2021/08/01
1816.
「ちゅーワケで野球部のマネージャーになった」
「はぁ? 誰が喜ぶんだよ」
「谷崎」
「はぁ? あいつバレー部の顧問だろ」
1817.
「だからだよ。バレー部には超絶プリチーなマネージャーがいる。しかし野球部にはいなかった。せっかくできたと思ったら私とみずきだぞ? 谷崎はマウント取り放題さ」
「なんて陰湿な生活指導教員なんだ」
「教師にも色々あるんだよ。特に、野球部顧問の榊坂とはオヤジ同士の張り合いをしてるからな」
「なんて陰湿な教師陣なんだ」
1818.
「というか何であの美人姉妹は男子バレー部のマネージャーなんだ? ケガで離脱したって聞いたけど」
「仲悪いんだよ女子部員と。考えてもみろ、あの美貌だぞ。実力もそれなりだったと聞く」
「部員連中まで陰湿なのかよ」
「しかし、男子のマネージャーになった上にチヤホヤされてるから、女子部員との確執がより一層広がることになった」
1819.
「大丈夫かよバレー部」
「さあな。だが私には関係ない。野球部のマネージャーだからな」
「野球部も大丈夫かよ・・・」
「さあな。だが私には関係ない。せいぜい夏休みの暇つぶしとさせてもらおう」
1820.
「母さーん! じゃあ部活行って来るー!」
「アンタが部活? 迷惑かけるんじゃないだろうねえ」
「迷惑ぅ? マネージャーだからボンクラどもの面倒見んだよ。全く、世話かけさせやがるぜ」
「マネージャーにアンタの名前がある時点でもう迷惑だね」
1821.
「ちょりーっす」
「お、マジで来たぞ。女子マネだ」
「でもあれ谷崎の嫌がらせなんだろ? よりにもよって満月だし」
「待て。絶望するにはまだ早い。もう1人、あいつの友達もいるらしいぞ」
1822.
「いやでもあいつの友達だぜ? どうせロクなやつじゃないって」
「外れてる頭のネジが3本で済めばいい方だな」
「だってよみずき。お前もう野球部連中からやべーやつ扱いされてっぞ」
「いや美々香もだからね?」
1823.
「よーしお前ら、この私が来たからにはもう安心だ。甲子園間違いなしの銀河系軍団にしてやるよ」
「いやお前マネージャーだからな。ちょっと手伝うぐらいでいいから」
「は? マネージャーなんだろ? チームをマネジメントするのが仕事なんだろ?」
「そっから分かってないのかよ・・・前途多難だ」
1824.
「大丈夫よ。美々香は掃除ぐらいしかできないけど私は2番目の初恋の相手が現役甲子園球児。あなたたちも夢ではないわ」
「あ、うん、友達の方もやべーやつだった」
「満月を超える逸材だろこれ。どっから拾って来たんだよ谷崎」
「うちの生徒にいるんだよ残念ながら」
1825.
「いい? にっくきバレー部もインターハイ出場は一度もない。そこであなたたちが先に甲子園に出れば、優位に立てること間違いなしよ」
「いや別にバレー部のこと嫌いじゃないし。顧問同士がいがみ合ってるだけだし」
「いやでも美人マネージャー入って調子乗ってるだろあいつら」
「やめろ。榊坂みたいなことを言うな。あいつ、マネージャー46人集めてアイドルグループ作ろうとしてるから」
1826.
「アイドルだぁ? そんな腑抜けた考えは捨てろ。お前たちが立つのは、甲子園という名のダイヤモンドステージだ」
「いやそこまで目指してないんで。8強入れば思い出になるんで。というかマネージャーは監督じゃないんで。うちは顧問が監督なんで」
「榊坂とかいうイカれた顧問のことも忘れろ。ぶっちゃけ私もやる気はないんだが、人の上に立つというのは気分がいいのでやらせてもらう」
「榊坂の方がマシなんだよなぁ・・・」
1827.
「んじゃ俺ら練習するんで、休憩用のお茶の準備でもしといてください」
「いいだろう、その間、お前たちの実力をとくと見せてもらう」
「いいわね? 常にレギュラー争いのつもりで練習に臨むのよ」
「えぇ・・・」
1828.
「美々香、どう? 有望な選手は居る?」
「んー、きわどいな。まずまずと言ったところか。ピッチャーは悪くないが、ありゃ連戦でバテる。もう1人か2人準備しておかないとどっかで大量失点でコロッと負けるぞ」
「私はキャッチャーの方が気になってるわ。あれはダメね。配球が全部ピッチャー任せ。ロボをホームに置いてるようなものだわ」
「あとショートのやつ。絶望的にセンスがない。あれはもう、運動神経がどうとかいうレベルじゃない。人としてセンスがない。何をやっても上手くいかないタイプだろう。そのうち交通整理のオッサンになるのが関の山だ」
1829.
「なあ、あいつらずっとこっち見てブツブツ言ってんだけど」
「ほっとけ。どうせ“イケメンがいない”とか“パッとしない”とか言ってるだけだろ」
「野手はどうよ、みずき?」
「パッとしないわね。1人1人の守備範囲が狭いからヒットゾーンが広がる。エラーも珍しくないし、それゆえにピッチャーが頑張ることになるから余計に不利に働くわ」
1830.
「次は打撃だな。中々だが・・・やっぱりあのショートのやつはセンスがない。打率はそれなりに出そうだが、上手く行くときと行かないときの差が本人も分かってないから、ここぞという場面で打てない」
「そうね、あれは酷いわ。“なんか打てた”と“やっべミスった”を繰り返すタイプで、相手の術中にハマっても自分のミスだと思い込むタイプね。勝負ごとに向かないし、センスが求められるショートというポジションをやらせるのは無理。というか試合に出すのが無理」
「となるとショートには別のやつ置く必要があるな。もう打撃で決めちまうか?」
「それでもいいわね。全体的に小粒揃いだから、守備に関しては比較的マシと思える程度でいいでしょう。毎試合3点取る攻撃力と、ピッチャー・キャッチャーの育成に賭けましょう」
1831.
「よ~~しお前ら集合~~~!」
「あ、なんだ? もう休憩か?」
「いやあと10分ある。あいつらが退屈なだけだろ」
「もう帰ってもらおうぜ。はっきり言って要らない」
1832.
「ポジションの変更を発表する」
「「「はぁっ!?」」」
「何だよ、私はマネージャーだぞ?」
「いやマネージャーのやることじゃないからそれ」
1833.
「とにかくポジションは変わってもらう。まず、7番と15番、お前らは今日からピッチャーだ」
「「・・・は?」」
「いや俺レフトなんだけど」
「その肩は中々いい。だが打撃は微妙だからフルでは出せん。正ピッチャーの疲労対策になってもらう」
1834.
「次、キャッチャーのお前。お前、ファーストな」
「はぁ?」
「打撃に専念しろ。というかいつもミット構えてるだけだろ。だったらファーストでいい。その代わりファーストのお前はショートに行け」
「え・・・俺が?」
1835.
「あなた、中々のセンスをしているわ。今度アイスを奢ってあげるからショートに行って頂戴」
「いや、俺はそれでもいいけど・・・」
「ショートは俺だぞ? 俺はどうしろって言うんだよ?」
「お前はベンチだ。安心しろ。最終回に思い出バッターボックスには立たせてあげるから」
1836.
「はぁ? 俺をベンチとか馬鹿か? これだから素人は」
「そうだぞクソマネ。こいつはチームトップの打率。素人監督だってスタメンに選ぶぞ」
「接戦の試合の終盤での打率を言ってみろ」
「っ・・・・・・」
1837.
「本人にも自覚があるようだな。決まりだ」
「いや待てよ、さっきから偉そうに」
「どうした部長。勝ちたくないのか?」
「いいか、お前みたいなやつには分からないかもしれないけどなあ、俺たちには、勝利よりも大切なことがある。仲間との絆だ!」
1838.
「ほう? 絆とな?」
「そうだ。確かに、勝ち負けだけを考えたらもっといい方法があるのかもしれない。だがなあ! 仲間をメンバーから外してまで勝つことに意味なんてないんだよおぉぉ!!」
「ハンッ、負け犬の遠吠えか。ベストを尽くして負けるのが怖いから、ほどほどにエンジョイできれば満足でなんだろう?」
「何が悪い! プロ野球選手になる訳でもなしに! 仲間と楽しむことを優先することの何がおかしい!」
1839.
「ハンッ、分かってないな。スポーツでなぜ勝てないかを考えきれない奴は、営業とか技術の仕事でも負け続けるだけだぞ」
「学校イチのクズがよく言ったもんだ。お前は赤点まみれの自分のことを棚に上げ、人を見下していい気分になっているに過ぎない」
「なぁにぃが悪い! 私はレジ打ちでも交通整理でも何でもやる! その方が自分より低レベルの連中がワンサカいるからなあ! そいつらを心の中で見下し、人生に楽しみを見出すことの何が悪い!」
「見下すのは心の中だけにしやがれぇ!」
1840.
「美々香、これ以上は無駄なようね。本人たちに勝つ意思がない以上、私たちにはどうしようもないわ」
「いや何で俺たちが悪いみたいになってんの」
「それは被害妄想よ。私たちは、ただ単に価値観が合わなかっただけ。どっちが悪いとかはないわ」
「気を付けてください部長。こいつ、たぶん妄想癖持ちです」
1841.
「あら、随分な言われようね? 妄想のエサにするわよ」
「いやマジでやめてください、背筋が凍るんで」
「そうだぞみずき、こいつらのどこに妄想のエサにする価値があるんだ。誰1人として私より年上の血縁がいないんだぞ」
「いやこいつも何言ってんの・・・」
1842.
「もう帰っていいか? 甲子園に行く気がないんならマネージャーなんて要らないだろ」
「うんむしろさっさと帰ってくれ」
「それじゃあ、失礼するわね。お邪魔したわ」
「マジで邪魔だったよ・・・」
1843.
「ただいまー」
「おや早かったねえ。マネージャーとやらは1日でクビになったのかい?」
「違うね。あまりにもやる気のないやつらだったから、こっちから見放してやったのさ」
「クビになったのは間違いじゃないようだね」