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3.お仕事1・振り上げた拳を下させる(前編)

 王立高等学園の卒業当日。 


 やっぱり、卒業パーティには参加しないほうがよかった。

 相変わらず左右ちぐはぐな手袋をしたアリシアは、そう思いながら壁際に立っている。


 卒業式は無事に終わった。

 首席であるアリシアは、卒業証書を学園長から総代として受け取った。

 

 でも、その時の誇らしい気分はもう消えてしまった。

 

 夕方、着替えをしてやって来た卒業パーティの会場は普段の教室以上に居心地が悪いのである。


「ねぇ、アリシア様って呪い付きよね? しかも、ほとんど話さない方なのに婚約者候補なの?」

「あの女は殿下の弱みを握っているのかもな。呪い付きだが頭だけはよいからな」

「貧乏な呪い付き女にエヴァン殿下は似合わないわよ」


 ヒソヒソと話す声は途切れることが無い。

 卒業式の間こそ静かにしていた生徒達だったが、パーティ会場では噂話に花を咲かせている。

 

 どうやら、第1王子エヴァンの婚約者候補の話がもう広まっているようだ。

 

 パーティの間中、アリシアは壁際にいることになりそうだ。

 もっとも、婚約者候補の噂が広がらなくとも、壁際がアリシアのパーティの時の定位置なのだが。

 

 アリシアには学園に友人というものがいない。


 理由のひとつは、呪い付きだからだ。


 恐ろしい、不吉だと言われる呪い付きの傍には誰も寄り付かない。

 左手の白い手袋が呪いが周囲に及ぼす影響を抑えていると信じている者も多い。


 もちろん、教養のある貴族の中には呪いについての正しい知識を持っている者もいる。だが、そういった者達も自身への風評を気にしてか近寄ってくる者はいなかった。

 

 もうひとつは、アリシアが入学時より将来、侍女として働く可能性を考えていたからだ。


 地のアリシアは、小さなガキ大将だ。

 その言葉や態度は貴族とは到底思えないものである。


 侍女として雇われるかもしれない屋敷の令嬢や令息、つまり将来の雇い主になるかもしれない同級生達になるべく良い印象を持たれたい。

 そう思いあまり余計なことを言わないようにアリシアは心掛けていた。


 そう心掛けているうちに学園では口を利かなくなった。

 学園では、教師からの質問に答える時くらいしかアリシアが口を開くことはなかった。


 頭は良いが呪い付きの陰気な令嬢。

 

 結果、アリシアは周りの生徒達からはこう思われるようになっていたのである。

 ただ、本人は陰気だと思われていることに気が付いていないようだ。

  

(今の私には、1年間の仕事があるわけよね。宮殿との繋がりができたわけだから、婚約者候補の審査に落ちた後は宮殿仕えの侍女職に推薦してもらえる可能性もある)

 

 遠巻きにヒソヒソと話す生徒達をアリシアはじっと見た。


(‥‥‥つまり、もう同級生には気を遣わなくてもよいということね)


「全く、噂話しか脳がない馬鹿ども(貴族達)め」


 もう気を遣わなくてもいい。


 そう思った途端、アリシアの口からは貴族らしくない呟きが出た。

 呪いの噂についてずっと言いたかった言葉だった。


(婚約候補の件で文句があるなら直接、あたしに言えよ。まあ、聞かれても選ばれた理由ははっきりとはわかんねーけど)


 さあ、帰るかと腹立たしさを抑えつつ、出口に向かって歩き出そうとした時。

 

「もうお帰りですか。アリシア様」


 突然、背後から聞こえた声に振り向いたアリシアは驚いた。


「グレース様‥‥‥」


 アリシアを呼び止めたのはグレース・ヘンデル公爵令嬢だった。


「先日も陛下の御前でそのドレスをお召しになっていましたね」


 グレースは昨日の謁見の間にいた3人の令嬢の中でアリシアが唯一顔を知っていた令嬢だ。顔を知っているだけで挨拶すらしたこともない。

 帰宅後に、あの場にいたのは確か同級生だったなと思い出したくらいだ。


 ヘンデル公爵家は先々代の王弟が臣籍降下したジルベール王国の名門貴族の1つだ。鉱山が領地にある裕福な貴族としても知られている。

 今日のグレースのドレスもそんな裕福さを表すようにふわりとした淡いピンクのドレスに小さな宝石が付いている大変豪奢なものだ。


「はい。我が家はご存じの通り貧乏男爵家なもので、ドレスの新調もできませんから。では、ごきげんよう」


 アリシアは今までなら作り笑いでごまかすところを素直に答えた。

 本当のことだ。見れば分かるのだし、取り繕うこともない。

 もう令嬢、令息達に我慢する必要はないのだから。


「驚いた。貴女、今まで全くお話をしないと思っていたけれど、ちゃんとお話するのね。‥‥‥あの、もうお帰りになるの?」


 立ち去ろうとしているアリシアにグレースはなおも話しかける。

 

 アリシアは思った。

 グレースも1人で壁際に立っている。つまり、時間を持て余しているのに違いないと。

 

 仕方がない。少し付き合ってあげようか。

 そんな気持ちでアリシアは口を開いた。 


「‥‥‥グレース様は、陛下より伝えられた課題について考えられましたか?」


「まだ考えてはいませんわ。そもそも、予告も無しにエヴァン殿下の婚約者候補に選ばれ、しかも審査だなんて。驚きましたわ」


「グレース様も何も知らされていなかったのですね。私も同じです」


「‥‥‥そういえば貴女、私の屋敷へ侍女の面接にいらしたわよね? 不自然な手袋を身に付けて面接に来た者がいると侍女達が騒いでいたわ」


「ご存じでしたか。ということは、面接に落ちたのは、やはり呪い付きが原因だったのですね」


 確かにアリシアはヘンデル公爵家へ面接に行った。

 「残念ながら今回の採用は見送らせていただく」という手紙を受け取ったのは、面接の翌日のことだった。


「普段から片手だけに白い手袋をしていては、目立つのではなくて? それにドレスを着た際も不自然ですわ。何か他に呪いを抑える方法は無いのですか?」


 グレースは、ちらりとアリシアの白い手袋に目を向けた。

 その目には同情の色が浮かんでいる。


「あれば良いのですが。神官が、聖水で清めた白い手袋が良いと言うのですから、仕方がないのです。グレース様は、そんな呪い付きの私の横にいて良いのですか?」


「‥‥‥怖いですわ。でも、お爺様は日頃から呪いは不吉でもなければ恐ろしくもないと言っております。お爺様は昔、宮殿で魔法使いの方と働いていて、アリシア様のことをよく知っているそうですわ。‥‥‥それに今は友人が皆、ダンスに行ってしまいましたから」


 フロアにはワルツが流れ、大勢の男女が踊っている。

 グレースの友人は高位の貴族が多いだろうから、婚約者がもう決まっていて婚約者とダンスにいってしまったというところだろう。


「あぁ、なるほど。グレース様は、エヴァン殿下の婚約者候補に選ばれたせいで、お1人になってしまわれたのですね」

 

 まだ婚約者候補だからだろう、エヴァン王子からは卒業パーティでのエスコートの申し出はなかった。


 しかしここで婚約者候補であるアリシアとグレースが別の男性のエスコートを受けたり、ずっと他の男性と踊っていたりしたら、噂の的になるだろう。

 

「そ、そうよ。こうなったからには、私が正式な婚約者になりますわ」


 話をしながらもグレースは、フロアのほうをチラチラと見ている。

 アリシアはグレースの視線がある令息を追っていることに気が付いた。


 グレースの視線の先にいるのは、ドミニク・マーシャル公爵令息だ。


 学園の生徒にあまり興味がないアリシアも知っている国で1番の有力貴族の長男である。

 現在の正妃はマーシャル公爵の長女だ。

 アリシアが宮殿で会った宰相はドミニクの父親だが顔つきはあまり似ていない。 


「グレース様、ドミニク様とは仲が良いのですか?」


 グレースとの共通の話題は婚約者候補の事しかない。時間もあることだし、会話のタネとして聞いてみよう。

 アリシアにとってはそれだけのつもりだった。

 

 それなのに、グレースの顔はたちまち真っ赤になった。


「え、えぇ。幼馴染ですわ。父がドミニク様のお父様と同級生で、幼い頃はよく遊びました。ただ、それだけです」


「いいですよね、幼馴染は。気兼ねなく話せますし。男女の幼馴染でも同じですか?」


 アリシアがそう言った瞬間、たちまちグレースの目が潤む。

 そして、その目からは涙がハラハラと落ちた。


「え? グレース様?」


 なるほど。アリシアは思った。

 グレースの視線の先のフロアでは、ドミニクが1人の令嬢と踊り始める様子だ。

 2人の様子はかなり親密そうで、ダンスが始まる前から体を密着させている。


「とりあえず、外へ出ましょう。ここでは目立ちすぎます」


 アリシアはグレースを会場の外へと連れ出した。

 

 周りから見れば、呪い付きの自分がグレースに何か恐ろしいことを言って泣かしたと思われるに違いないのだ。


「はい。涙をお拭きください。お化粧がとれてしまいますよ」


「ありがとう‥‥‥」


 パーティ会場である学園の建物の裏、夕日が差す裏庭へとアリシアはグレースを連れて来た。

 アリシアはグレースにハンカチを手渡し、共にベンチに座った。


 パーティを抜け出してきたと思われる数組の男女がいるが、アリシア達には目もむけない。どうやら話に夢中のようだ。


「あの、私が言う事ではないかもしれませんが‥‥‥。グレース様、ドミニク様のこと、お好きなのでは?」


「‥‥‥」


「私の推測ですが、お2人はお付き合いをされていたのではないですか? グレース様の髪留めの宝石はドミニク様の目の色と同じエメラルドを使ったものですよね?」


 ジルベール王国の貴族の間では、自分の想い人に自分の目の色と同じ宝石を付けたアクセサリー贈るという習慣があるのだ。


「‥‥‥さすが、女性でありながら首席で卒業されたアリシア様です。よく観察していらっしゃいますわ。その通りです。この髪留めは、ドミニク様よりいただいたものです」


(やっぱり)


 アリシアの思った通りだ。


 アリシアは、グレースの涙の理由も予想していた。

 

「グレース様、婚約者候補を辞退するという話をドミニク様にされたのですね? それなのに彼はそれを必要ないと言って、今日は他の女性と楽しそうにダンスをしている。泣きたくもなりますよね。もしかして、初めから二股をかけられて‥‥‥?」

 

(女が泣いていたら助けてやるのが男の中の男だって、よくジョイが言っていたもの。二股ならドミニク様を懲らしめてやるわ)


 学園で気を遣わなくてよいと思った途端、学園にいる間は眠っていた小さなガキ大将がアリシアの中で動き出しようだ。


「あの、アリシア様‥‥‥」


 グレースがアリシアの言葉に答えようとした時、2人の座っているベンチの前に1人の男子生徒が立った。

 男子生徒は、走ってきたのか息を切らしている。


「ドミニク様!」


 グレースが涙に濡れた顔を上げる。


「アリシア・フローレス男爵令嬢、一体、どういうことだ。グレースを泣かせるなど‥‥‥」


 はぁ、アリシアは大きなため息をついた。


「ったく、泣かせてるのはあんただろうが。‥‥‥い、いえ。グレース様が泣いているのは、ドミニク様のせいでしょう? 逃がした魚の大きさに気付いて追いかけてきたところで、遅いですよ」


 アリシアは立ち上がり、ドミニクを睨みつけた。


 アリシアの目は鋭い。

 村の乱暴な男の子達に鍛えられてきたから、その辺の令嬢よりは凄みがあるはずだ。


「ドミニク様、アリシア様は私を慰めてくださっていたのです。あの‥‥‥、アリシア様、私が泣いてしまったのは、ドミニク様のせいではございません。‥‥‥お爺様のせいなのです」


 グレースがアリシアとドミニクの間に割って入った。


「えっ?」


「アリシア様、ご説明いたします。ドミニク様、アリシア様なら私達を助けてくださるかもしれません。短時間で私とドミニク様との関係を予想されたくらい観察力に優れた方、それに学年首席の優秀なお方なのですから‥‥‥」


 ドミニクは分かったというように頷いた。


 アリシアとグレースはベンチに座り直した。ドミニクはグレースの横に立つ。

 

 グレースはまず、ドミニクについて弁明から始めた。


「ドミニク様は悪くないのです。先ほどのご令嬢は私がエヴァン殿下の婚約者候補に選ばれたと聞いた宮殿の文官長のご令嬢です。なんでもまだ、婚約者が決まっていないとかでドミニク様に文官長自らがエスコートの依頼をされたのです」


「私だって断りたかった。しかし、エスコートする相手がいないのに文官長の顔を潰す訳にもいかない。あの場で彼女を無下にはできなかったが、あんなに体を密着させてくるとは‥‥‥」


「二股ではないのですね。ならいいですが。お2人が想い合っているのなら、グレース様がエヴァン殿下の婚約者候補を辞退されればよいのでは? 陛下も辞退しても罰することはないとおっしゃっていましたし。あ、お爺様が辞退を反対されているのですね?」


「そうなのですが‥‥‥。ただの反対という訳ではないのです」


 グレースは悲しげに目を伏せた。

お読みいただきありがとうございました。

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