2022/02/06
2705.
「よっ遠藤。紙の束なんか運んだりして、教師らしいことやってんじゃんかよ」
「これでも私は教師なのですけれど。まあいいです。声を掛けたということは、手伝ってくれるのですよね?」
「私を誰だと思っている。明らかに何か作業をしてる感じに見えたから足止めしてやったんだよ」
「本当に迷惑極まりないのだけれど」
2706.
「そんなことばかりしていると、いつか痛い目を見ますよ。あと、一応私は先生なのですから敬語を使いなさい」
「いつ来るかも分からない“痛い目を見る日”にビビって楽しむのを我慢する方がよっぽど損だぜ。痛い目を見るまでの間にお釣りが来るほど楽しめればいいだろ?」
「それでお釣りが残らずにむしろマイナスになるほどのものを受けることを知らないのですか?」
「知っているさ。だから借りた金は返さないんだ」
2707.
「あなた、何てことを・・・」
「人として当然のことさ。いいか? まず私は利子が付くような相手からは借りない。もちろん金融なんかにも手を出さないぜ? するとだ、借りた分は全てプラスになる。奪還されることも無くはないが、それでも借りた分を返せば相手も満足するからマイナスにはならない。マイナスの取引がない一方でプラスのまま終われることもあるから、どう転んでもトータルはプラスになるのさ。遠藤も数学教師なら分かるだろ?」
「なるほど。確かに数学だけを考えればそうですね。ですが、満月さんは大切なものを忘れています」
「何だ? まさか心とは言わないよな?」
2708.
「その“まさか”です。あなたは、人の心というものを計算に入れてない。いずれ破綻しますよ、そのロジックは」
「それはどうかな?」
「・・・言ってみなさい」
「こいつは小耳に挟んだ話だが、経済学というのは人の心を無視した“こうすれば上手くいく”を軸にしてるらしいじゃないか。実際には理論と人間感情の大いなるズレが生じるワケだが、なんだかんだで上手く回ってるだろ? だから、人の心なんて計算に入れなくても良いんだよ。国がそうしてるんだ。一介の女子高生に過ぎない私が同じことをして何が悪い」
2709.
「・・・なるほど、そうですか。では聞きますが、本当にそれで上手く回っていると思いますか?」
「当然だろ? 現に私はこうして女子高生やれてるんだから。ダメなら今頃どっかの山で石掘ってるぜ?」
「では経済が上手く回っているとしましょう。だったら何故あなたは今ボロアパート住まいなのですか?」
「な・・・に・・・!?」
2710.
「もし、何もかもが上手く回っているとするならば、この国にボロアパートは存在せず、みんながマイホームや高級マンションに住める訳です」
「や・・・めろ・・・!!」
「しかし、現実はどうでしょう。ボロアパートが存在するどころか、なんとそこに華の女子高生が住んでいる。それはもちろん、人の心を無視した理論で社会を回した結果起こっていることです。さて満月さん、これでもあなたは自分の考えが正しいと信じますか?」
「やぁめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
2711.
「まだ、だ・・・まだ、終わってないぞ。確かに、今の社会の回し方で私ら家族は憂き目に遭い、何を叫んでもその心は無視される。だが! その一方で! ウハウハに懐が潤っている奴もいる! つまり! 人の心を無視した理論を実行する側に立てば! 私もウハウハになれる! それだけは真実である! だから私は自分のやり方が正しいと信じている!!」
「そうですか・・・では、実行してみてください。いえ、もう実行した結果は出ているでしょうか」
「なに?」
「よぅ満月。去年貸した2千円、お年玉で返してくれるんじゃなかったのか?」
2712.
「お、お前は・・・ボクシング部の・・・!」
「満月さん。あなたは1つ大きな計算違いをしました。人の心を無視した理論の実行により、あなたはやがて高級マンションに住めたでしょう。ですが、何の権力もないあなたがそれをしたところで、搾取される側の反発を止めることはできないのです」
「さぁ満月、覚悟はいいか?」
「ま、待て! 話せばわかる・・・!!」
2713.
「お前の話は聞かせてもらったぜ? 金を借りても逃げおおせれば収支プラス。大した理屈じゃないか」
「待て、待てって! 暴力はさ、ほら、ほら・・・ね?」
「何も殴って解決させようなんて思ってないさ。部員たちでお前を取り押さえ、その間に財布から貸した金を抜き取る。簡単なお仕事さ。でもそれだけじゃお前もマイナスにはならないから、そうだな・・・先生に3時間説教でもしてもらうか。華の女子高生の放課後は万金に値するって言うしな」
「うわっ、やっ、やめろっ! 放せ・・・はぁなせぇぇぇぇぇぇぇ!!!」