21.呪い付き男爵令嬢の恋(中編)
※タイトルを変更しました
「申し訳ございません。こんな朝早くに訪ねてきてしまいまして」
カフェでゲイリーの話を聞いた翌日の朝。
アリシアはミケーネ公爵家を訪れた。
昨日の帰宅後すぐに、先触れを出しておいたのである。
「お話とは何かしら。‥‥‥エヴァン様の婚約者候補を辞退するというお話かしら?」
(ったく。前のパーティの時もあたしをしきりにライバル視してたみてぇだけど、本命は聖女であるリリィ様だろうが。それに今はこんな話をしてる場合じゃない)
ロザリアの様子にアリシアは内心、苛つく。
「違います。あの‥‥‥ロザリア様はリリィ様の周囲のことはご存じですか? 私、気が付いたのです。一番悪い奴、いえ‥‥‥聖女を利用する者に」
アリシアの昨夜のゲイリーの話とシェリーの言葉からこう推測をした。
聖女リリィ・ディアスの周辺は皆、悪人であると。
メイド長の起こした事件、リリィという名の見習い薬師と顎鬚の父親。
リリィ・ディアスが診療所の元見習い薬師リリィであると考えるだけでは、繋がらないはずだ。
だが、それは簡単に繋がった。
リリィ・ディアスの周辺の3人が全員、悪人だと考えれば‥‥‥。
魔力がある者は魔力を持つ者の兆候が体に表れる。
神から与えられた魔法を使う聖女もおそらく同じだろう。
リリィの父親から薬を買っていたディアス男爵はその兆候を見たか聞いて、リリィを聖女だと思った。
南の大陸に行っていたというのだ。聖女の話を知っていたのに違いない。
この時にニコラスにリリィを聖女として鑑定や認定するように頼んだのだろう。
まず、ディアス男爵が考えたことは、聖女を金儲けの道具にすることである。
さらには、聖女の父親として貴族社会で権力を持つこと。聖女を王妃として、王妃の父、未来の王の父としてこの国を牛耳るという計画を立てた。
この計画に乗ったのがリリィの父親だ。
彼は娘をディアス男爵に売ったのだろう。
飲んだくれの父親。シェリーは良い酒の瓶が家に転がってるのを見たという。秘密を守る為の金をたんまりと貰ったに違いない。
当然、秘密を守り続ける為の金をもらい続ける約束もしていたのだろう。
副神官長のニコラスもその計画に便乗した1人だ。
リリィを聖女だと認めた彼もまた、寄付という名目で聖女を使った金儲けを考えた。
当然、聖女の父と密な関係である彼は、今後の地位と権力、金も約束されているだろう。
同時に彼は、ディアス男爵の協力者でもある。
人から金を借りてでも病を治したい。そう考えそうな者の情報をディアス男爵の部下に与えている。
つまり、高利貸の客を斡旋しているのだ。
神殿で祈祷を受ける際には、名前、職業、願いを伝える。
だから彼は、病を治す魔法に職業的に金が出せる人、願いの内容的に借金をしてでも金を出す人を選別して別室に呼ぶことができるのである。
ゲイリーが1度目に大神殿へ行った時は食堂を2店経営しているから金が出せるだろう。
2度目に行った時は、やはり死に至る胃の病だ。2度も来るなら借金してでも治したいだろう。
そう思われたはずだ。
「たくさんの人が待っている」という決まり文句は、本当のことかもしれない。
だが、それと共に実際にリリィが聖女である発表まで時間を稼ぐための言い訳でもある。
聖女であることを大々的に発表する前に病を治すような魔法の存在が人々の間に広がるのを防ぐためだろう。
ここで、ヘンデル公爵家のメイド長が起こした事件の裏が見える。
リリィの父親からシェリーが診療所の手伝いの娘にリリィが盗みをしたことを話したということを聞いた時。
最初はディアス男爵もニコラスもさほど大事だとは思わなかったはずだ。
今後、聖女の発表をした際に噂が広がっては困る。金でも渡して念のため口止めを。そんなつもりだったかもしれない。
だが、口止めをリリィの父親にディアス男爵が指示した時、話は大事になった。
その娘がエヴァンの婚約者候補、アリシア・フローレスだと分かったからだ。
最初にアリシアの周囲をリリィの父親は探ったはずだ。その時、左手の白い手袋のことをディアス男爵に伝えたか、もしくは尾行でもして屋敷の場所で分かったのだろう。
彼らはリリィ・ディアスが診療所で働いていたリリィだとをアリシアが知っている、そう思った。
リリィの元平民で見習い薬師という生い立ち。多くの貴族が知ることだ。
貴族の力を使えば、リリィが働いていた診療所などすぐにわかる。
そして、アリシアが婚約者になる為にリリィの粗を探っているのではと考えた。
わざわざアリシアはリリィと同じ診療所で働いているのだから。
そこで彼らは勘繰った。
シェリーからディアス男爵がリリィが盗んだ薬を買っていたことが漏れているかもしれないと。
まだ17歳の小娘のこと。背後の関係には気付づかないだろう。
だが、「エヴァンの婚約者候補であるリリィが働いていた診療所で薬を盗っていた。取引先が今の父親であるディアス男爵だ」そう誰かに言うだけで大事になるかもしれない。
貴族は噂好きだ。
噂が広がれば、ディアス男爵が必死でリリィを探していたという嘘が剥がれる。
盗んだ薬を売る娘と取引先。そんな2人の関係が宮殿の人間の耳に入れば、親子関係もたちまち暴かれ自分達の計画が台無しになるかもしれない。
3人、特にディアス男爵は焦っただろう。
だが、アリシアはエヴァンの婚約者候補の1人。
下手なことをすれば国王にまで話が行くかもしれない。なんせ、「善い行いをすること」が審査の条件だ。
口封じの買収が失敗して、悪人を報告したことを「善い行い」とされては大変だ。
そうして次に彼らは、アリシアと他の貴族と接点がないか考えた。
誰といつ会って、何を話すか。それを彼らは注視することにした。
第1王子エヴァンがアリシアの監視人だということには気づかなかったはずだ。
エヴァンは他の審査員の承認を得ていると言っていたが、実はこれは嘘だとアリシアは思っている。
何故ならば、宰相の息子であるドミニクはアリシアがグレースにそのことを伝えるまで知らなかったのだ。
アリシアはグレースからそう聞いて思った。
呪い付きの監視人探しに困って、密かにエヴァンがしていることなのだろうと。
彼らは、ほとんど出歩かないアリシアに苛立った。
アリシアと親しい貴族を買収しよう。
そう思っても動くことができなかった。
そんな時、グレースが神殿へ来た。お茶会の為にアリシアの手袋を清めに来たのだ。
パーティで会ったニコラスは、そのことを知っていた。彼はお茶会の日時をそこで知ったのに違いない。
グレースが来た後、メイド長が祈祷へ訪れた。
祈祷の内容は、妹の死に至る病からの回復だ。金を絞り取れるかもしれない。
ここでニコラスはメイド長を別室に呼びだした。
聞けばヘンデル公爵家の彼女への信頼は厚く、給仕のメイドを決めるのはメイド長だと言う。
こうして彼はメイド長を利用することをひらめいた。
本来、ディアス男爵の客を斡旋する為に使う情報をアリシアの言葉を探る為に使うことにしたのだ。
そして、リリィとディアス男爵の関係を知る数少ない人物であるリリィの父親自らがメイド長に近づいた。
神殿の寄付額と顎鬚の男がメイド長に提示した金額が同じだったのはこのためだ。
恐らく、100万リルの金の出どころはディアス男爵だっただろう。
アリシアがヘンデル公爵家でリリィのことを話せば、金と神殿の権力で誤魔化すつもりだったのに違いない。
ヘンデル公爵家だけの問題で収まり、彼らはほっとしたことだろう。
「というわけで、リリィ様の周りは悪人だらけです。そして、一番悪い人間は、ディアス男爵です。リリィ様にも悪い点はありますが、恐らく父親とディアス男爵に強要されたことだと思います。とにかく、聖女を利用しての計画は許せません。国が悪人の手に落ちる可能性があります」
ロザリアの顔は青白い。
貴族の令嬢には衝撃的な話だっただろうか。
それとも、自分を助けてくれたリリィがディアス男爵の娘だと嘘をついていたことに驚いたか。
ちらりとその顔を見て、アリシアは話を続けた。
「一刻も早くディアス男爵から離れなければ。下手すれば、リリィ様も彼と同じような人間だと思わる可能性もあります」
「そうかしら‥‥‥」
「ロザリア様、私がリリィ様に直接この件をお伝えしに行くと、ディアス男爵に知られてしまう可能性があります。そこでお願いに来たのです。どうか、この件をリリィ様にお伝えください。大神殿も絡む件です。私は、エヴァン様にご相談します」
話している間にロザリアの顔の青白さが増す。
だんだんと生気が無くなっているようだ。
「ロザリア様、大丈夫ですか?」
アリシアは慌てて席を立ち、ロザリアへと駆け寄った。
「クッ‥‥‥。まだ完全ではないようで‥‥‥。せっかくの機会ですが‥‥‥」
ロザリアは顔を歪め、苦しそうだ。
控えていた侍女も、ロザリアの方へと駆け寄ってきた。
ロザリアは侍女に抱きかかえられるようにして、よろよろと部屋から出て行く。
アリシアもロザリアを支えようと手を伸ばした。
だが、アリシアの手はロザリアに届かなかった。
その手をぐっと掴まれたからである。
「ロザリア様に触るな。呪い付きのくせに」
「リリィ様! どうして‥‥‥?」
リリィはロザリアへ向けて伸ばされたアリシアの腕を掴む。
その手の平は、熱い。
熱でもあるのだろうか。
アリシアは予想外のことに困惑しつつも、心配そうにリリィを見た。
「ロザリア様に呼ばれたからです。‥‥‥先ほどのお話、扉の陰から聞いておりました」
「リリィ様、熱があるのではないですか? 発表の準備でお休みになられていないのでは‥‥‥」
「余計な心配は不要です。少し、疲れているだけです」
リリィは、はっとしたようにアリシアから手を離した。
「それならいいですが‥‥‥。あの、聞かれていたなら話が早いです。お屋敷には戻らないほうがいいかと。我が家に来られますか? 神が与えてくれた聖女の魔法。その清い魔法を彼らの金や権力の欲の為に使われてはなりません」
「アリシア様は、聖女だから清い心で公平でいなくてはいけないと言いたいのですか? ‥‥‥だから貴族は嫌いなんだよ。嘘くさい正義を振りかざして」
「リリィ様?」
「あんたの証拠もない話なんて誰も相手はしない。あたしは聖女なんだから。それにあんた、私が市で男に呪い付きと囁いたことに気付いてないのか? 嫌われ者の呪い付きが酷い目に合えばいい、そう思ったんだ。私はあんたのことが嫌いなんだよ!」
アリシアはミケーネ公爵家を出て、ふらふらと歩く。
考え事に夢中で、乗ってきたはずの馬車のことは忘れてしまっている。
今のは一体‥‥‥。
あたしの推測は全く見当違いだったのか?
リリィ様は悪い奴だったのか?
それに‥‥‥神に与えられた魔法を使うという聖女があたしを呪い付きだと言って、人々を煽るだなんて。
「うわっ」
アリシアはひと気の無い路地へと腕をぐっと引かれた。
短い叫び声を上げるだけで必死だった。
(あぁ、ディアス男爵に見張られていたのかも。それともリリィ様が口止めの為に人を呼んだのか‥‥‥)
恐る恐る引かれた手のほうを向く。
そこには、以前見たことのある商人風の男が立っていた。
「エヴァン様!」
今日は城を抜け出して来たのではないのだろう。
エヴァンの変装は銀髪をしっかりと黒いカツラで隠してそばかすを描いた完璧なものだ。
「全く、何をやっている。‥‥‥帰るぞ」
エヴァンは厳しい顔でそう言った。
お読みいただきありがとうございました。




