行ったわね」
2730.
「ああ、服部君、だめ・・・! そんなことをされたら、わたくし・・・!」
「何をされてるんですのよわたくしは」
「なるほど、美々香にしては悪くないわね」
「みずきさん・・・!?」
2731.
「サバ令嬢さん・・・。 服部君・・・。 見つめ合う2人。夕日以外に、彼らの姿を捉える者はいない」
「どういう流れでここに至ったんですのよ・・・」
「わたくし、服部君と一緒にいられるならサバなんていらない!」
「待ってください。わたくしは間違ってもそんなことを言いません。脚本の見直しを要求します」
2732.
「サバ令嬢さん、それはダメだ・・・君は・・・君は、サバを捨ててはいけない!」
「あら、良い人じゃないですの服部君」
「美々香が作った架空の人物だけれどね」
「せっかくですからあの探偵漫画のファンレターに服部君へのチョコレートを添えましょうかしら」
2733.
「ああ、服部君。わたくしのサバを受け入れてくれるというのね・・・!」
「服部・・・なんて素晴らしい響きですの?」
「サバ令嬢さんはそれでいいの?」
「こんな殿方が現れたら素敵なことですわ。夢見るくらい、許されて然るべきでしょう」
2734.
「服部君・・・もう、あなたなしでは生きていけませんわ・・・。 サバ令嬢さん・・・俺もだ・・・君がいれば、いや、君とサバさえいればもう何もいらない・・・! 夕日は沈んでも、2人の想いを沈まない。寒空のふもとで、2人の男女がお互いとサバへの愛を誓い合ったのだった。めでたしめでたし」
「なるほど。美々香さんにしては悪くない仕上がりでしたわ」
「本当にそれでいいの?」
「ええ。新学期に服部という男子が編入してくるよう手配するに至るぐらいには良かったですわ」